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しおりを挟む宗介の告白をされてからしばらく時が経った。
それから相変わらず馨からの連絡はなかった。
「凪、ぼーっとすんな」
講義中、宗介に額をペンで軽く小突かれて、凪はようやく意識を取り戻す。窓の外の曇り空を見ながら、いつの間にか意識が遠くなっていたらしい。
ふとした時に思い出すのは、やっぱり馨のことだった。
あの時、自分から「もう会わない」と言ったはずなのに、どうしようもなく馨の存在が心の中に残っている。未練がましいようで自分が情けなくなる。だが、それは未練ではなく、もどかしさのような感情に似ていた。
「またあいつのこと?」
宗介がぼそりと呟いた言葉に、誰のことかなんて言われなくてもわかった。肯定も否定もしなかったが、凪は無意識に口角をわずかに歪めてしまった。
宗介はそれ以上何も言わなかった。ただ、真っ直ぐに凪の表情を見つめている。その視線が、痛いくらいだった。
講義が終わると、凪はすぐにノートと教材をカバンに押し込み、逃げるように教室を出ようとした。けれど、宗介が素早く凪の腕を掴み、その足を止めた。
「凪、お前ちょっとこっち来い」
そのまま強引に連れられていったのは、校舎の裏手。人通りはほとんどなかった。宗介は凪を壁際に立たせ、その肩を押して背中を軽く壁に預けた。
「凪、いつまでそんな顔してんだよ」
低い声だった。怒っているわけではない。ただ、押し殺すような感情がその声には滲んでいた。
「なんでお前を大切にしようとしない奴を、選ぼうとするんだよ」
「……僕にも、わかんない…
選ぼうとかそういう思いとはまた別で…」
凪は絞り出すように答えた。肩が小さく揺れて、涙が一粒、静かに頬を伝った。
宗介はその姿を見て、一歩だけ距離を縮めると、自分の額を凪の肩にそっと押し付けた。その身体が微かに震えているのが伝わってくる。
「お前が泣いてる姿、あと何回見ればいいんだよ……」
強いはずの宗介が、今はただの一人の青年として、凪の前で迷い、苦しんでいた。その姿に、凪は胸がぎゅうっと締めつけられる思いだった。
「凪、俺は何度でも言う。俺を利用しろ」
宗介の言葉は凪の胸を刺すほど力強かった。
「……僕は、もし宗介と一緒にいることを選んだとしても……その……すぐに忘れられないかもしれないよ?」
「それでもいい。忘れられるくらい、これから二人で思い出作ってこう」
凪は腰元で握っている手に力を込める。
「…もしかしたら、いきなり別れようって言うかもしれないっ」
「いいよ。その時はまた、片想いの最初からやり直せばいいだけだし」
「……宗介のこと、傷つけるかもしれない」
「それを覚悟して言ってる。」
「……僕、正直、宗介のことを友達以外の関係として見られるかどうか不安なんだ…」
「だったら、好きになってもらえるように、俺が全力で努力するだけだよ」
宗介は凪の溢れ出す不安を全て受け止める。
宗介は凪の涙をそっと指で拭った。頬を撫でるその指先は、思っていたよりも優しくて、温かかった。
それでも胸の奥には、馨との過去が重くのしかかっている。初めて人を好きになった時の、胸が張り裂けるような痛みも、甘く切ない瞬間も、今でも全部覚えている。忘れようとしても、記憶の奥にしがみついて、簡単には手放してくれなかった。
でも今、目の前にいる宗介だけは、そんな自分をまるごと受け止めようとしている。迷いも、不安も、罪悪感も、全部抱えていてもいいと言ってくれる。
「凪の不安も、悲しさも、嬉しさも、楽しさも……全部、俺に受け止めさせてほしい」
宗介のその言葉に、凪は顔を上げた。曇り空の下でも、その瞳はまっすぐで、どこまでも澄んでいた。
「……」
凪が下を俯き、沈黙した様子を見て宗介はハッと我に帰り眉を曲げて笑みを浮かべた。
「凪、悪い。またしつこいこと言ってんな。今日はとりあえず帰るか。」
「宗介」
背中を向けて帰ろうとした宗介に凪は小さく、でも確かに宗介の言葉を遮った。
「……じゃあ……受け止めて、もらってもいい…?」
涙で声は掠れていた。けれど、それは確かな意思を持った声でもあった。
宗介の身体が、ぴたりと止まり凪の方を向いて目をこれでもかと見開く。
「……えっ、今なんて?」
「受け止めてもらってもいい?、って……」
「それって、どういう意味……?」
凪はゆっくりと目を上げ、宗介の目をまっすぐ見つめた。
「……よろしくお願いしますって、意味……です」
一瞬、風が止まったような気がした。
宗介は目を見開いたまま凪を見つめていたが、次の瞬間、信じられないといった様子で何度も瞬きをして、それからふっと笑った。
「……え?!本当に?本当に今まじでそう言った?!」
「……言ったよ、間違いじゃない」
「うわ、うわ、マジで?……やば……やっば……」
宗介は顔を両手で覆い、喜びを隠しきれずに肩を震わせた。だけどすぐに顔をあげて、凪の頬を両手で包み込む。
「俺、絶対に幸せにするから」
それは、約束でも誓いでもなく、ただ一人の青年の、真摯な決意だった。
凪はその手の温もりを感じながら、まだ胸の奥に残る馨への想いに、静かに別れを告げようとしていた。完全に忘れられなくてもいい。けれど、前に進むことだけは、今、選べる気がした。
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