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第2話 後輩相手は面倒くさい

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 王国防衛省と魔導省の合同省舎は王宮内にある砦のような建物で、古く伝統ある旧カリブレ宮殿を改築して、現代の魔道具や魔導建材で再構築した経緯がある。

 建築様式はひとことで言い表せず、レトロとモダンが融合した不思議な空間である。そのまま回廊という名の迷路を歩いていくと、やがて魔導省の敷地に入った。

 そこは実験場と事務棟が隣接した場所で、私の職場は事務棟の最奥に位置する。


 すれ違う人に軽く会釈して廊下を歩き、魔導術室と標識にある部屋に到着した。ドアのセキュリティはマナ波長認証で扉に手をかざして解錠する。非常に便利である。

 私が室内に入ると主任と同僚二人が在室しているようで、他の面々は実験場か任務で外勤しているのか室内にはいない。室長に簡単に業務完了を伝えて、自席に座った私は連絡事項を確認する。

 書類を捲っていると後輩が話しかけてくる。いつもの愚痴だろう。

「ねえ、先輩。聞いてくださいよ。ひどいんですよ」
「もしかしなくても、また愚痴?」
「またって言わないで下さい、正当な感想をちょっと吐露するだけですよ」
「はいはい、それで、なんの話なの?」

 後輩は小動物のように落ち着きがなく、大きな目をキラキラと輝かせている。
 悩みとは無縁そうで、とても元気に喋りだす。

「えっと、総務課に呼ばれてですね。宰相の置き忘れた書類探しですよ。あの爺さん最近物忘れがひどくて、今月に入って書類探しは、もう5回目ですよ!」
「まあ、70歳近いから仕方ないと思うけど」
「それだけなら許せるのですが、エロの記憶が大半で秘書や侍女の胸やお尻ばかりイメージとして湧いてくる。もう見たくないと思っていたら、私の胸と太腿をガン見してるんです!」

 最悪なのは認めるし、言いたいことは理解できるけど、意識のフィルターが甘いだけで熟練術者になると避けられる些事なのだ。室長が何か言いたそうにしているから様子見を決め込んでいると、先輩職員が口をはさんでくる。

「見てもらえるだけまし。私があの爺さんを担当するときはよそ見ばかり、若い子ばかり見ているのよ。女として見られるってことが羨ましい!」
「先輩、次から変わってください」
「だって指名だし、貴方お気に入りみたいだから無理!」

 口煩い後輩の愚痴はまだ続くけど、二人にかかわらないように仕事を始める。見当たらなくなった書類の捜索、魔導探査班が意識に潜って記憶をかき集め、夢現術師が記憶を精査して対象物を探すのが作業概要で、完全な分担作業である。

 その後も、ずっと愚痴を言っては嘆き、それでも飽き足らず文句を言う。
 呆れながらも先輩がなだめている。

「昔、好色な爺さんに気に入られたくて努力したんだから! 胸元強調したり、太腿ちらつかせたり。微エロを見せなければならなかったのよ!」
と爆弾発言をして塞ぎこむ。

「先輩が誘導したんですね。もう、最低です」
「女の武器は有効に使うもの。若ければだけど!」

 皆が作業をやめて凍りつく。先輩は気まずいのか仕事のふりを始めたようだ。私もそれにならって仕事を着手しはじめた。

 空気を読まない後輩が思い出したかのように突然手をパチンと叩く。

「最近のことですけど、机の上が荒らされないですか?」


 誰も答えないので私が会話することにした。

「荒らされるって?」
「私、こう見えても几帳面なんですけど! 書類の位置がずれてたり、触ったあとがあったりで気持ち悪くて居眠りできません」
「居眠りは聞かなかったことにするけど、気のせいではないのね」
「間違いないです。重ねた書類に線を書き入れてズレ確認したり、髪の毛をはさんだりしたのですが、線がズレたり毛髪が無くなってました。犯罪に違いありません」
「三流推理小説を読み過ぎよ。でもここ、部外者は普通に入れないけど?」
「そうですよね。ん、まてよ。そうだ密室犯罪! 内部犯とかかな……何が目的だろう」
 と後輩は可愛らしく首を傾げる。私は肩をすくめ、会話が終わったと判断した。

 ゴシップやミステリー好きの先輩がなぜか会話に加わらず離れていく。


 室長が先輩を目で追ったことに違和感を覚える。
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