【完結】俺はお前がいなくても。

ぽぽ

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「賢也さん、お待たせしました!」

「大丈夫だよ、朝陽くん。急に誘ってごめんね。」

背後から響いてきた弾むような声に、光の心臓が跳ねた。振り返ると、そこには朝陽と並んで立つ一人の男の姿。きっちりと仕立てのいいスーツを着こなし、皺ひとつないその身なりは隙がなく、キリッとした濃いめの顔は自信に満ちている。

(誰だ……こいつ)

無意識のうちに光の瞳が鋭さを増し、賢也という男を睨みつけていた。胸の奥底に、今まで感じたことのない黒く粘りつくような感情が広がっていく。怒りとも嫉妬ともつかないその感情は、マグマのように煮えたぎり、今にも噴き出そうとしていた。

次の瞬間、賢也が自然な仕草で朝陽の頭に手を伸ばした。撫でる、その優しい指先。

(やめろ……さわるな)

視界が赤く染まったような錯覚と共に、抑えていた感情が一気に溢れ出す。光は衝動に突き動かされ、賢也の存在を振り切るように朝陽の華奢な肩を強く掴んだ。

「朝陽!」

名前を呼ぶ声は、怒りと焦りで震えていた。

少し乱暴とも言える動作に振り返った朝陽の瞳が光を捉える。驚きで大きく開かれたビー玉のような茶色の瞳が揺れた。

「ひか……るくん? なんでここにいるの……」

その瞬間、時間が止まったように感じた。光は堪えきれず言葉を吐き出す。

「今……俺がいたこと、気づいててわざとやったのか」

自分の声が冷えきっているのを自覚した。氷のように冷たい、突き刺すような声音。朝陽がそんな子供じみた無視をする人間でないことは分かっている。 
朝陽はパチパチと瞬きを繰り返した。
その顔は本当に驚いているような顔だった。

「ごめんね……光くんがいることに気づかなかったんだ。本当に、ごめんなさい」

その言葉に、逆に胸が締めつけられる。謝られることなど望んでいなかった。むしろ罵って欲しかった。冷たく拒絶される方が、まだ救いがあった。

「謝んなくていい……謝るのは、俺の方だから……」

言葉が喉で絡まり、途切れる。これまで一度も、素直に朝陽へ謝ったことなどなかった。これが本音ではないと疑われたくない。目を逸らしたい衝動に襲われながら光はまっすぐと目を見つめていった。

朝陽は予想外だったようで「え?」と小さな声を上げた後、首を傾げた。

「なんで光くんが謝るの?」

その純粋な響きに、光の胸がぐらりと揺れた。昔から朝陽は、光が「ごめん」と言えば必ずなんで謝るのという同じ言葉を返ってきた。

「……だって俺、お前を無碍に扱っただろ。『付き合ってやるから金をくれ』なんて言って……条件までつけて……」

搾り出すように吐いた途端、朝陽の表情がやわらいだ。

「なんだ、そんなことか」

小さく笑みを浮かべ、目を細める。

「それは僕がそれでいいって言ったんだから、光くんは気にする必要ないよ。だって……光くんがお金を欲しいって言ったのなんて、ほんの数えるほどでしょ? それに……返そうとしてくれた。僕は、その気持ちだけで十分嬉しかったんだ」

嬉しいという言葉に嘘をついている様子は微塵もない。その透明さがかえって、光を追い詰めた。

この時ばかりはいっそのこと罵詈雑言を浴びせて欲しかった。許さないとでも言って欲しかった。朝陽があの時、そして、今、どんな感情を浮かべているのか全くというほど読めない。感情がすぐに表情にでる朝陽はどこにいってしまったのだろう。

苦しさが増していく。感情の出口を失い、息が詰まりそうだった。
その時、不意に朝陽が視線を逸らし、賢也の方を見た。

「あ、ごめんね」

光へ短く断りを入れてから、朝陽は柔らかく声をかける。

「賢也さん、少し待っててもらえますか?」

賢也は小さく微笑み、軽く頷いて少し離れた場所へと移動した。その背中が遠ざかるのを見ながらも、光の頭には疑問が渦巻く。

「朝陽……あの人は?」

問い詰める声に、朝陽は一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。

「あ、えっと……お友達かな?」

「お友達?」

光は鋭く言い返す。人見知りの朝陽が簡単に友達を作れるはずがない。胸の奥に、嫌な予感がじわりと広がる。

「なんで疑問形なんだよ。友達って以外に……何かあるってこと?」

片眉を上げ、挑発するように吐き捨てる。自分でも抑えられない濁った感情に、光は呑まれていた。

「……あ、もしかして。条件をつけられて友達として付き合ってるんじゃないかって思ってるんだね。心配してくれてありがとう。でも、そんなことは」

「そういうことじゃないって!」

光は思わず声を張り上げた。
自分の感情がコントロールできないことにも苛立ちを覚える。仕事などでいくら鼻につくやつにあったとしても我慢できるし、それほどの怒りも感じないというのに。
自分の立場を忘れてしまっていたことに気づき、呼吸を整える。

はっとして呼吸を整え、目を伏せる。

「……驚いたよな。ごめん」

「ううん、大丈夫」

朝陽はわずかに目を見開いていたが、すぐに光を安心させるように小さく笑った。その仕草は昔と変わらないようで、どこか違っていた。別れ際、あれほど辛そうな顔をしていた朝陽が、今は不自然に落ち着いている。思い過ごしだろうと軽く流して、光は続けて問いかけた。

「友達って何だよ。友達作るの苦手だって、ずっと言ってただろ。なのに、どうして……いきなり」

問い詰める声に、朝陽は笑みを消した。せつなげな顔でうつむき、腰のあたりで握りしめた手に視線を落とす。そして、静かに一歩近づいた。

「実は……結婚相談所に登録したんだ。そこで知り合った人なんだ。すぐに言えなかったのは……ちょっと恥ずかしかったから。
母さんから言われたんだ。早く結婚しろって…乗り気ではなかったけど、一生共にできるそんな人探してみたいと思ったんだ…」

一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、その言葉は、理解した途端光の心に鋭い杭のように突き刺さった。

胸の奥で積み重なっていたものが、音を立てて崩れていく。熱とも冷たさともつかない感覚に支配され、立っているのもやっとだった。
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