上 下
218 / 296
秋は変化……

菌と最終兵器

しおりを挟む
 サファリから降りると、土手を上がってGTEのドアを開けた。

 「どっちにも進まないよ~!」

 柚月が喚いていたので、私は柚月の頭を叩いた。
 柚月、あんたバカぁ? この状態で、いくらアクセル踏んだって進むわけないじゃん。

 「うぅ~……」

 だいたいさ、あれだけナビゲーター同乗って言ってるのに無視して、こんな事故起こしちゃったんだから、本来だったら切腹ものだよ。
 
 まぁ、とにかく、こんな奴でも救援しない事には、次に進めないから、ちゃっちゃとやっちゃおう。

 「なんだよ~、こんな奴って~」

 こんな奴は、こんな奴だろうが。
 大体、柚月ごときのせいで、この後に控えてる燈梨とななみんの練習走行枠がパーになっちゃったんだぞ。

 「まだ、できるだろ~」

 なにを戯けたたわけたことを言ってるんだ?
 柚月、もとい柚菌が、コースをメチャクチャにしたお陰で、グラウンド整備の時間が余計にかかっちゃうだろーが。

 「ユズキンって、言うなよ~」

 うるさい、柚菌! 
 こんなくだらない呼び名に拘ってるところが、そもそも反省してない証拠じゃないか!

 あ、燈梨、ななみん。
 今日、今からコイツの事は柚菌って呼んでね。
 こんな反省の無い奴は柚菌で充分だ。柚子をダメにする菌で柚菌。

 さて、どうやって救援しようかな。
 幸い、コースを仕切ってる土手は、かなり低くて、サファリだったら余裕で乗り越えられちゃうくらいの高さだから、車を引っ張ってもいけそうだけど、問題は、引っ張った後、道幅が狭いから、GTEが、勢い余って今度は向こう側の土手にぶつかっちゃうかもしれないよね。

 よし、サファリの荷室を見てみよう。
 それにしても、スペアタイヤが、バックドアについてるよ。まるでリュック背負ってるみたいだね。

 ガチャッと、バックドアを開ける……って、このドアって、普通のドアと同じように開くんだね。てっきりハッチドアかと思っちゃったよ。
 でも、3分の1しか開かないのか。スペアタイヤの面積のことがあってだろうけど、ちょっと狭くね?

 「いや、これをハッチにすると、手が届かなくて閉められないよ。それに残りも開くよ」

 なるほどね、燈梨の言う通り、この背の高さだと、手が届かないか……。
 あれ? 燈梨、ドアを開けた脇についてるレバーを引いてどうするの? ……って、サファリのバックドアって、観音開きなの?

 荷室には、ロープとスコップが2本あるね。
 取り敢えず、スコップで周りを掘って崩していきながら、ロープで引っ張り出すかな……。
 バックドアの下には『いかにも』って感じのゴツいフックもあるし、これで引っ張り上げられそうだね。

 よし、サファリをR32の前に持ってきて……と、まずはロープでフック同士を結び付けて……と、OKだね。
 周りを掘ろうと思うんだけど、結構この土手って、土が硬くて、難儀しそうだよ。

 よし、まずは、柚菌をGTEの運転席に乗せて、ハンドル操作をやらせないと、無人の車を引っ張ったら、曲がらなくて止まらないから、大惨事だよね。
 燈梨がサファリに乗って、いざ出発……って、サファリがロープが張る前に止まっちゃったぞ。

 「この先、左カーブになってるから、これ以上前に出られないよ」

 え!? あ、ホントだ。
 とは言え、これ以上ロープを短くすると、脱出した後にGTEが止まる余裕なくて、サファリに突っ込んじゃうよ。

 「恐らく、ぶつかってもサファリは平気だけど、スカイラインがメチャクチャになると思う……」

 そうなの燈梨? え? サファリとハリアーがぶつかっても、サファリはランプにヒビが入っただけなのに対して、ハリアーはサスペンションが曲がって走れなくなってたって?
 ええっ!? ハリアーって、SUVの結構大きいやつだよね。それが、そんなにぐちゃぐちゃになっちゃうの? へぇー、この車って、そんなに頑丈なんだ。

 でも燈梨はなんでそんなこと知ってるの? サファリとハリアーがぶつかったのを見た事あるの? もしかして燈梨がぶつけたの?

