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第9話 退化したもの
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下層に落ちてしまった私は食事の持ち合わせもなく、肝心の水さえも持っていない。水は魔法で当面はどうにかなるけど不安は尽きない。外敵の警戒もしないといけないとなると勇気がどんどんと蒸発していく。
「やばいよ。やばい」
昔読んだ迷宮の本ではこういう時に何をしてたかしら。あ、無暗に動かないって書いてた。
「どうしよ。動いちゃったよ。何で考え無しなんだろう。行き当たりばったりの人生に相応しい、救いのない終わり方」
「ああ、悪いほうに気持ちが流れてる。沸き上がってきて! 私の勇気!!」
叫んでも勇気は出ないものね……。
しばらく呆然としていると何やら引きずるような音がする。徐々にこちらに向かって来る。背筋に悪寒が走る。魔獣か魔物。私の思考は停止した。
パニック症状である。
息を殺していると照明の範囲にネズミを細長くして巨大化させた魔物が照らしだされた。口からよだれを垂らして眩しそうにこちらを見ている。
背中には枯れ木が二本羽根のように生え、口には木製のスタッフが刺さり、前足には人間の頭蓋骨がくっ付いている。極限状態でなく平時であれば絶叫していたに違いない。
だが、悲しいことに私は恐怖のあまり震えながら失禁して、口を開けたまま硬直した。
死んだ。
恥よりも先に死を意識してしまった。魔物は私の身長よりも5倍ほどの図体で、凶悪な前足は鋭利な刃物のよう。私の首など簡単に分断できるだろう。私は目を瞑って最後の時よ安らかなれ、と神に祈ることしかできなかった。
しばらく時が流れた。恐々と目を開けると魔物は消失していた。夢だったのだろうか? なにもわからない。
膝が震えて体重を支えられなくなる。
私はへたり込んで自分で作った汚物の上に鎮座する石碑になった。助かったのだろうか。また来るのだろうか。もしかして、幻影だったの。いつもなら独り言を言うのに心で呟いている。あぁ、末期だ。
狂う一歩手前に違いない。私はおかしくないのに笑っていた。
視線を感じて笑いながら振り向くと蝙蝠の羽根を生やした規格外の大蛇が私を見つめている。私は笑うのをやめて蛇をジッと見つめる。わかる筈ないのに蛇の瞳や纏う雰囲気から死相を感じとった。
あなた、もう長くないのね。
何故か死の淵を彷徨う者は、吸い寄せられるように私に辿り着く。
昔からそうだった。私はなんとなく理解した。
私は蛇に近寄り頭に手をかざす。
蛇は逃げる動作も攻撃姿勢を取らず、私を見つめたまま動かない。
私を受け入れてくれたのだ。
私の恐怖は反転して、心に幸福感が満たされる。
なりふり構わず全身で蛇に抱き着いた。顔が怖くても、腕が醜悪でも、爪の切れ味がよかろうが関係ない。鱗が痛くても気にしない。私は蛇にすべてを捧げた。死ぬなら楽にあの世に行きたいから。
いつのまにか魔法をかけられたようだ。それは蛇の唱えた高位魔法。
緩やかに眠りにつく。
私の前には青い球。ブルースフィアが浮かび上がる。
スフィアから涙が流れている。とてもきれいな涙。美しい宝石のように煌めきながら不自然なほどゆっくり落ちていく。涙は地面に落下すると飴細工のように四方八方に蕾を伸ばす。
蕾はどこからともなく点火され、青い高温の焔が私を飲み込む。
何かの記憶が流れ込む。これは蛇、いや竜の記憶だ。
私は夜空に浮かぶ星屑ほど多くの記憶を眺め続ける。幼い竜が王となり番を探して子を成す一生が浮かび上がる。そして、竜が死を迎える、その一瞬に私が立ち会っているのを理解してしまう。
竜は渇望していた。魔導革命前の濃厚なマナの世界を我が物顔で飛びたいと。
竜に比べると足りない頭で最善を考える。私だって大空を飛びたい。
私は竜の体をとり翼を広げ、体をくねらせると青い鱗が太陽光を反射する。翼は魔力がみなぎりマナを高効率で循環しはじめた。
それは飛翔の前触れ。
古代魔法を念じると体は羽根のように浮き上がり、風の抵抗など関係なく空に舞い上がる。羽ばたくのは本能からで、魔力で飛ぶので見せかけにすぎない。
私の周りには竜と共に番や子供たちが寄ってきて複雑な軌道で竜の舞踏を開始する。我々はマナの濃い青空を飛び、太陽に向かって飛翔する。
拡張した意識と魔力で増幅された眺望、身体は炎を纏い燃えあがる。その姿は太古の竜。食物連鎖のトップたる古龍となる。
太古の空は碧く高い。自分たちこそが、この世界の中心であった。
全てを統べる、万物の頂点に立つ竜種なのだから。
