【完結】俺はお前がいなくても。

ぽぽ

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その夜、光は舞子を抱くことができなかった。

ベッドに横たわる彼女の体温に触れれば、数時間前まで胸を焦がすように燃えていた欲望が再び顔を出すはずだった。
だが、あの玄関前で見た朝陽の姿が、どうしても頭から離れない。

思い出すたびに罪悪感を芽生えさせる。

結局、舞子も相当酔っていたのか、光がそれ以上手を出さないとわかると、何事もなかったように目を閉じ、そのまま眠りに落ちてしまった。寝息を立てる彼女の横顔を見つめながら、光は胸の奥に言いようのない虚しさを覚える。

朝陽と抱く時は、まるで終わりが来ないように深夜から朝方まで続いていた。触れるだけで体の奥から欲が湧き上がり、途切れることがなかった。それなのに、今はどうだ。自分はどうかしてしまったのかなんて考える。

光は眠る舞子をそっと抱き上げ、ベッドに運んだ。丸まるようにして眠る彼女の毛布がはだけていたので、肩口までかけ直してやる。だが自分はその隣で眠る気にはなれず、ソファへと移動した。冷たい革張りの感触に体を預けながら、深い吐息を漏らす。

しばらくして目を覚ますと、部屋の中は薄暗いままだった。時計の針は午前二時を回っている。ベッドを覗くと、舞子は同じ体勢のまま眠っていた。毛布がまた半分ほどずり落ちていたので掛け直し、光は喉の渇きを覚えて冷蔵庫へと足を向けた。

だが、冷蔵庫の扉を開けた瞬間にため息が漏れる。中は空っぽだった。飲み物も食料もほとんどない。冷蔵庫が満たされていることが多かった。それは朝陽が仕事の合間を縫って買い置きしてくれていたからだ。自分はそれに慣れてしまい、当然のように受け取っていたことを思い出す。

「……そうだ、朝陽……」

ふと、連絡を取ろうと思い立ち、携帯を手に取った。画面をつけた瞬間、異変に気づく。いつもなら「お疲れさま」、「おやすみ」、「おはよう」といった簡単なメッセージが一通は届いているはずだった。朝を一緒に過ごした日以外は欠かさず届いていた。それが、今日は一通もない。

「そのくらいでキレんなよ」

独り言のように呟き、眉を寄せる。もし以前の恋人だったら、こんな些細なことで嫉妬されたら相当イラついていたかもしれない。わざわざ自分から連絡なんて絶対にしなかっただろう。だが、今は違う。心の奥では、酷いことをしてしまったという自覚があった。

光は震える指で電話をかけた。コール音が部屋に響き、三度ほど繰り返される。だが、朝陽が出ることはなかった。

仕方なくため息をついて通話を切る。まだ寝ているのかもしれない。そう思い、携帯をテーブルに置くと、グラスに水道水を注いで一気に飲み干した。冷たい水が喉を流れていっても、胸の渇きは癒されなかった。

それから1週間後。

光は楽屋のパイプ椅子に腰をかけ視線をスマホへと向ける。

画面を開くと、表示されたのは朝陽とのメッセージ履歴だ。最後に自分が送ったのは一週間前の「ごめん」。その短い言葉に、既読の印はついていない。初めてだった。付き合ってから、これほど長く既読がつかないなんて。胸の奥がざわつき、落ち着かない。

そんな時、楽屋の扉をノックする音が聞こえた。

「はい、どうぞ。」

扉の隙間から顔を出したのは舞子だった。

「やっほ、光。あの時以来だね。」

舞子は光に向かってひらひらと手を振る。

「そう…だね。あのあとちゃんと帰れたみたいでよかった。」

「うん、私もあの時、人の部屋でぐっすり寝ちゃってごめんね。」

「いいや、全然大丈夫。俺こそごめん。」

舞子は寝るまでの前後の記憶はほとんどないようで光が欲がなくなって抱けなかったのではなく、自分が寝てしまったせいで光が抱かなかったのだと思っているようだった。
舞子がそう考えるのも無理はない。絶世の美女なのだ。舞子を断る男などいないだろう。

「光、怒った顔してるけど、どうしたの?」

指先で光の頬をつんつんと突く。彼女はそのまま何事もなかったかのように笑う。

「別になんもないよ」

光は短く答え、携帯をポケットに押し込んだ。

「光、今日の仕事終わりも一緒にご飯行かない?」

「ごめん、今日は寄るとこある」

迷うことなくそう返していた。

その日の仕事終わり。マネージャーに車で自宅まで送ってもらった後、光はすぐにタクシーを拾った。向かう先は決まっている。窓の外を流れる夜景を見つめながら、心臓の鼓動が早くなっていく。

やがて目的の場所に到着する。見上げたのは、朝陽の住むマンションだった。無意識に拳を握りしめ、息を深く吸う。どう言えばいいのか、どう向き合えばいいのか、素直に謝ることなんてできるのか。その答えはまだ出ていなかった。それでもここに来ずにはいられなかった。
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