【完結】俺はお前がいなくても。

ぽぽ

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到着したのは、芸能人御用達の完全個室が備わる高級飲食店。案内されて扉を開けると、そこには俳優仲間の仁が待っていた。

薄暗い照明の中でも、仁の彫りの深い整った顔立ちは際立っていた。

「お疲れ」

光は変装を解き、素顔を晒す。それは彫刻のように整った顔だ。透き通るような肌、薄いブラウンの瞳に切れ長で奥行きのある二重の目。通った鼻筋。シャープな輪郭。人目を惹きつける存在感を持つ顔だった。

「お疲れって言っても、光は今日は夕方から休みだろ?俺なんか、さっきまでずっと仕事してたんだぞ」

仁は不満げに愚痴をこぼし、グラスを口に運んだ。

「今日は何してたん?最近ずっと休みなく働き詰めだったじゃん」
「まあ、適当に」

光はメニュー表を手に取って視線を落とした。腹は満たされているため、ページをめくるのはドリンクの欄ばかり。

「あー、あれだ。なんだっけ……あさなんとか?あさや?……そんな名前のやつと一緒にいたのか?」

仁は額を指先でトントンと突き、記憶を探る。

「あさひ?」
「そうそう!それ!」

光が口にした瞬間、仁の瞳が見開かれ、両手をパンと打ち鳴らす。まるでクイズ番組で正解を当てたかのような反応に、光は思わず失笑した。

「流石に名前くらい覚えてやれよ。長い付き合いなんだから」

揶揄うように仁が笑う。

「別に怒んないけど」

光は肩を竦め、店員を呼んでウイスキーを注文した。

「なんで?だって恋人だろ?」
「恋人っていうより、セフレに近いかな。俺が本気じゃなくてもいいって、向こうもずっと言ってくれてるし」

酒を片手にあっさりと言い切る光。

仁は頬杖をつき、じっと光を眺めた。

「あー、羨ましいわ。金だって言えば工面してくれるし、文句も言わない。顔も悪くない。性欲処理もできる。匂わせもなし。……正直、最高に都合がいい相手だよな。俺の今までの彼女勝手に匂わせとかして世間にマウント取る女ばっかだったし。」

仁は吐き捨てるように言い、タバコを吸い込んでは煙を天井へと吐き出す。紫煙がゆらゆらと渦を描き、部屋に滞留していく。

「俳優って仕事は嫌いじゃないけど、本当に大変だわ。イメージがすべてだからな」
「まあ、確かに」

光は淡々と返し、琥珀色の液体を口に含み、喉が焼けるような感覚を感じた。

光が俳優になった理由は、歳の離れた二人の弟を養うためだった。

高校生の頃までは父親の会社が軌道に乗り、何不自由のない暮らしをしていた。広い家、贅沢な食事、最新の家電や車。周囲から羨ましがられる家庭だった。しかし、ある年に起きた深刻な不況の波は、父の会社を一瞬で呑み込み、あっけなく倒産へと追い込んだ。

金ならあったはずなのに、両親はそれを家族の未来に残すのではなく、自分たちの娯楽や見栄のために浪費していた。ブランド物、海外旅行、派手な交友関係。その結果、気づいた時には借金だけが残されていた。裕福だった暮らしは一変し、家族は一文無しになった。

それでもプライドの高い両親は、パートや会社員として働くことを頑なに拒んだ。人に頭を下げて働くくらいなら死んだ方がマシだとばかりに、世間の同情や蔑みの視線から逃げようとした。そしてある日突然、両親は子供を残して命を絶ってしまったのだ。

残されたのは、まだ小学生の二人の幼い弟と自分。葬式場で無表情のままの自分に反して、両親の顔を見て泣き叫ぶ弟たちの姿が、今も光の記憶に焼きついて離れない。光にとってはあまりいい両親ではなかったけれど、弟達にとっては最愛の両親だったのだ。
金がなければ学校にも通えない。生きていくためには食べさせなければならない。両親のほんの少し遺産だけでは、すぐに尽きてしまうのは目に見えていた。兄として、何があっても弟たちを路頭に迷わせるわけにはいかないという責任感もある。
この家に生まれた弟たちにはなんの罪もない。なんとしてでも守っていかなければならない存在。

