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しおりを挟む朝陽のマンションの自動ドアを抜け、エントランスの冷たい空気に触れる。
エレベーターに乗り込むと、狭い空間の中で自分の心臓の音がやけに大きく響いて聞こえる気がした。たかが朝陽の家に行くだけだと言うに。
朝陽の住む階に到着し、その中で光の足音だけが響き、やけに大げさに感じられた。
部屋の前に立つと、心臓が喉までせり上がってくる。躊躇いながらもインターホンを押す。だが、中から反応はない。
「……」
数秒待ってから、もう一度インターホンを押す。すると、今度は奥の方からガタガタと何かが倒れるような音が聞こえてきた。光の胸に不安と期待が同時に広がる。
やがて、扉がゆっくりと開き、わずかな隙間から朝陽の顔がのぞいた。
その瞬間、光はこみ上げる安堵感に片手で顔を覆いたくなった。久しぶりに見る姿に、胸の奥の張り詰めた糸が緩む。
「ひさしぶり」
声をかけると、朝陽は目を大きく見開いた。
「……光くん?」
まるで予想外の人物に出会ったように、朝陽はひどく驚いた様子で立ち尽くしていた。扉を開けたまま動かず、硬直している。一週間ぶりという距離が、彼の顔立ちをいつも以上に鮮やかに見せていた。
普段は「整っている」と軽く流していたその端正な顔が、今はやけに特別に思える。だが同時に、目の下に薄い影があり、頬がわずかにこけているように見えた。きっとこの前のことを思い悩んでいたのかもしれないと簡単に想像できた。
繊細な朝陽のことだから眠れない日々が続いていたのかもしれない。
「なんでそんなにびっくりしてんの?それに、インターホンのモニターで俺だって確認してから出てきたでしょ?」
苛立ち混じりに問いかけると、朝陽は一瞬言葉を飲み込むようにしてから答えた。
「いや……ちょっとバタついてたから。慌てて開けちゃったんだ」
その答えを聞いた瞬間、光の眉間に皺が寄る。
「……いつも言ってたでしょ。ちゃんと確認してから開けろって。もし変なやつだったらどうすんの?お前みたいな細いやつ、すぐ襲われるよ。」
低く、無意識に圧力を帯びた声が口から漏れる。相手を心配しているつもりが、突き放すような言葉に聞こえてしまった。
「……ごめんなさい。これからは気をつけるよ」
朝陽は俯きがちに、申し訳なさそうに謝った。その姿を見た瞬間、光の胸に罪悪感が広がる。謝らせたかったわけじゃない。自分の言葉が彼を萎縮させてしまったことに気づき、心がちくりと痛んだ。
「……あのさ、ちょっと部屋に上がってもいい?ほら、いつまでも廊下に立ってたら、他の住人の人に怪しわれるかもしれないし」
努めて軽く言ったが、空気は重たいままだった。
「……あ……えっと……」
朝陽は気まずそうに視線を泳がせ、部屋の中を振り返る。その様子は、これまでにないものだった。これまでなら、光がどんなに突然来ても「どうぞ」と笑顔で迎えてくれた。
部屋が散らかっていることなど一度もなかった。そのため、突然家に行ったとしてもいつも快く入れてくれたはずだ。それなのに、今の朝陽はまるで何かを隠そうとするかのように歯切れが悪い。
違和感が胸に広がる。光はその場で立ち止まって朝陽の目を見据え、低い声で告げた。
「お願い。部屋に入れて」
一拍の沈黙。朝陽は観念したように、小さく頷いた。
「……あ、うん。わかった」
返事はあったが、その声にはいつもの温かみがなく、どこか硬さを含んでいた。その様子に苛立ちが混じるのを抑えきれず、光は唇を噛んだ。
そして、扉をくぐった瞬間。光の目に飛び込んできたのは、想像もしなかった光景だった。
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