 「見た事はあるけど、ぶつけたのは私じゃないからー!」

 ふーん、きっと、コンさんなのかな?
 まぁ、その追及は、終わった後にして、とにかくハリアーがその状態だと、このGTEも再起不能になっちゃうな。

 やい、柚菌! お前のせいだぞ。どうしてくれるんだ! ななみん達の貴重な走行時間を奪っただけじゃなく、部車までこんなにしてさ。
 このままだと、このGTEをここにオブジェとして置いておくか、無理矢理引っ張り出して、サファリのお尻にめり込ませるかの2択しかないんだぞ。

 「ホントにゴメンなさい~!」

 ゴメンで済むなら警察はいらないんだよ。
 大体さ、柚月はこの間、結衣の車の入れ替えの時に、警察署に引き渡して来いって言ったのに、なんで戻ってきたんだよ。

 「ううう~~!!」

 さて、こんなのは放っておいて、こうなったら、やっぱり地道に掘っていくしかないか、じゃぁ、ななみん、悪いけど掘って貰える? 
 やい、柚菌! そんな所で泣いてる暇があったら、とっとと掘れ!!

 さて、2人が掘る前に、念のため、後ろから押してみよう……やっぱり、ビクともしないか。

 「マイ先輩、私も押しますよ」

 おおっ、ななみん、さっすが気が利くね。どこかの菌とは大違いだ。

 「私もやるもん~!」

 今更遅い。やらなくていいやい、部車に菌がつくだろ!

 さて、3人がかりで押して、少しだけど前に動く手応えがあったね。
 でもね、床が、土にめり込んじゃってるんだよ。だから、人力では、ちょっと無理があるか。
 それに掘るって言っても、床下は掘ると危ないし、どうしたもんかなぁ……水野は電話終わってなさそうだし……。

 「教頭からだったら、たっぷり1時間はかかるっスよ」

 そうなの? ななみん。
 え? 去年の冬、職員室で、水野が教頭から延々3時間説教されてた?

 「道場の鍵を借りに行って、部活終わって返しに行く時も怒られてたっス」

 なるほどね、水野にも苦手なものは存在したのか。それは大きな前進だな。

 それにしても、これじゃぁ、万事休すだね。
 え? シルビアのノンターボの上級グレードの事かって? ななみん、それはQ'sキューズだよ、あはははは。

 あ、燈梨ぃ、ちょっと押しても無理だったよ。
 やっぱり、しばらくここにこの菌と一緒に置いておくしかないね。
 
 「これ、使ってみようよ」

 ナニコレ燈梨? え? ウインチだって? これで引っ張ってみようって?

 「でも~、ウ〇チなんか、集めてきても何の役にも立たないじゃん~」

 この野郎、柚月、役立たずはお前だ! 
 誰がそんな話してるんだよ、ウインチだよ、ウインチ!
 この緊急時に、立場もわきまえずに、くだらない事、言いやがってぇ!
 お前は1人で、今日これから、明日の部活が始まるまで、寝ずにこの辺のウ〇チでも拾い集めてろ! このっ! このっ! このっ! こうしてやるっ!

 「ゴメンなさい~!」

 それで、燈梨、ウインチなんて、荷室に入ってたの?
 え、違うって? 前のバンパーについてるって?
 あぁ、だから、ナンバーがズレてついてるんだね、この車。

 でも、これで引っ張れるの?
 一応、この車自体を引っ張れるくらいの能力はあるんだって? 脱出不能になった自車を、木とかにワイヤーで繋いで、ウインチの能力で引っ張り上げることも出来るんだって?

 なるほどね、よし、じゃぁ、やってみようよ。
 まずは、ロープを外して、サファリを転回してきて……と、GTEと少し離れて対面させたよ。

 まずは、ワイヤーを伸ばして、GTEの前のフックに繋ぐ。
 燈梨、繋いだよ。
 燈梨が、一番右にあるレバーを動かすと、エンジンの回転が少し上がって、巻取り機が動き始めた。
 なるほど、シフトレバーの右脇のレバーは、ウインチのレバーだったんだね。

 よし、ななみん、一緒に後ろから押すよ!
 ズズ……ズズ……と、少しずつだけど、着実に動いてるね。
 いくよ! せーの、よいしょ!

 恐らく、後ろのタイヤが、土手の上に乗っかっちゃえば、一気にいけると思うんだよ。

 せーの!
 おおっ! やったぞタイヤが乗っかった、オイ、柚菌! 地面に降りたらすぐにブレーキ踏むんだよ!
 燈梨ぃ、オッケーだよ! これでストップして大丈夫だよぉ!

 ようやく、GTEはコースに復帰した。

しおりを挟む

処理中です...