光は弟たちを一旦、児童養護施設に預ける決断をした。そして、自分が進学を予定していた有名大学への道を捨て、一か八かの賭けに出る。それが芸能界だった。

芸能という道に興味があったわけではないが、幼い頃から異性にモテてきたため、自分の容姿が人より恵まれていることは自覚していた。
街を歩けばスカウトに声をかけられた経験も何度かある。わらにもすがる思いでオーディションを受け、思いのほかあっさりと事務所への入所が決まった。その瞬間、芸能人としての人生を歩み始めることになる。だが、当然それだけで生活費を賄えるはずもなく、アルバイトも掛け持ちした。

事務所のレッスンとアルバイトで毎日が埋まり、高校に通う時間はどんどん削られていった。友人たちには「親が死んで、自分が働き詰めになっている」とは決して口にしなかった。変に同情されたくなかったし、弱みを見せることが何よりも怖かったからだ。高校卒業資格だけはどうしても取っておこうと、最低限の単位を落とさない程度には登校を続けていた。

そんなある日の放課後。
授業を終え、早々に帰宅しようと学校の門を抜けようとした瞬間、背後から呼び止められる。

「光くん!」

振り返ると、そこに立っていたが朝陽だった。細身の体、男にしては艶のある黒髪がさらりと揺れる。俯いているため顔全体は見えなかったが、伏し目がちに影を落とすまつ毛は驚くほど長く、目を引いた。全身が小刻みに震え、震える片腕をもう片方の手で必死に押さえている。その仕草だけで、どれほど緊張しているかが伝わってくる。髪の隙間から覗いた耳は真っ赤に染まり、白い首筋にまでうっすらと赤みが広がっていた。

だが、光は朝陽の存在を認識していなかった。そのため、一体誰だという言葉が頭を占める。

「えっと…なんですか?」

声をかけると、朝陽は胸の奥から絞り出すように言葉を紡いだ。

「僕、浪岡朝陽っていいます。光くんが好きなんです……とても、あの……だから……」

その声は震えていて、それでも必死に伝えようとする気持ちが込められていた。
人生で初めて、男に告白された瞬間だった。

光は一瞬、思考が止まった。今まで交際してきたのはすべて女であり、恋愛対象も女だと思っていた。だが同時に、「男じゃなきゃダメ」「女じゃなきゃダメ」と強くこだわったこともない。問題は、自分の心に恋愛を受け入れる余裕があるかどうかだった。今は弟たちを養うことで精一杯。恋愛などしている場合ではない。だからこそ、本当なら断るつもりだった。

「それって、付き合いたいってこと?」

意地悪ではなく、確認のつもりで口にすると、朝陽はさらに顔を赤くし、視線を彷徨わせた。

「あの、えっと……それは、その……」

しどろもどろになるその姿は、嘘偽りのない本気の想いを表していた。

光は一呼吸置いた後、あっさりと言った。

「別に、付き合ってもいいよ」
「えっ……?!?!」

予想外の答えに、朝陽は信じられないといった顔をした。大きく目を見開き、驚きのあまりぽかんと口を開けたまま。すぐにそれを両手で覆い、数歩後ろに下がる。

「その代わり、条件があるんだけど……いい?」
「え……?」
「俺、今すごく金に困ってるんだ。家が大変なことになってて。だから、君が協力してくれるんだったら、付き合ってもいい」

正直、わざと口にした言葉だった。
そんなことを言えば当然、彼は逃げていくだろうと思ったからだ。今の自分には人と恋愛する余裕もなければ、男を本気で愛せる自信もない。それにこの平凡でどこか地味な男に何かを感じるというわけでもない。
だからあえて突き放すように言ったのだ。

だが、朝陽の反応は、光の予想を大きく裏切った。

「本当に……?それができたら、光くんと一緒にいられるの……?」

その声は震えていたが、目だけは真っ直ぐに光を見据えていた。
まるで「そんなことくらいでいいのか」と言いたげなその瞳に、光は思わず息を呑んだ。

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