我々は青い太陽の一部となり、あらゆるものを飲み込んでいく。
幸福と全能感が世界を覆う。
私の意識はそこで飛んで。
弾けて消えた。
私は理解する。
古龍から加護をもらったのだと。
「やばいよ。やばい」
昔読んだ迷宮の本ではこういう時に何をしてたかしら。あ、無暗に動かないって書いてた。
「どうしよ。動いちゃったよ。何で考え無しなんだろう。行き当たりばったりの人生に相応しい、救いのない終わり方」
「ああ、悪いほうに気持ちが流れてる。沸き上がってきて! 私の勇気!!」
叫んでも勇気は出ないものね……。
しばらく呆然としていると何やら引きずるような音がする。徐々にこちらに向かって来る。背筋に悪寒が走る。魔獣か魔物。私の思考は停止した。
パニック症状である。
息を殺していると照明の範囲にネズミを細長くして巨大化させた魔物が照らしだされた。口からよだれを垂らして眩しそうにこちらを見ている。
背中には枯れ木が二本羽根のように生え、口には木製のスタッフが刺さり、前足には人間の頭蓋骨がくっ付いている。極限状態でなく平時であれば絶叫していたに違いない。
だが、悲しいことに私は恐怖のあまり震えながら失禁して、口を開けたまま硬直した。
死んだ。
恥よりも先に死を意識してしまった。魔物は私の身長よりも5倍ほどの図体で、凶悪な前足は鋭利な刃物のよう。私の首など簡単に分断できるだろう。私は目を瞑って最後の時よ安らかなれ、と神に祈ることしかできなかった。
しばらく時が流れた。恐々と目を開けると魔物は消失していた。夢だったのだろうか? なにもわからない。
膝が震えて体重を支えられなくなる。
私はへたり込んで自分で作った汚物の上に鎮座する石碑になった。助かったのだろうか。また来るのだろうか。もしかして、幻影だったの。いつもなら独り言を言うのに心で呟いている。あぁ、末期だ。
狂う一歩手前に違いない。私はおかしくないのに笑っていた。
視線を感じて笑いながら振り向くと蝙蝠の羽根を生やした規格外の大蛇が私を見つめている。私は笑うのをやめて蛇をジッと見つめる。わかる筈ないのに蛇の瞳や纏う雰囲気から死相を感じとった。
あなた、もう長くないのね。
何故か死の淵を彷徨う者は、吸い寄せられるように私に辿り着く。
昔からそうだった。私はなんとなく理解した。
私は蛇に近寄り頭に手をかざす。
蛇は逃げる動作も攻撃姿勢を取らず、私を見つめたまま動かない。
私を受け入れてくれたのだ。
私の恐怖は反転して、心に幸福感が満たされる。
なりふり構わず全身で蛇に抱き着いた。顔が怖くても、腕が醜悪でも、爪の切れ味がよかろうが関係ない。鱗が痛くても気にしない。私は蛇にすべてを捧げた。死ぬなら楽にあの世に行きたいから。
いつのまにか魔法をかけられたようだ。それは蛇の唱えた高位魔法。
緩やかに眠りにつく。
私の前には青い球。ブルースフィアが浮かび上がる。
スフィアから涙が流れている。とてもきれいな涙。美しい宝石のように煌めきながら不自然なほどゆっくり落ちていく。涙は地面に落下すると飴細工のように四方八方に蕾を伸ばす。
蕾はどこからともなく点火され、青い高温の焔が私を飲み込む。
何かの記憶が流れ込む。これは蛇、いや竜の記憶だ。
私は夜空に浮かぶ星屑ほど多くの記憶を眺め続ける。幼い竜が王となり番を探して子を成す一生が浮かび上がる。そして、竜が死を迎える、その一瞬に私が立ち会っているのを理解してしまう。
竜は渇望していた。魔導革命前の濃厚なマナの世界を我が物顔で飛びたいと。
竜に比べると足りない頭で最善を考える。私だって大空を飛びたい。
私は竜の体をとり翼を広げ、体をくねらせると青い鱗が太陽光を反射する。翼は魔力がみなぎりマナを高効率で循環しはじめた。
それは飛翔の前触れ。
古代魔法を念じると体は羽根のように浮き上がり、風の抵抗など関係なく空に舞い上がる。羽ばたくのは本能からで、魔力で飛ぶので見せかけにすぎない。
私の周りには竜と共に番や子供たちが寄ってきて複雑な軌道で竜の舞踏を開始する。我々はマナの濃い青空を飛び、太陽に向かって飛翔する。
拡張した意識と魔力で増幅された眺望、身体は炎を纏い燃えあがる。その姿は太古の竜。食物連鎖のトップたる古龍となる。
太古の空は碧く高い。自分たちこそが、この世界の中心であった。
全てを統べる、万物の頂点に立つ竜種なのだから。
我々は青い太陽の一部となり、あらゆるものを飲み込んでいく。
幸福と全能感が世界を覆う。
私の意識はそこで飛んで。
弾けて消えた。
私は理解する。
古龍から加護をもらったのだと。
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