白百合のカーラは死にたくない 〜正義感だけは英雄並みの転生令嬢は守護勇者に頼った生存戦略から脱却する〜

楠嶺れい

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第03話 お慕いしておりませんわ。王子!

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 昔からよく貧血のような症状が出て、立ち眩みすることは多かった。でも声が聞こえたのは初めて。すこし不安になる。

 何かの変化の前触れのようで、心がざわついてしょうがない。
 それなのに、キノ・ナスキアは晴天だ。

 私の住むキノ・ナスキア連合王国は北部5王国の避難民により建国した若い国で、国政は安定しているとはいえず民族紛争が後を絶たない。

 避難民といっても実際は魔王侵攻の生き残りが興した国で、34年前に故国は海に沈んでいる。

 この高台に追いやられたのも水位の上昇があったからだ。


 幸いなことに魔王を異界に押し返すことができたものの、その代償に国と土地を失ったのである。

 南部諸国や東部はさらに悲惨な状況で、生存者のいない魔素溢れる不毛の荒野になっていた。
 この地は戦場にならなかったため、美しい景観が残っているのだ。

 私の家は元弱小王国エレーンプロックスで、魔王侵攻がなければ私は王女としてチヤホヤされていた筈なのだが、落ちぶれた今では実感などまるでない。

 没落の理由は言及しないけれど父が列強3王国に頭が上がらず、公爵でなく侯爵になったのは自然な流れなのかもしれない。

 まあ、今の私にはいっさい関係ないことである。

「そういえば、熊伯って魔王の右腕を切り落としたのよね。魔王軍が撤退する原因になったはず」

 思わず独り言を言ってしまった。
 でも大丈夫、私のことなど誰も気にしていないから。
 とはいえ、熊伯という名は間抜けっぽいけれど、オスカー君の父上は偉大な人物なのだ。
 きっと、毛深いのかもしれない。

 だって熊だもの!

 英雄伝の野獣のような挿絵が脳裏に浮かんだ。
 思い出し笑いしていると後ろからいきなり腕をつかまれる。

 壁から引きずられて見晴らし台のような場所に連れ出された。

「探すの苦労したんだぞ! この疫病神」
「殿下、いったい何の御用でしょうか。少し痛いです」
「うるさい! 黙ってろ。地味なのにしゃべらせると煩くてしょうがない」
「いたい……」

 私の婚約者のリチャード第三王子だ。
 婚約者らしいことは何もしてもらったことはないし、形式上の婚約者で愛情などこれっぽっちもない。
 この男、がさつで短慮ときたものだから大嫌いなのよね。

 婚約解消してくれないかしら。
 そんなことを思ったからか、願望が思わず口からこぼれ出てしまう。

「殿下、そんなにお嫌なら婚約解消いたしましょう。適当な冤罪でっち上げてくださいませ」
「えっ……いいのか?」
「いいも悪いもないですわ。政略的に決まったとはいえ殿下が無理されることはございません」
「俺様のこと好きではなかったのか!?」
「政略にございます。愛だの恋だの好意とかは、一切ございませんので心置きなく」
「ぐぬぬ……話が違うぞ!!! おい、メアリー。どうなってる?」

 伯爵令嬢のメアリー様が殿下の背後からひょっこり顔を出す。
 守護霊か何かなのかしら。ぴったりくっついてるし、中身のない見目だけの人。

「あらあら、メアリー様じゃございませんこと」

 挨拶もどきで先制したものの先が思いやられる。

 しかしまた、厄介なのが現れたよ。
 殿下にしては強硬な対応と驚いたけど、お粗末な話の流れから想像するに、この女の筋書きなのね。

「カーラ様、そんなにみっともなく泣き叫ばなくてもよろしくてよ!」
「どう見たら泣いて見えるの? 節穴なの。ああ、おつむと視力が弱そうですね。そうですよね?」
「まあ、なんて往生際が悪いこと。カーラ様、諦めて殿下を解放してくださいませ」
「うんうん。受け賜わるわ。と言いたいけど、殿下から切り出してもらわないと無理よ?」
「まあ、みっともない恥を知りなさい!!」
「???」

 この女、話が通じないから嫌なのよ。会話がかみ合わないというか、会話さえ成り立ってない。

 決めた! メアリーは無視よ。

「不思議ちゃんは放置で、殿下! お二人の事情は承知していますから、婚約の解消お願いします!」
「いいのか、えっと……俺たちの……真実の愛のため婚約を解消してくれ」
「承知いたしました。後で陛下に経緯を説明していただき、正式文書を我が家までお言付ことづけください」
「ふむ、物分かりがよすぎる……俺の覚悟は無駄だったのか。まあいい、あとでお前の家に届ける!」

 なぜかメアリーが顔を真っ赤にして震えている。嫌な予感がする。
 頭に藁か火薬でも詰まってるのかしら?

「ちょっと! シナリオに沿って動いてくれないと困るのよ!!」
「へっ!?」

 いきなりメアリーが私の髪につかみかかり、獣のような下品なしぐさで飛びかかってきた。

「あっ!!!」

 すごい勢いで花壇のレンガが迫ってくる。
 避けることはできない。

 火花が散って、激痛とともに意識が飛んだ。

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