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しおりを挟む光は机の上に置かれていた教科書を、片腕でまとめて抱え込んだ。
「いや、光!それは……こいつが持っていくからいいんだって!」
慌てふためいたように男子生徒が朝陽を指差す。その声には明らかな動揺が滲んでいた。光の姿を前にして、彼らの態度が一変する様子を見て朝陽は悟った。光という存在が、この学年でどれほどの影響力を持つのか。どれほど上位のヒエラルキーにいるのか。
「いや、いいよ。俺が持って行ってあげるから」
「光、なら私も一緒に…!」
集団の中の一人の女子生徒が言うと、周りの女子はその人を睨みだした。自分だけ抜け駆けするなという気持ちが伝わってくる。
光は教科書を軽々と抱え直し、涼しい顔で言葉を続ける。
「俺が持ってくる。だって自分で持って行かないってことは、それなりに理由があるんでしょ?……同じ場所に怪我でもしてんの?お前ら全員」
淡々と告げる声に、男子生徒たちは一瞬で言葉を失った。光の鋭い眼差しが一人ひとりを正確に射抜いていく。真実を問いただし、逃げ道を塞ぐものだった。
「いや……別に怪我してるわけじゃ……」
「だとしたら、その中の誰が持ったっていいよな。この人だったらいいのに。俺が持っていこうとしたら拒否する理由がわからない」
「それは……」
ごまかしの言葉さえ出てこない。沈黙が彼らを包み、気まずそうに互いの顔を見合わせる。光はその様子を一瞥し、小さくため息を吐いた。
「お前ら……見てて気分悪いよ。普通に」
その冷淡な声は、ざわめく教室の空気を一瞬で切り裂いた。周囲の喧騒は続いているはずなのに、その場だけ音が消えたように、朝陽の耳にはっきりと届く。誰も反論できない。ただ沈黙が広がるばかりだった。
光は腕に抱えていた教科書を机にバラまいた。
光は俯いて固まる朝陽の方へと手を伸ばした。前髪に隠された表情を覗き込み、柔らかな声音で問いかける。
「……大丈夫?」
その声を聞いた瞬間、朝陽の脳裏に、数ヶ月前の記憶が鮮やかに蘇る。入試の面接の時、不安に押し潰されそうになっていた自分に、光がかけてくれた声。その時と同じ、澄んだ優しさがそこにあった。
緊張で固く強張っていた体から、少しずつ力が抜けていく。光は自然な仕草で、朝陽の背中をポンと軽く叩いた。
「どう?緊張、解けた? ……同じ学校に受かってよかったな」
光は朝陽を覚えていた。
あの時の自分のことを、光は覚えていてくれたのだ。
胸の奥に澱んでいた曇りが、一瞬で晴れていく。今まで感じたことのない胸の高鳴りが、波のように押し寄せてきた。
この人が好きだ。
はっきりと自覚した瞬間だった。入学以来ずっと胸にあった得体の知れないわだかまりが、音もなく解け落ちる。眩しすぎる存在。手を伸ばすことさえ許されない遠い存在。そのはずなのに、光の声と仕草は、あまりにも近く、あたたかかった。
だからこそ、告白を思い切ることができたのだろう。
今後、光以上の存在は決して現れない。そう確信してしまったからだ。一度でも想いを伝えなければ、きっと一生後悔する。拒絶されても構わない。気持ち悪いと言われてもいい。どれほどひどい言葉を浴びてもいい。
同じ学校に通えたというだけで、それがすでに「人生のハイライト」だったのだ。大袈裟に思われるかもしれない。だが、朝陽にとってそれは紛れもない真実だった。
そして迎えた告白の瞬間。
全身を駆け巡る緊張はかつて経験したことのないものだった。背中には滲む汗が何本もの線となって伝い落ちる。どう歩けばいいのか、どう呼吸をすればわからなくなる。
光は朝陽のことをわすれているようだった。
だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
束縛はしないこと。
嫉妬はしないこと。
もし嫉妬しても、決して本人の前で感情をぶつけないこと。
光が他の女と一緒にいても文句を言わないこと。
そして、もし光が「付き合いたい」と思う相手が現れたなら、その瞬間に未練を残さず潔く身を引くこと。
『俺ね、今すごく金に困ってるんだ。家が大変なことになってて。だから、君が協力してくれるんだったら……いいよ』
条件は数え切れないほど提示された。普通なら到底受け入れられないものばかり。だが、誤算だった。その条件の先に「付き合う」という結果が待っているなど、想像すらしていなかったのだ。
光と一緒にいられる。それだけで十分すぎる「人生のハイライト」だったのに、さらに思いもよらぬ転機が訪れたのだ。
その日から、朝陽の人生の主役は光になった。
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