偽りに燃えて

羽翼綾人

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【第六部】長い夜の始まり

汗いっぱいの手のひら

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 休憩時間が終わり、時刻は午後十一時を回っていた。
 浩一は、英恵の圧倒的な「妻」の力で蹂躙され、シーツの上に消耗しきった身体を横たえていた。
 もう何も考えられない。
 だが、これは彼が自分が作り出した地獄の罰であり、しかもまだ始まったばかりだった。
 英恵は、芽衣と場所を代わり、挑戦者を見据えている。
「……さあ、芽衣ちゃん。あなたの番よ。一時間、好きにしていいわ。……もっとも、彼がもう一度『反応』できれば、の話だけど」
 英恵の言葉には、浩一の肉体を限界まで追い詰めた「勝者」の余裕があった。
 浩一を再び絶頂させるどころか、勃起させることすら、物理的に困難なはずだ。
 英恵は、スツールに腰掛けて、これから始まる愛人の無駄な努力を見届ける体勢に入った。
 芽衣は、隣に横たわる浩一を愛おしく見つめている。
 浩一は、芽衣の顔を見ることができず、固く目をつむる。
 開始時間は過ぎた。
 だが、芽衣は、浩一の身体を性的には触れず、ただ、その身体を母のように優しく撫でて、彼の髪に頬を埋めながら、「……先生」と、彼を労るように声をかけた。
「英恵さんの愛、すごかったですね。……私には、あんな風に、先生の『過去』を刺激することはできません」
 芽衣は浩一の枕元に膝をつくと、シーツに残る生々しい「痕跡」にそっと指を触れた。
 英恵が、眉をひそめる。
 芽衣は、その指先を英恵に見せつけるように、ゆっくりと自分の舌で舐め取った。
「……でも」
 芽衣は、浩一の耳元に、熱い息と共に囁きかけた。
「先生が今、育ててくれた『作品』の味なら、わかります」
 浩一は、目を見開いた。
 妻の痕跡を、愛人が、妻の目の前で味わう。
 その想像を絶する背徳的な光景に、浩一の消耗しきったはずの身体が、再び熱を帯び始めた。
「そんな……こと」
 椅子に座る英恵が、その行動に思わず声を漏らした。
「おかしいですか?」
 芽衣は英恵を振り返らず、浩一の肌に顔を寄せ始めた。
 そして、彼の皮膚に唇を近づけ、小さな舌先を出して、妻に吸われて、舐められたところを、上書きするように少しずつ舐めていく。
「私、先生のためなら、なんだってできるんです。なんだってです」
 芽衣は、浩一の身体の隅々を舐めていく。頬、首、胸、腹、脇、背中、そして、下腹部。
 彼女はそこで、英恵がしたように、細い舌を突き入れた。
「くうっ!」
 彼の小さな悲鳴に、芽衣の腰がびくりと跳ねた。
「奥さんより、舌が細いから、奥さんより少しだけ奥を味わえそうです」
 舌先が小さく蠢くたび、彼は大きく身悶えした。
 英恵は汗いっぱいの手のひらを握って、顔を背ける。
 芽衣は、英恵のコピーを、彼女より巧みにやっているのだ。
 しばらくすると、芽衣は、まだ完全には回復しきっていない彼の中心に、顔を寄せた。
 彼女は、かつて浩一に、和室や彼女のアパートで指導された通り、その舌と唇と指を使って、彼のそこをゆっくりと攻めていく。
 浩一の肉体は、まだ絶頂を迎える準備ができていない。
 だが、彼の精神は、別だった。
(ああ……死にそうだ、このまま死んでもいい)
 浩一の脳が、その巧みな快感に抗えず、肉体の限界を超えさせた。
 彼が教え込んだ通りの模倣、それは一種の自慰行為に等しかった。
 そして彼女は浩一自身以上に、彼の快楽を熟知している。
 浩一は最初の情事を思い出していた。
 あの時の、おどおどした「不慣れ」な様子……。
(まさか、あの時のあれも……この女の演技だったというのか……?)
 その女がより遠慮なく、そして優しく、彼をいたぶっていく。
「あ……うう……芽衣、もう……!」
 もう……どうでもいい。
 浩一は、自分と芽衣で作り出した快感の術に耐えきれず、叫んだ。
 英恵が、信じられないものを見る目で、ベッドの上で悶える夫の姿を見ている。
「あ……あああっ!」
 浩一は、芽衣の巧みな技術によって、二度目の絶頂へと強制的に導かれた。
 芽衣は浩一から静かに顔を離すと、満足げに微笑んだ。
 時間は、四十分近く経っていた。
「……これで、私も一本ですね、英恵さん」
 英恵は、言葉を失っていた。
 自分の「物理攻撃」が、芽衣の「精神攻撃」によって、いとも簡単に無効化された。
 浩一は、二度の絶頂で、抜け殻となっていた。
「先生……休憩、しましょうね」
 芽衣がそう言うと、浩一は「待ってくれ」と、病人のように力のない声をかけた。
「頼む……ルールを変えてくれ。一回、終わったら、一時間……いや、三十分でいい。僕を休ませてくれ」
「先生……」
 芽衣は、哀れな男の弱った目に、瞳を涙で潤わせて、声を詰まらせた。
「じゃあ、そうしましょう。水を持ってきます」
 そう言って英恵は、キッチンへミネラルウォーターを取りに、部屋を出た。
 勝負は、一対一の振り出しに戻っていた。
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