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しおりを挟む光は朝陽が結婚相談所に登録したと知った日、放心状態のようになりながら家に帰った。
自分がどうやって家にたどり着いたのか記憶が曖昧だ。
家に着いた途端、重たくなった身体をソファに沈める。そして天井を見上げて深いため息をついた。濁ったようなどろどろとした感情が湧き上がり光を苦しめた。
「本日はインタビューよろしくお願いいたします。私、◯◯テレビアナウンサーの葛西と申します。」
女性アナウンサーは、淡いベージュのパンツスーツをまとい、光へと名刺を差し出した。シワひとつない生地がスタジオの照明を柔らかく反射し、まとめ上げられた髪からは、仕事の癖と慣れが滲み出ている。
光もまた、慣れた仕草で営業スマイル向けた。相手の目をまっすぐ見つめ、軽く頭を下げる。
「今回、滝口さんが主演を務められた作品についてですが……」
インタビューが始まった。
光は作品のテーマ、キャラクターの背景、監督とのやり取り。すべてを自分の言葉で語った。ときおり熱が入りすぎて、アナウンサーが相づちを打つ暇もないほどだったが、それこそが光の魅力でもあった。
真摯で、まっすぐで、少し不器用。けれど“演じる”ということに誰よりも誠実な姿勢がそこにあった。
そして、インタビューが終盤に差しかかったとき。
「本作では滝口さんが料理をされるシーンが多く盛り込まれていましたが、普段もお料理などされるのですか?」
光はその瞬間、目を細めた。過去へと記憶が引き戻される。
「そうですね……自分でも料理をすることは多いですけど、僕の友人で、料理が得意な人がいるんです。その人が僕の家に泊まった時、朝ごはんにオムレツを作ってくれて……それが、最高に美味しくて」
光はそこで言葉を詰まらせてしまう。友人として定義して話していたがその人物とは朝陽だった。
目覚めると、柔らかい笑顔を浮かべた朝陽が立っていて一緒に朝陽の作ったオムレツを食べた朝。そんな日はもう戻ってこない。胸に抗いようもないような感情の塊が込み上げてきた。
近くで聞いていたマネージャー・高峯の視線に気づき、光は無理やり笑みを浮かべた。
演技力で感情を押し殺す。それが自分の生き方でもあった。
「その……今度、習いたいんですけどね。遠方に引っ越してしまって、まだ習えてなくて。」
「そうなんですね。では、今度その方にお会いできた時に、ぜひ“最高のオムレツ”の作り方を教えてもらえるといいですね。」
「……はい。」
笑顔を浮かべてみても、胸の奥には小さな穴がぽっかりと空いたままだった。
インタビューが終わる頃には、光の中に残る“余韻”というより、“虚無”に近いものがじんわりと広がっていた。
控室を出て、光はマネージャーと共に車に乗り込む。
後部座席に体を預けると、窓の外の景色が流れていった。どれほど人が行き交っても、そこに自分の居場所だけがない気がした。
「……光、さっきのインタビューどうした?」
運転席から聞こえた声に、光は一瞬反応が遅れた。
「え?」
「料理の質問のところだよ。いつもならもっとスムーズに返すのに、あのとき、明らかに動揺してた。」
バックミラー越しに高峯と視線が交わる。
彼の眼鏡の奥から覗く眼差しは、まるで心の奥を透かして覗くようだった。
「気のせいですよ。」
光は窓の外を見たまま、そっけなく返す。
その横顔に、わずかに力の抜けた表情が浮かんでいた。
「光の仕事に対する態度が最近変わってきたな。熱意を込めようとしてるのに、うまく力が入らなくて空回り…というか生命力的なものが感じない。私生活で何があった。」
高峯の言葉に、光は苦笑した。
ながい付き合いだからこそ図星すぎて、何も言い返せない。
「いや、別になんも。ちょっと、疲れてるだけですよ。」
「疲れてるだけ、ね。光、お前が“疲れた”なんて言葉を使うの、初めて聞いたぞ。」
高峯はハンドルに手を置いたまま、静かに笑う。
「お前さ、追い詰められた時ほど一番いい演技するんだ。だから社長も、あえて休ませないんだよ。極限の光は、誰よりも人間臭いからな。」
「性格悪いっすね。」
光は眉間を指で揉み、吐き捨てるように言った。
高峯はそんな彼を鏡越しに見て、笑みを薄めた。
「冗談はさておき……本当に何があった?」
光はしばらく黙っていた。
車内に流れるエンジン音が、やけに大きく響く。
やがて、ぽつりと呟いた。
「……朝陽、いたじゃないですか。」
「朝陽くん? ああ、懐かしいな。デビュー前、よく迎えに来てた子だろ。」
「はい。その……別れました。」
短い言葉だった。けれど、吐き出した瞬間、喉の奥が焼けるように痛んだ。
「別れた」という現実を、自分の口から出した途端、心のどこかで“終わり”を認めてしまった気がした。
無理に笑おうとする。けれど、唇の端が震えて、どうしても笑顔を作れなかった。
高峯は困ったように眉を寄せ、軽く頷いた。
「そっか……長かったもんな、二人。まあ、またいい出会いあるよ。お前くらい魅力あるやつなら。」
「……。」
(新しい出会いなんて、いらない。)
光は視線を落とし、拳を握りしめる。
窓の外では、街が流れていく。
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