白百合のカーラは死にたくない 〜正義感だけは英雄並みの転生令嬢は守護勇者に頼った生存戦略から脱却する〜

楠嶺れい

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第38話 久遠の滝

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 早朝、従者と合流して朝食は軽食で済ませた。聖域の入口まで牛荷車で昼頃までかかるらしい。道中は特に何も起こらず、婆やから周辺の噂話を聞いた。

 思い起こせば、婆やは昔からゴシップ好きだったわ。
 トリステと被るのよね。


 昔のことを思いだしながら、思い出し笑いしていると昼になっていた。時間もそうだが聖域入り口近くに来たので、昼食を早めに済ますことにした。久しぶりに婆やの手料理を食べることになる。

 何か忘れているような。
 まあいいか。


 そして、出てきた料理を見て私は絶句した。
 虫や小魚を褐色になるほど煮込んであり、野菜の細切れも入っている。日本料理の甘露煮に近い。
 パンにはさむと美味しいと勧められた。

 私が魚と野菜ばかりを選別してフォークで食べていると虫が平皿に加えられた。
 婆やの仕業だ。

「カーラ様、昔から言って聞かせていたのに、大きくなっても変わってませんね。罰です」
「叱るときだけシャキシャキ喋るのよしてよ!」
「聞く耳持ちません。追加です」

 虫のほうが多くなった。
 昔からゲテモノ好きだったわね。なんで忘れてたのよ。

 横目でほかの連中を見ると普通に食べている。
 偏食なの私が? おかしいでしょ。



 食事という拷問を終えて聖域に突入することにした。婆やは心配性で必要ないものまでアレコレ私に持たせ、甘露煮モドキもあったので隠れて虫は捨てる。まあ、私のことを思って準備したことは理解していて、心配させないようにこっそり廃棄するけど。

 入り口まで見送るときかないので、婆やも一緒に移動している。

 あと少しで入り口というところでフラフラする人影が見えてきた。もしかしてアンデッドと警戒していたが、けが人のようで慌てて助けに行く。

「あなた大丈夫なの?」
「教会にこれを……」
「ちょっと!」

 男は倒れてしまう。ビエレッテが男の怪我を確認して、オスカー君は治療用具を取り出している。

「けがは重傷だけど命に別状はない。ただ、応急処置はしておくべきだ」
「僕がやるよ。誰か気付け薬もってない?」
「オスカーこれ使え」

 怪我の処置が終わり、男が目覚めるのを待っていた。服装からして冒険家業の装備、少し堅苦しいチュニックを着ていることから聖女ハリエットの護衛を思い出した。

「目覚めたようだね。何があったか聞かせてくれないかい。私は領主の長女カーラ様の従者だ」
「侯爵家の、怪我の治療まで、有難うございます」
「礼よりも何があったか先に説明してくれないかい?」
「失礼した。我が主、聖女アリシア様が魔人に襲われて戦闘中です。私は教会に報告のため離脱しました」
「聖女の命令か。とりあえず命に別状はない。ただ、その傷では馬には乗れぬな?」
「はい」

 結局、婆やが馬の後ろに乗せて町まで運ぶことになる。この時初めて馬に乗れることを知った私は、婆やが怪我人とともに急ぎ街に向かうのを見送った。そういえば、聖女アリシアって西辺境伯にいた人だよね。違ったかな?

「聖女アリシアは聖女ハリエットと行動を共にしていて西辺境伯領で行動してた人だよ」
「あ、あやふやなのがばれた」
「カーラ様はわかりやすい」

 ビエレッテに見透かされた私は、恥ずかしくなったので誤魔化すことにした。

「場所がはっきりしないから間に合うか不明だけど全速で進むわよ」
「はいっ!」

 しばらく行くと徒歩でしか進めなくなった。牛荷車を止めて歩いて森に入っていく。
 ここは既に聖域にである。

 森は苔で覆われ植物の緑は濃くて所々から零れ日が射す。魔素が溢れる実りの大地。
 虫や小動物は人を恐れず、まるで楽園の再現のようである。
 イメージはまさに神聖な森そのもの。

『久遠の滝で待つ。我は昇華の精霊レメディア・シメナ』

 あ、場所が指定された。
 でも、聖女が先よ。

「エリシャ! なにか、聖女の気配とか感じない?」
「動物が多いから見つからない」
「そう」

 こればかりはしかたない。

 しばらく歩んでいるとエリシャが振り向きながら報告する。

「姫様、足跡を見つけたよ。人間の足跡。数人があっちに向かってる」

 右手側をエリシャは指さしている。

「よくやったわ! エリシャ」

 エリシャは褒められて嬉しそうに駆けだした。私たちも追従よ。
 しばらくすると川のせせらぎが聞こえてくる。

 木を掻き分けて早足で追跡を開始する。
 森は開けて滝が見えだす。

 風が強い。

 先にあるのは滝つぼから流れ出る激流。さらに先には巨石が威容を誇っていた。
 水を察知したソフィーは私の服をつかんで興奮して騒ぐ。
 水龍は器用にも私のネックレスになっている。

「姫様、血の臭いがします。あの石の上から」
「みんな、あの巨石まで全速で向かいます!」

 無我夢中で走った。
 巨石へは造られたような石段が続いている。私たちをそれを駆け上がる。

 到達した場所は広々としていた。
 神により上半分を切り払われたような巨岩が、平らな面をさらしていたのだ。
 まるで信託の広間か闘技場のよう。

 私たちが到着した先には人の気配。


 血の匂いに私はむせながらも歩を早める。
 戦闘で焼けた跡には白い聖獣の死体が至るところに転がり、苔の生えた大きなゴーレムが半壊していた。

 その先には少女が血を流して倒れ、七輪の赤い花が天に昇っていく。

「遅かった……」


 手前に跪く青年が振り返り、血の気の引いた顔で私に語りかける。

「僕は奴らに打倒された聖女アリシアの剣であり、異世界からの召喚者アルター・プラネ。自らの世界に帰還する前に、僕は君に加勢を要請する」

 私は静かにうなずく。
 彼の目線の先には黒い大きな影が二つ。

 私は影を看過する。

 乱れ揺らめく黒い霧の先には醜い魔物と人の融合体。敵対者は自身のことを魔人と呼ぶが、ここに居るものはそれより高位の存在、敵対者でも上位に位置する魔人に違いない。

 彼らの足元には惨殺された死体が転がり、散々もてあそんだ痕跡が残っている。

「ひどい!」

 魔人は理性を失っておらずニタニタと笑っている。
 手には聖女アリシアの従者の亡骸。


 私はこういった弱者をもてあそび、
 戯れに尊厳さえも汚す行為が大嫌い!
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