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第7話 記憶の彼方
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やっと泣き止んだ私は簡単に化粧を直していると、背後から誰かの視線を感じる。看護師はこの時間に見回りはしない。辺りを見回しても人の姿はなかった。
それなのに、どこからともなく微かな甘い香りが漂ってきた。
どこかで嗅いだことがあるような。
でも、思い出せない。
冷静になると、先ほどまで派手に泣いていたので、人に見られていたなら恥ずかしいと思い、部屋の外を確認したが人影さえない。気のせいだと思い、身づくろいを再開することにした。
やっと落ち着いたので看護師たちの待機場所に顔を出して、お土産を手渡すことにした。
「いつもお世話になっております」
「今日はずいぶんとお早いですね」
「はい、ちょっと疲れたので今日は早めに帰ります」
土産を渡して帰ろうとしていると事務仕事をしている看護師の会話が聞こえてくる。私は気になってしまい話を立ち聞きしていた。どうやら不審者が病棟に立ち入っているらしい。先ほどのこともあり聞き入ってしまう。
「そういえば、幽霊を見たって話もあるのよ。ここだけの話だけど」
「不審者以外に幽霊まで? いくら何でも考え過ぎじゃない」
「幽霊どこで見たのよ」
「給湯室。魔導具がいっぱいあるとこ。あの先って昔は安置室だったから……出るのよ」
「もうやめてよ! 夜の当直の時にトイレ行けないじゃない」
「日中も見た子がいるらしいって。怖いよね」
「あなたまで、本当によしてよ!」
「ほんと怖がりなんだから」
彼女たちは笑っているが、私はそれどころではない。給湯室は彼の部屋に近いのだから。
「あ、思い出した。幽霊が出るときってね、むせ返るほど甘い香水が匂うんだって」
「きっと、ここで亡くなった女性の幽霊じゃないかしら」
「確かに鼻につくほど臭うときがあるわ。怖くなってきちゃった」
私はそれ以上聞くのを止めて帰宅することにした。幽霊は浄化や解呪が容易な現代では信じられいけれど気持ちのいい話ではない。
昔は確かにアンデッドと呼ばれる動く死体が発生することはあったけど、今では浄化の魔導具で清められるからマナ溜まりといわれるようなところ以外ではアンデッドは発生しない。すでに過去の話になっているのだ。
おそらく侵入者のほうが現実的であるが、病棟に忍び込む理由を思いつかない。
病院に怪談はつきものと思うしかなかった。
私は考え事をしながら寄り道もせず自宅に直行した。
帰宅した安心感から、いつの間にか熟睡していたようだ。今日は病院に行き再検査の話が出たので疲れたのかもしれない。昼寝することは事態が珍しいのだ。
一人暮らしで時間に縛られることはないけれど、お腹がすいたので夕食の準備を始めることにした。
手抜き料理を作って、魔導モニターに映る映像を眺めながら食事をしている。味など二の次で健康志向に走っていたが、精密検査を受けることになるくらいなら、美食に軌道修正しても良かったかもしれない。
私は根菜類にフォークを刺して睨みつける。
「君たち美味しくないよ」
無理やり口の中に放り込む。
魔導モニターにはコメディアンが芸を披露していたが、イライラしてきて苛立ちから映像を止めた。そういえば、彼は魔導モニターを見ない人だった。情報が偏ってると忌諱していたことを思い出す。
「あなたと話した日々は遠い昔のよう。出会って数年しか経ってないのにね」
忘れたくない思い出は遥か彼方に消えかけている。いや、かなり消えてしまっていた。記憶って曖昧だ。何故、深く眠っている記憶は鮮明なのだろう。全く別物と言っていい。私の記憶のかなたに消えてしまった、大切な彼の記憶をサルベージしたい。
記憶は残っている。錆びついて見えなくなっただけ、そう思いたい。
思っていたい。
私は目を瞑り彼と出会った頃を思い出す。
それなのに、どこからともなく微かな甘い香りが漂ってきた。
どこかで嗅いだことがあるような。
でも、思い出せない。
冷静になると、先ほどまで派手に泣いていたので、人に見られていたなら恥ずかしいと思い、部屋の外を確認したが人影さえない。気のせいだと思い、身づくろいを再開することにした。
やっと落ち着いたので看護師たちの待機場所に顔を出して、お土産を手渡すことにした。
「いつもお世話になっております」
「今日はずいぶんとお早いですね」
「はい、ちょっと疲れたので今日は早めに帰ります」
土産を渡して帰ろうとしていると事務仕事をしている看護師の会話が聞こえてくる。私は気になってしまい話を立ち聞きしていた。どうやら不審者が病棟に立ち入っているらしい。先ほどのこともあり聞き入ってしまう。
「そういえば、幽霊を見たって話もあるのよ。ここだけの話だけど」
「不審者以外に幽霊まで? いくら何でも考え過ぎじゃない」
「幽霊どこで見たのよ」
「給湯室。魔導具がいっぱいあるとこ。あの先って昔は安置室だったから……出るのよ」
「もうやめてよ! 夜の当直の時にトイレ行けないじゃない」
「日中も見た子がいるらしいって。怖いよね」
「あなたまで、本当によしてよ!」
「ほんと怖がりなんだから」
彼女たちは笑っているが、私はそれどころではない。給湯室は彼の部屋に近いのだから。
「あ、思い出した。幽霊が出るときってね、むせ返るほど甘い香水が匂うんだって」
「きっと、ここで亡くなった女性の幽霊じゃないかしら」
「確かに鼻につくほど臭うときがあるわ。怖くなってきちゃった」
私はそれ以上聞くのを止めて帰宅することにした。幽霊は浄化や解呪が容易な現代では信じられいけれど気持ちのいい話ではない。
昔は確かにアンデッドと呼ばれる動く死体が発生することはあったけど、今では浄化の魔導具で清められるからマナ溜まりといわれるようなところ以外ではアンデッドは発生しない。すでに過去の話になっているのだ。
おそらく侵入者のほうが現実的であるが、病棟に忍び込む理由を思いつかない。
病院に怪談はつきものと思うしかなかった。
私は考え事をしながら寄り道もせず自宅に直行した。
帰宅した安心感から、いつの間にか熟睡していたようだ。今日は病院に行き再検査の話が出たので疲れたのかもしれない。昼寝することは事態が珍しいのだ。
一人暮らしで時間に縛られることはないけれど、お腹がすいたので夕食の準備を始めることにした。
手抜き料理を作って、魔導モニターに映る映像を眺めながら食事をしている。味など二の次で健康志向に走っていたが、精密検査を受けることになるくらいなら、美食に軌道修正しても良かったかもしれない。
私は根菜類にフォークを刺して睨みつける。
「君たち美味しくないよ」
無理やり口の中に放り込む。
魔導モニターにはコメディアンが芸を披露していたが、イライラしてきて苛立ちから映像を止めた。そういえば、彼は魔導モニターを見ない人だった。情報が偏ってると忌諱していたことを思い出す。
「あなたと話した日々は遠い昔のよう。出会って数年しか経ってないのにね」
忘れたくない思い出は遥か彼方に消えかけている。いや、かなり消えてしまっていた。記憶って曖昧だ。何故、深く眠っている記憶は鮮明なのだろう。全く別物と言っていい。私の記憶のかなたに消えてしまった、大切な彼の記憶をサルベージしたい。
記憶は残っている。錆びついて見えなくなっただけ、そう思いたい。
思っていたい。
私は目を瞑り彼と出会った頃を思い出す。
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