11 / 23
11
しおりを挟む「なんだこれ…」
「ごめんね…ちょっと散らかってて…」
部屋の中には所狭しとガムテープで封のされた段ボールが置かれていた。
その光景に思わず口をついて出た光の言葉に、朝陽は気まずそうに笑った。けれどその笑みは、どこかぎこちなく、心の奥を隠そうとするような影が差していた。
「…引っ越しでもすんの?」
声を低く落とした光の問いかけに、朝陽はほんの少し間を置いて答えた。
「うん、そうなんだ。心機一転しようかなと思って」
その一言に、光は眉を顰めた。
「心機一転…??心機一転って何を心機一転すんの。仕事?転職でもするの?」
口角を無理やり引き上げ、余裕を装うようにして投げた言葉。けれど内心では焦燥が広がっていく。
もし引っ越しの話を本気で考えているのなら、なぜ自分に真っ先に知らせてこなかったのか。いつもの朝陽なら引っ越すとなれば、誰より先に光へと伝えていたはずだ。そう思うと、胸の奥でざわめく不安がますます大きくなる。
「気持ちの心機一転かな…?」
曖昧に笑いながらそう答える朝陽に、光はすかさず食い気味に言葉を返した。
「だからなんの心機一転かって聞いてんだけど」
声色に棘が混じり、空気が一瞬張り詰める。朝陽は視線を伏せ、呼吸を整えてから、言葉を落とした。
「だって僕たち、もう別れるから…」
「…は??」
耳に届いた瞬間、光は間抜けなほど素っ頓狂な声をあげてしまった。脳が一瞬、理解を拒んだのだ。
別れる? そんな話、どこで? いつ?
思い返しても、記憶にはない。もちろん自分から別れを切り出した覚えもなければ、朝陽がそんな素振りを見せたこともない。
「別れるって何?俺たちでなんか話したっけ?もしかしてこの前のこと怒ってるの?本当に悪かったと思ってる。」
必死に冷静を装おうと、光は乱れた髪をかきあげる。だが、朝陽は光と目を合わせようとしない。
「ううん、話してはないけど…ほら、光くんと関係が繋がった時の約束があるから」
「約束…?約束って何?」
焦りで口調が早くなる。
朝陽は少し視線を宙にさまよわせ、それからぽつりと告げた。
「もし、光くんに気になる人ができたらすぐ別れるって。この前一緒にいた人ってそうだよね?」
その言葉で、光の記憶が強引に呼び覚まされる。
嫉妬をしても態度に出さない。他の女といようが文句を言わない。光が付き合いたいと思う人が出来たら、すぐに別れること。
「僕はあの時の約束を守るのにも限界が来たみたいなんだ。勝手な事情でごめんね。」
「…あんなのもう時効じゃん。」
光は笑みを作った。けれど、それは乾いた嘲りのように響いた。
朝陽はつられて笑うこともなく、俯いた表情に深い影を落としている。
「だからといって、僕は光くんの邪魔をしたくない。彼女のことが好きなんでしょ。光くん、女の人あまり家に連れ込みたくないって言ってたから…あの人が特別なんだってすぐにわかった。それに、何よりお似合いだったよ」
「別に好きとかじゃ――」
言いかけた言葉を、朝陽が遮るように続けた。
「僕みたいな都合のいい存在は、もう必要ないって思ったんだ。今思ったらやっぱり、僕と君は釣り合わないよ」
「あのさ、釣り合わないとか、都合のいい存在ってそんなの、今更でしょ。」
昂った感情のまま言ってはいけないことを言ってしまい、光はすぐに後悔したが、朝陽の表情は今にも泣きそうに歪んでいた。朝陽は顔を上げることなく下を俯いたまま告げた。
朝陽が光るの目の前でそんな顔を浮かべるのは初めてで、微かに動揺してしまう。
「…そうだよね。ずっと叶わない恋だってわかってたんだ。今まで一緒にいてくれて、本当にありがとう。君といる間は、生まれてきた中で一番幸せだったんだ」
(俺、朝陽のこと…どう思ってたんだっけ)
胸の奥が締めつけられる。
「人生で一番って…大袈裟すぎだろ」
苦し紛れに笑って誤魔化すが、朝陽は小さく首を振るだけだった。
「大袈裟なんかじゃないよ。本当のことだから。」
その声音は、静かで、確かで。まるで別れを告げる鐘の音のように光の胸に響いた。
焦燥が広がり、心臓が握り潰されるように痛む。喉が震え、言葉にならない。
それを押し隠すように、光は自分に言い聞かせる。朝陽の代わりなんていくらでも見つかる。これはただの別れだ。大したことじゃない。
けれど心の奥底では、その言葉が全く響かないことに気づいていた。
「お前と俺の十年間は…そんな言葉で終わるくらい、あっけなかったんだな」
口をついて出た言葉に、自分自身が驚く。
その一言で、朝陽の瞳が揺れた。
「朝陽がそういうつもりならいいや。はい、これ」
光が差し出したのは、合鍵だった。
そこには、小さなラッコのキーホルダーがぶら下がっている。初めて二人で行った水族館で、朝陽が「お揃いにしよう」と勝手に買ってきたもの。
恥ずかしくて持ち歩くこともできず、結局この鍵につけたままだった。
ほとんど使わなかった合鍵。終電を逃した夜や、飲み会帰りに面倒で寄ったときくらい。恋人らしい意味で差し込んだことは、数えるほどしかない。
