落ちこぼれ貴族は召喚した賢者に愛されています

もやしいため

文字の大きさ
36 / 38
第六章:少女は異界の賢者を希う

賢者の刻限4

しおりを挟む
 契約条件は教えてもらえました。
 となると次は手段になるわけですが――

「一番簡単な契約方法は粘膜接触だ。要は身体の内側のことだよ」

「うち……な、内臓!? おなかを切っちゃうんですか?!」

「違う違う。単に『皮膚ではない』ということだよ。皮膚は『外と内を隔てる役割』を持つからね。
 これは魔法の解釈的にも同じで、《神気剥奪アグニ》も内側と繋げるためにわざわざ穴を開けて刺青タトゥを入れたわけだ」

「では《神気剥奪アグニ》を使えば……?」

「皮膚に術式用の穴を開けているし技術的には可能だね。ただ繋がりパスを結ぶのには魔力の通り道である『穴』を合わせないといけない。
 私と君では体格も違うし、施した穴を合わせるには少し面倒な作業になりそうだ。けれどもっと簡単な方法……というよりは場所かな」

「何処ですか?」

「内側に繋がる穴といえば代表格は口だね」

「口……?」

「粘膜があれば良いので、鼻や変わり種で眼球というのもあるが……まぁ、どちらもよくわからない絵になってしまうね」

 ヴェルターは「ちなみに耳は皮膚と鼓膜が邪魔になるからできないんだよ」なんて笑いながら話しますが、わたしは想像して顔を真っ赤にしてしまう。
 え、だって……口って口付け・・・のことでしょう!?
 でも今更引くのも変ですし……わたしは構いませんが、ヴェルターは嫌なのでは?

「ヴェ、ヴェルターは嫌じゃないのですか!?」

「うん? 嫌だなんてそんな。ティアナの覚悟を無為にするつもりはないよ?」

「す、少し心の準備をさせてください!」

 そう叫んで布団にすっぽりともぐる。
 う、嘘じゃないのですね?!
 こんなにわたしはドキドキしているのに、ヴェルターは落ち着いて……これが大人の余裕というものですか!

 あ、でもヴェルターは召喚獣ですし考えるだけ無駄ですか?
 いや! 違います! 他の人から見たらヴェルターあれはただの人です!
 わたしにとっても本人だと理解してしまっているので、今かそんな目では見れません!

 あぁぁぁぁあ……とても今更ですが、結婚前の男女が家に二人きりというのもかなりまずいのでは!?
 違います! 師匠せんせいと同じ家に住むのは自然なことです! 大丈夫!
 いえ、でも…たしかに師匠とはいえ二人きりというのはちょっと……?
 そうか! だからアミルカーレ様は『許婚』と言ってヴェルターを目の敵に……!!

 待って待って! もしかしてヴァルプルギス家とフルラネット家の関係が悪化したり!?
 ……でもアミルカーレ様が『ティアナの従者』って保証したわけですし、大事にはなりませんよね?
 え、あれ…気付いてなかったのってもしかしてわたしだけ?!

 というか! 疲れ果てて背負われたり! 大会で抱きかかえられて帰ったり!
 裸にコート掛けられただけで抱き上げられたりしてませんか?!
 ……思ってるより抱き上げられている場面が多くありません?!
 というかほとんど衆人環視の中でされてますよ!? 理由いいわけはありますが、みなさん聞いてくれるのでしょうか!?
 ……アミルカーレ様、まさか従者なら・・・・問題ないって配慮ですか?!

 あぁ、まずい! とても、わたしはまずいことに気付きました!!
 今もわたしはベッドに寝ていますし、ヴェルターも横についていますよ!?
 ここに誰かが来たら……!?

 たったの五日間という短い間ですが、様々なことが、一気にぐるぐると考えがめぐり続ける。
 布団にもぐっているわたしに、ヴェルターが弾むような声で「あぁ、ゆっくりすると良い。私も契約条件を作らねばならないからね」とポンポンとあやすように叩いて囁きました。

 ・
 ・
 ・

 今はそろそろ夕方に差し掛かったくらい。
 つまり二・三時間ほど悶々としていたわけですが、間で少し寝てしまったのは秘密です。
 ヴェルターなら気付いていそうですが、黙っていてくれるのですからわたしも気にしないようにしておきましょう。
 うぅ……顔が赤くなければいいのですが……。

「では、視界を閉じて集中していこう。召喚獣わたしとの繋がりパスを感じ取るんだ」

 はい、と返事をして、言われた通りに目を瞑りました。
 真っ暗になった視界の中で、近くに座るヴェルターの気配を仄かに感じます。
 けれどそれ以上には何もありません。

「焦ることはない。契約を失敗しているからね。そんなものだ。
 静かに呼吸をして。眠るように、けれど集中を切らさないように」

 ――とん

 おでこを押される感覚がしたかと思うと「私の人差し指を感じるかい?」と質問され、反射的に開きそうになった目をぎゅっと閉じて「はい」と返事をする。
 何も見えないところに急に現れた圧と熱は、わたしの意識を持って行ってしまいます。
 わたしの背を押すように「そこに集中してみようか」とヴェルターは優しく続けました。

 まだ自覚的に魔法を使ったことがないわたしでも、魔力は感覚的なものだとは朧気に理解しています。
 だからこそ説明を言葉に起こせるヴェルターはすごいとも。
 けれど教わる側はやはり感覚的なものでしか実感できないので、あまり意味はないかもしれませんが……。

「ティアナにしては珍しい。集中力が乱れているね?」

「あ、すみません」

「これもある意味成長だ。君は集中力を分割できるようになったのだからね。
 やはり瞬発力を必要する高速戦闘を経験したのが良かったみたいだ。できれば試合形式ではなく安全圏外なんでもありの方が望ましいけれど」

「えっと……明日にでも行きますか?」

 思わず成功しなくては来ない明日に約束をしてしまう。
 少し顔に熱が走るのを感じたけれど、これは決意の表れです、と理由いいわけを入れる。

「すまない、話が脱線したね。訓練方法は他にもあるからやめておこうか。
 それより私が触れているひたいに意識を集中してくれるかな? 少し魔力の密度を上げるから」

「あ、何だか温かかくなってきました」

「では、その熱と自分の魔力を馴染ませられるかな?」

 何だか一気に難しいことを言われましたが、何故だかできるような気がしてしまう。
 ヴェルターの言葉には、そんな確信めいた何かが秘めています。

「指を離すけれど、その感覚を掴んでおいて。では契約に移るとしよう」

「えっ――」

 ――ちゅっ


 頬がカッと熱くなると同時に、閉じていた目が驚きで見開いてしまう。
 けれど先程の集中力は維持していて、口からは「な、ななななんで!?」なんて言葉が零れた。
 目の前に居るヴェルターは、不思議そうな顔でわたしを見て、それでいて「うん? あれ、鼻が良かったかな?」なんておかしなことを口にする。

「鼻は表面に粘膜が外には出ていないから、指か何かを突っ込まないといけないんだよね。
 魔法に不慣れなティアナが集中を維持できるよう、行動を伴わない方法を取り計らったつもりだけれど、何かまずかったかな?」

 そういう問題ではありません!!

 強く思うけれど、口には出せずにさらに顔が赤くなってしまう。
 その間にもヴェルターは視線を外して「うーん」と唸り、見当外れのことを話し始めました。

「あぁ、そうか。ティアナの指を口に含む、なんて方法もあったか。
 左手なら《神気剥奪アグニ》に干渉されることもなかったわけだし、これは失敗したね」

 そういうことでもない!!

「な、何でおでこに!?」

 だってヴェルター、あなた口付け・・・だと言ったでしょう!?
 …………あれ、言ってない?
 思い至ってさらに顔が赤く火照ってしまう。
 けれど

「魔法の処理は頭で行うから、そこに近ければ近いほど精度が上がっていくことになる。
 当然粘膜接触同士の方が効果は高いけれど、ひたいなら皮膚上でも最大限恩恵が受けられるからね。
 特に毎日のように鏡で自覚的に見る顔は印象に残り、集中するにも想像しやすい。現にティアナは一発で私との再契約を行ったよ?」

 わたしのあの覚悟は何だったのでしょうか! 恥ずかしい!
 それならそうと言ってくれればよかったのです! ヴェルターもわざわざ濁すような言い方をして!
 ぼす、とヴェルターのお腹に一撃を見舞って

「寝ます!」

 と叫び、布団を被って隠れました。
 どうか、わたしの恥ずかしがる顔をヴェルターが見ていませんように!
 そんなわたしの心情を知ってか知らずか、ヴェルターは「ゆっくりお休み」と布団から少し飛び出す頭を優しく撫で部屋を出て行きました。

 ヴェルターの去った部屋で色んな意味で熱い顔を自覚しながら、明日どんな顔をして会えばいいんでしょうか……なんて考える。
 少なくとも明日それはわたしが召喚者まほうしとして初めて自覚できる成果です。
 悩みは尽きないけれど、また明日も会える、と思うとだらしなく頬が緩み、気付けば眠りに落ちていました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

処理中です...