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凪が呼びかけて男が振り向いた。
だが、凪は男の顔を見て愕然とした。
「……違う……」
凪は立ち止まって、小さく呟いた。振り返ったその人は、確かに背丈も雰囲気も馨に似ていた。でも、あの人ではなかった。
「……っ、ごめんなさい……」
凪が今にも泣きそうな声で謝ると、相手は驚いたように目を瞬かせ、気まずそうに首を横に振って去っていった。
間違えた。もう、時間がない。
人の波の中、何度も辺りを見回すけれど、馨の姿はどこにも見当たらない。焦りと後悔とが、胸をぎゅうっと締めつけてくる。
このまま何も伝えられないまま、一生出会うことなく終わってしまうのか。もう会えないかもしれない。言いたいことはたくさんあるのに。
凪がそう考えたときだった。
「……凪?」
ふいに名前を呼ばれて、凪はピクリと体を震わせた。
その声を、忘れるわけがない。
「……馨くん……?」
振り向くと、スーツケースを両手に持った馨が、出国ゲートの少し手前でこちらを見ていた。目を見開いたまま、信じられないような表情を浮かべていた。
「なんで……ここに?」
「……よかった……!」
馨の姿を見た途端、胸の奥に詰まっていた想いが一気にこみ上げてきて、堪えきれず涙があふれる。
「……ここにいるのって……俺に会いに来たの?」
「うん、そう。会いに来た。……最後に、文句が言いたかったの」
「文句……?」
困惑気味に眉を寄せる馨に、凪は一歩、また一歩と歩み寄る。
「そう。……馨くんばっかり、ずるいよ。僕はまだ、何も言ってないのに。自分の気持ちを言うだけ言って勝手に離れていって……ひどい」
馨は凪の言葉に強く唇を噛み締めた。
「……本当に、ごめん」
「僕のこと、“ブス”だとか、“近づくな”だとか、“離れるな”だとか……言ってること、めちゃくちゃで。どれが本音なのか全然わかんないし…」
凪がそう言った途端、馨の表情は慌てたものに変わった。
「言い訳になるけど、本気でそんな風に思ったことなんて一度もない!」
「………馨くんがどうしてあんな選択をしたのか聞いたよ。馨くんがどんな気持ちを抱えてたか。……でもね、ほんとバカだよ、馨くんは。不器用すぎる」
「……馬鹿か……自分でもそう思う」
馨の声はかすれ、目元は赤く滲んでいた。
凪は、ほんの少しだけ笑った。
「でも……僕は馨くんと出会って、いろんなことを経験できた。初めて“好き”って気持ちがわかって、毎日が全然違うものに感じた。幸せだったんだよ、すごく」
凪が言葉を繋ぐたびに、馨の顔から少しずつ力が抜けていった。やがて、彼はスーツケースをその場に置くと、一歩近づいて凪を強く抱きしめた。
「突き放して、ごめん。振り回して、ごめん。……凪のことを思ってとかいって、俺が一番自分勝手だった。」
耳元に届く馨の嗚咽まじりの声に、凪は黙ってそっと彼の背に手を添えた。
「……凪が、好き。それでも、好きなんだ。ずっと一緒にいたいって思ってる。……だけど、俺といたら不幸にするって、どうしても思い込んでて、離れようって思った……」
「馨くん……」
馨は顔を上げ、凪と額をそっと合わせる。頬に残った涙の跡を、凪がそっと指先で拭うと、馨はその手を握りしめた。
「……好きだよ、凪。今更、こんなこと言う資格、俺にはないかもしれないけど……どうしても離したくない。……誰かのものになるなんて考えたくない」
「僕も馨くんのこと……ずっと忘れられなかった。忘れようとしても、できなかった」
「それって……どうして?」
凪はまっすぐ馨を見上げて、静かに答える。
「馨のことが、好きだから」
その言葉に、馨は一瞬動けなくなり、顔を両手で覆って震えた。そして次の瞬間。
「うわっ!?」
凪の腰に腕がまわり、強く抱きしめられたかと思えば、体がふわりと浮かび上がる。
「ちょ、ちょっと!人前で何してるの!」
「……夢みたいなんだよ……」
馨は溢れ出る感情を噛み締めるように呟く。凪の体をくるくると回す。そしてゆっくりと地面に下ろすと、凪と額同士を合わせた。
「……もう、俺のものにしていいってこと?」
馨は少しだけ目元を潤ませながら凪と視線を合わせた。
「それは馨くん次第だよ」
「もう、離してあげられない。ずっと傍にいて」
馨の目が、真剣な眼差しで凪を覗き込む。
そして、凪の頰に手を添えた。
「…キス…したい」
「ダメだって言ったら?」
凪が頬を赤く染めながら馨に上目遣いで問いかけた。
「凪が嫌ならしない………やっぱ、嘘。したい。
凪、お願い。俺にいいよって言って。」
「……いいよ」
馨は下から掬い上げるように凪の唇に自身の唇を重ねた。
ゆっくりと唇が離れるともう一度、唇を重ねた。唇が触れるたび、胸の奥まであたたかさが染み込んでいくようだった。
「もう“大嫌い”なんて言わせない。“近づかないで”なんて思わせない。……凪、俺と一緒に、幸せになってくれる?」
凪は、涙に霞む視界のまま、大きく頷いた。
「それ以上、近づかないでなんて……もう絶対におもわせないでね」
そして二人は、再び強く抱き合い、誓いのように優しく口付けを交わした。
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