それでも、思い出だけは濃く積み重なっていた。扉を開けた瞬間に朝陽が柔らかい笑みを浮かべていた時の光景が鮮明に蘇る。それをみて、廃れた心が少し暖かくなった数えきれない日々。まさか、ここで別れが来るなんて想像もしていなかった。
差し出した鍵を、朝陽はほんの一瞬だけためらう素振りを見せた。けれど次の瞬間、静かに手を伸ばし、光の掌から鍵を受け取った。その指先が触れた瞬間、妙に冷たくて、自分の手でその指を包み込みたくなる。
「元気でね。ずっと応援してるよ。滝口光として。今まで、本当にありがとう」
その途端、一線を引かれた気がした。いつもの「光くん」と呼ぶ温かい声ではない。壁のような距離を感じさせる響き。
胸の奥に鋭い棘が突き刺さる。
光は言葉を返せなかった。
ただ、朝陽が儚げな笑みを浮かべるのを見つめることしかできない。その笑みは優しさに包まれながらも、深い悲しみを抱えていた。
「さようなら。光くん。幸せでいてね」
扉が静かに閉まる。かすかな蝶番の軋みが、心臓に響いた。
同じ空気を吸っているはずなのに、世界がひび割れて崩れていくように感じた。
この家から朝陽がいなくなる。その現実が迫ってくる。
胸を焼くような焦りが生まれる。その感覚は、必死に生き抜いてきた過去の、自分を追い立てる焦燥にどこか似ていた。
けれど光は、それすらも認められず、ただ心の奥で繰り返す。
728
あなたにおすすめの小説
人並みに嫉妬くらいします
米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け
高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。
美澄の顔には抗えない。
米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け
高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。
※なろう、カクヨムでも掲載中です。
当て馬系ヤンデレキャラになったら、思ったよりもツラかった件。
マツヲ。
BL
ふと気がつけば自分が知るBLゲームのなかの、当て馬系ヤンデレキャラになっていた。
いつでもポーカーフェイスのそのキャラクターを俺は嫌っていたはずなのに、その無表情の下にはこんなにも苦しい思いが隠されていたなんて……。
こういうはじまりの、ゲームのその後の世界で、手探り状態のまま徐々に受けとしての才能を開花させていく主人公のお話が読みたいな、という気持ちで書いたものです。
続編、ゆっくりとですが連載開始します。
「当て馬系ヤンデレキャラからの脱却を図ったら、スピンオフに突入していた件。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/239008972/578503599)
アプリで元カノを気にしなくなるくらい魅力的になろうとした結果、彼氏がフリーズしました
あと
BL
「目指せ!!魅力的な彼氏!!」
誰にでも優しいように見えて重い…?攻め×天然な受け
⚠️攻めの元カノが出て来ます。
⚠️強い執着・ストーカー的表現があります。
⚠️細かいことが気になる人には向いてません。
合わないと感じた方は自衛をお願いします。
受けは、恋人が元カノと同級生と過去の付き合いについて話している場面に出くわしてしまう。失意の中、人生相談アプリの存在を知る。実は、なぜか苗字呼び、家に入れてもらえない、手を出さないといった不思議がある。こうして、元カノなんか気にしなくなるほど魅力的になろうとするための受けの戦いが始まった…。
攻め:進藤郁也
受け:天野翔
※誤字脱字・表現の修正はサイレントで行う場合があります。
※タグは定期的に整理します。
※批判・中傷コメントはご遠慮ください。
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
痩せようとか思わねぇの?〜デリカシー0の君は、デブにゾッコン〜
四月一日 真実
BL
ふくよか体型で、自分に自信のない主人公 佐分は、嫌いな陽キャ似鳥と同じクラスになってしまう。
「あんなやつ、誰が好きになるんだよ」と心無い一言を言われたり、「痩せるきねえの?」なんてデリカシーの無い言葉をかけられたり。好きになる要素がない!
__と思っていたが、実は似鳥は、佐分のことが好みどストライクで……
※他サイトにも掲載しています。
付き合って一年マンネリ化してたから振られたと思っていたがどうやら違うようなので猛烈に引き止めた話
雨宮里玖
BL
恋人の神尾が突然連絡を経って二週間。神尾のことが諦められない樋口は神尾との思い出のカフェに行く。そこで神尾と一緒にいた山本から「神尾はお前と別れたって言ってたぞ」と言われ——。
樋口(27)サラリーマン。
神尾裕二(27)サラリーマン。
佐上果穂(26)社長令嬢。会社幹部。
山本(27)樋口と神尾の大学時代の同級生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる