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春は出会い……

制服とアウェーと検査登録事務所 後編

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 優子の乗るS14は、敷地の端の方の駐車スペースに止まった。
 あぁ、中央のスペースが混んできたのは分かるけどさ、でもね、そんなに遠慮しなくても良いと思うんだよね。

 「どうダメだって~?」

 柚月が第一声で訊くと、優子は、困惑した様子で

 「左が、上向きすぎだって」

 と言った。
 私と柚月は、顔を見合わせて考えた。正直、サイドスリップとか、排ガスとかだとお手上げなので、テスター屋さんか、ディーラーに飛び込もう、と思うんだけど、ライトだったら、いけるんじゃね? と思う訳だよね。
 しかも、左って、部品取られちゃってたからって、私らが、解体屋さんでつけた方だよね。だから、光軸がメチャクチャでも不思議は無かったんだよ。

 ボンネットを開けて、相談し合っていると、端っこなのにもかかわらず、やたら注目を集めてる。
 そりゃそうだよ、華のJKが3人、陸運局で、ユーザー車検のレーンから出てきて、ちょっと怪しいシルビアのボンネットを開けて談義してるんだよ。
 メチャクチャ浮いてるから。
 一応、私は、私服で行きたかったんだけどさ、水野が、学校側からも、課外学習という目的を逸脱しないように、と釘を刺されて、制服で行くように言われてるんだよね。

 「諸君が良ければ、私は、動きやすいジャージを提案するが」

 と、水野が言ったけど、それは全力で辞退したよ。
 なにが悲しくて、陸運局で、体育のジャージ着なきゃならないんだよ……。
 
 ライトの光軸調整は……って、一昨日、優子たち、ライトの光軸調整やってなかったっけ? 左側は悠梨の担当だって?
 まぁいいや、とにかく、左を右と同レベルまで下げれば良いんだよね。
 ちょっと移動して、あっちの端に行かない? あそこに建物があるからさ。日陰の方に向けて、壁に向かってきて……ストップ。

 この壁に向けてライトを照射しよう。
 どうだろう……確かに、ちょっと、左の光の方が、高い位置を照らしてるね。
 これを、ライトの後ろにあるネジで、調整するんだよね。私がやってみるから、誰か、スマホのライトで手元を照らしてよ。
 これかな? クリ、クリ……と、あ、ホントだ光軸が動いたね。でもって、余計上に行ったから、逆向きに回せばいいんだね。
 じゃぁ、逆向きにクリ、クリ、クリリ……と、どうかな? こんな感じだよね。右の光軸の上端と、左の上端が、バッチリと、合ってるもんね。

 よし、これでいいや。
 これで、優子再挑戦して来てよ。
 え? 今度は、私らのどっちかが行ってよ、だって? ダメでしょ、再挑戦ごとに乗ってる人間が変わると、係のおじさんに怒られるよ、きっと。
 それに、ここで慣らしておけばさ、優子の車、登録する時は、凄くスムーズにいくと思うよ。
 さぁ、行ってらっしゃ~い。

 よし、柚月、一緒に出口の方で待ってよう。
 再挑戦の時は、不合格だった箇所だけ、やり直せばいいんだね。私が事前に調べたところによると、受験の日から、2週間以内に再挑戦すれば、不合格箇所のみのやり直しだけど、それ以降になると、全部やり直しになるんだって。
 しかも、1回の申請で、3回以内に合格しないと、再申請で、またお金がかかるんだって、どうしよう、もう1回落ちたら、そしたら、チャンスは、あと1回しかなくなるんだよ。

 優子も、2回目だから、他の受験すっ飛ばして、ライトのところから始めてるね。
 終わったみたいだね。記録してから、総合判定室に行ってるよ。戻ってきた。優子、また、私の車の隣が空いてるから、早く入っちゃって。
 
 で、どうだった? 合格だって、良かったぁ~。
 降りて来た優子と、柚月と、3人でハイタッチして喜んでたら、やっぱり周囲から浮きまくって、注目を集めちゃったよ。
 やっぱり私らって、ここだと完璧に、存在が異質なんだよね。でもさ、車検JKとかって、これからのトレンド入りしても良くね? そもそも、都会の女子高生は、車なんて乗らないって? そっかぁ。

 じゃぁ、今度は最初の建物に戻って、書類の提出だね。
 もう、11時半だからさ、急いで行かないと、お昼になっちゃうよ。こういうところって、お昼休みは、キッチリ取るからね。

 よし、提出っと、これで、午前中には終われそうだね。
 それにしても、この事務所の中も、ツナギのおじさんの比率が5で、タイヤとかの、販促ジャンパーの比率が3で、ワイシャツが1.5で、残りは0.5なんだけどさー、何度も言うけど、やっぱり私らが、目立っちゃってるよね。
 私的には、これからの時代は、ここにJKの比率を、2くらいに持ち込みたいところだよね。やっぱさ、JKも、どんどん社会進出? ってやつをするべきなんだよね。
 なに優子? あり得ない妄想してて、疲れない? だって? なんで優子は、華のJKなのに、人生を達観した、おじさんみたいな事ばっかり言うのさ。

 あ、呼ばれたよ。
 遂に車検証が交付されたよ……って、なんかこの車検証って、色が違くね? これは、内容の書かれた紙で、この後で使うんだって?
 あ、そうか、これから税金の支払いと、ナンバーの交付を受けるんだったね……って、窓口が閉まっちゃったよぉ~、あれ、まだ11時45分じゃね? 

◇◆◇◆◇

 まったく、参っちゃったね。
 引っ掛かって、2回ラインに並ぶとは思ってなかったからさ、午前中で終われなかったよ。
 行きがけに見たけど、この辺って、周辺に、食べ物屋さんがあんまりないからさ、下手に、この辺をうろつくよりも、帰りに高速のインター近くあたりでお昼にしようと思ってさ、昼休み明けを待ってたんだよ。
 その間に、車検有効期間のシールを窓に貼ったりして待ってたんだけどさ、なんで、定期点検のシールと、こんなに大きさが違うんだろうね。

 「親が言ってたけど、昔は、大きさも素材も同じだったらしいよ」

 そうなの優子? なんでも、2003年までは、車検のシールも、紙製で、定期点検のと同じ大きさだったんだ。
 だから、2年後には、熱で紙が劣化してボロボロになったシールを剥がすのに一苦労したんだって。 
 2004年に今のシールと素材が一緒になって、更に2017年にレイアウトが変更になって、今に至るんだ……へぇー。
 しかも昔の紙シールは、有効年度によって色が違ってて、赤、青、緑、黄色の4種があったんだって。

 あ、車検シールの歴史を訊いてるうちに、窓口が開いたよ。
 よし、次は、税金だね。税金は、来年の3月までの分を月割りで支払うんだね。
 金額はジャストで預かってきてるから……と、こっちもOKと。

 じゃぁ、遂に最後の関門、ナンバーの交付だね。特に希望が無いから、普通の番号だけど、もし、希望がある場合は、1週間前までに予約するんだね。
 そういえばさ、私、自分の車を新規登録した時、親に希望番号の事なんか、まったく訊かれなかったから、味もそっけもない番号に、なってたんですけどー!
 マジで芙美香ムカつくんだけど、なに柚月? そんなに、拘る番号でもあるのかって? いや、特にないけどさ、気分的にスッキリしないって言ってるのよ。

 よし、交付されたよ。ネジもついてるんだね。
 ナンバーのネジを取り付けたら、ボンネットを開けて待っているように……だって、もう分かったぞ、恐らく、ナンバーを取り付けた車と、車体番号の確認をするんだろうね。

 「それが終わってから、封緘《ふうかん》の取り付けをやるんだよ」

 なに優子、封緘って、後ろのナンバーのネジの左側に、ネジが外せないように銀色の蓋みたいなのがされてるだろうって、あぁ、私の車のもそうなってるね。
 これは封印とか、封緘とか言って、陸運局でしか取り付けてもらえないから、むやみやたらに外せないんだって? これを外したり、隠したりした状態で走ってると、警察に止められる事もあるんだって?
 
 じゃぁ、取り付けちゃおう……って、柚月、何やってるの?

 「ネジに、先もってサビ止め剤を塗っておくと~、サビ辛くなるよ~」

 そう言えば、ナンバーのネジがサビて、まっ茶色の車とかよくいるもんね。アレってみっともないからね。よし、塗っておこう。特に封印がかかるところなんて念入りにね。

 あ、おじさんが来た。
 ハイ、これです。車体番号はココです。
 封印つけてもらったよ。なんか、凄くあっさりつけてるね。
 最後に車検証をくれるんだけど、その前に訊かれちゃったよ。

 「学校の車の登録に、生徒さんが来るの? しかも、学校の車にしては随分変わってるね~」

 いやぁ、自動車部の部車なんですよ~……って言ったら

 「お嬢たち、自動車部なの? 凄いねぇ、高校生女子の自動車部なんだ」

 って、感心されちゃったよ。
 それにしても、遂に最大の難関だった、登録が終わって、部車シルビアの公道復帰ができたよ。
 ねぇ、学校戻る前にさ、このシルビアと、陸運局をバックに記念撮影しようよ! いいよね。

 
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