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第14話 黒騎士と教会

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 憑依疑惑を意識から締め出して私はより近くなった鈴の音に注意を向ける。謎の存在は躊躇ためらいもなく私向かって一直線に近寄ってくる。こちらの気配は悪意に染まっていて相容れない存在である。

 待つこと数分だろうか、永遠に感じた接近はファーストコンタクトすることで結末を迎えた。

 私を見下ろすのはアンデッドの王、フードから三つ目が輝き、顔面からは肉片やら液体などが滴っている。木の細長い板と禍々しい鈴に彩られたセプターを持ち、王笏を大地に打ちつけては鈴を鳴らす。

 魔物は古代の司祭のようなチュニックにスカーフ、宝石のついた丈の短い貫頭衣を着ている。そして詠唱しながら魔方陣を描いていく。

 やばい、魔法タイプだ、言葉が理解できないから何をキャストしているか判断のしようがない。

「だ、誰か助けて!」

 無意識に叫びながら魔法防壁を構築していく。
 一応マナ循環の強化をしておこう。

 詠唱が長いから高次の範囲魔法か失われた致死魔法かもしれない。
 アンデッドの王は掌の先に黒い渦を生み出していく。
 それは失われた闇魔法。

 ついに、キャストした!


 逃げようにも足が動かない。

「あぁ、避けられない。緩和レジストとか出来そうにないし!」

 私の周りに闇が広がり沸騰するように泡が浮かび地面は渦状になっている。

 闇魔法に対処などできない。
 私は逆らうこともできず、錐もみするように渦に引き込まれた。

 黒い波が荒れ、待ち受けるのは醒めることのない悪夢。


 私は夢に囚われてしまった。



 場面が暗転して戦場の跡地に私は立っている。
 上空には黒い鳥が多数。夕焼け空に月が二つ浮かんでいる。太陽は地平線に消えそうで沈まない。

 私に体は透明で存在感がない。まるで霊体、零体離脱でもしたのだろうか。目の前には黒い騎士が魔剣を握って戦闘態勢をとっている。対して敵対する者は先ほどのアンデッドの王、リッチ・ロードかな。さっきよりも禍々しい姿にアップグレードしていた。

 黒騎士とリッチ・ロードは剣戟と魔法で接戦を演じていて、どちらも一歩も引かないようで、短期決着は難しそうだ。私はというと逃げたくても離れられない。

 だって、零体というより地縛霊だから。

 私は黒騎士様を応援することにした。黄色い声を上げて、はしたなく応援する。
 もう破れかぶれで気分のままに応援する。

 応援に合わせて角が凶悪な牡鹿の頭蓋骨ヘルムが天から降ってくる。ヘルメットを受け取ると黒騎士は頭に装備した。私の恐慌指数が跳ね上がる。

 怖いから応援する。

 また何か降ってくる。黒騎士は楯を背負い、真っ黒なハルバードを掴み取る。片手の剣をリッチに投擲してハルバードを構える。

 これで終わった。私は確信した。
 夢だからお手のものだ。


 辺りの温度が下がりブリザードが吹き荒れる。黒騎士の呼び出した凍結世界。

 黒騎士はハルバードに魔法を通して上空に飛ぶ、リッチは爆炎魔法で対抗する。黒騎士は魔法ごとリッチをハルバードで分断した。魂が燃え上がるように青い焔が沸き上がる。

 リッチは宝石だけ残し燃え尽きて、黒騎士は煌めく宝石を拾い上げ、何かを念じて私に投げてくる。
 私は恐々受け取った。


 少しずつ子供の姿が見えてくる。
 黒騎士は聖騎士の姿になり、子供がまとわりつく。

 場面は転じて牧草地にある教会が見えてくる。
 秋の夕日が美しく、雲は空高く流れゆく。まだ早い落ち葉が風に運ばれていた。
 子供たちの笑い声が聞こえ、夕食のスープの香りも漂ってくる。

 騎士は私に手を挙げて子供たちと一緒に教会に消えていく。

 世界は優しい緑色のフィルターがかかり、新緑の草原のように淡い緑色に染まっていった。
 それは幸せの予感。遥か昔の記憶。

 そのとき、一陣の風が吹き抜け、緑色の魂は一際輝いて静かに消え去った。

 そこから先はよく覚えていない。


 気がつくと野戦病院みたいなところに収容され治療を受けていた。
 三日ほど寝ていたようで、打撲と切り傷だけで怪我は思ったより軽症と説明を受ける。
 ただ、服が崩壊したので簡易胴着を着せられていて、汚れや煤は浄化して取り除いてあった。

 私は上半身を起こして室内を確認する。

 窓ガラスに映ったわが姿を見てため息がこぼれた。私の長かった髪は先端が焼けて肩までに切り詰めないといけない。しかし、どうやってここまで来たのか、誰かが助けてくれたかも不明である。真実はどうあれ地上に戻れたことに感謝した。

 とりあえず、王宮に向かい状況報告することにしよう。

 それにしても、地下納骨堂の記憶は実際に起きたことなのだろうか。
 現実とも空想とも判断できる証拠はない。
 でも、あの騎士と子供達の消えた教会のことは知らないから真実にあったことだと思う。


 自信はないけど。
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