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第8話 迷宮ファーム

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 私は王立魔導カレッジを卒業して王宮魔導士として魔導省に採用された。魔導カレッジのマスタークラスに進むことも考えたけれど、貴族の次女である私は早めに手に職をつけることを選んだ。

 配属先はまだ決まっておらず内勤になる可能性が高かった。

 魔導省に入ってすぐに歓迎レセプションが開かれた。新入魔導省員に向けて国王陛下の訓示や教官たちが何か説明していたが、私は暑苦しい話を適当に聞き流していた。仕事自体に興味がなく惰性で就職したようなものだ。当然やる気などない。

 一月ほど集団教育を受けた後で、実地訓練に切り替わることになる。教育係は各公爵家の持ち回りで、公爵家ごとに掌握する産業領域が異なっているようだ。

 新入魔導省員は合計9名で、仮配属として公爵領の魔導産業を体験することになった。とりあえず、我々は3人ずつのグループに分けられ、私は彼ともう一人の女性でグループを組むことになる。

 私はこの時初めて彼と顔合わせしたのだが、一目惚れどころか、冴えない印象の男くらいにしか思っていなかった。私たちは筆頭公爵家の領地で魔導農場、別名のほうが有名な迷宮ファームに送られることになる。

 公爵領に移動する前に私のグループの女性が前触れもなく退団してしまう。仲良くしてなかったので事情は分からない。突然我々のグループは二名になり補充などなかった。

 実質のペアである。

 迷宮ファームで訓練することになってすぐ人数が減ったため、限定的な役割しか対応できず、パトロールを任されることになる。最初から躓いた格好であるが、私は仕事が楽になり、安堵したことを口外できない。

 私の想像した迷宮は何世紀も前の古い情報のようで、現物を見て驚愕のあまり脱力したものだ。ファームという名前で考えたほうがショックは少なかったかもしれない。

 その迷宮という場所は風化が進む寂れた地下壕、迷宮コアの力を弱めたために起きる地上からの漏水はいたるところからあり、人手の入った迷宮は緩やかに滅びゆく。コアが壊れると新たな迷宮コアを移植するらしい。

 神への冒涜ではないかと不安になるが現時点で祟りなどはない。

 迷宮ファーム、それは魔術・魔法の近代化、もはや生産工場である。
 迷宮のライフサイクルは狂たままである。

「ねえ、この迷宮ファームって何を養殖してるのかな?」
「聞いて無かったのか? 去勢魔獣とか無害化魔物を養殖して食肉加工してる」
「加工肉なのね。でも魔獣肉美味しくないわ。魔物は高級食材過ぎて食べたことないけど。寮食で出されるといいな」
「お前ずいぶんと呑気だな。魔物の肉などでないぞ」
「勝手に殺して食べたら?」
「やめとけ、碌なことにならない。お前が加工肉として誰かの食卓に上るぞ」
「まあ、怖いことっ!」
「怖がってないだろ、お前」

 私は笑って彼の先に出て、前もろくに見ず駆けていく。今にすれば愚かで向こう見ずな行動、それ以外の何物でもない。

 しかし、この事件が起きなかったなら、私たちの絆は深まらなかったはずだ。


 私は風化して地盤が緩んでいた側道を誤って踏み抜き、口を開けた奈落に向かって吸い込まれてしまう。一瞬の油断は迷宮探検では命とり。私の読んだ本に書いてあった。私はそんなことを考えながら闇を落ちていく。

 恐怖から落下中に気を失ったようだ。暗黒の中、慌てて五体の隅々を手で触って確認、怪我こそしていないが体中に打撲症状があり痛くてしかたない。私は恐怖感を振りはらうため魔法で照明をつける。

 眩しさに目がくらむ。失敗、焦って一度に明るくしすぎた。

 目が慣れると広い洞窟にいるようで私の魔法では壁が見えないほど広い場所だ。足元は何かの草を刈ったのだろう、山のように枯れ草が積んである。これがなければ死んでいたと思う。

 私は不快感の原因である服にまとわりついて離れない草切れを丁寧に払っていく。

 冷静さを取り戻した私は強運に感謝するよりも生き残ってしまったことに恐怖しはじめる。怯えていても良いことはない。行動して後悔なく死んだほうがいい。

 私は枯れ草の山を下りて硬い大地に降り立った。

 周りは何かの草が植えられている。適当に植わっているが少し人為的に感じていた。いささか危機感の足りない私でも草に直接触る勇気はなかった。毒や食人植物は人類にとって危険なのだから。



 私は用心しながら草には近づかないようにした。
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