17 / 22
第16話 それでも生きている
しおりを挟む
午後から半休をもらって検査結果を聞きに例の病院を訪れた。今回も待ち時間なしで診察室に通される。中に入り挨拶すると医師は私の顔を見るなり難しそうな顔をした。
「脅すわけではありませんが心して聞いてください。検査結果と病状の特徴からマナ循環不全症と診断します」
「マナ循環不全症?」
「職業柄、マナが生命維持に必要なことはご存じと思います。わかりやすく言うなら、そのマナを取り込めなくなる病気です。現在、治療法は見つかっていません」
「あの、治らないということは?」
「大変申し上げにくいことですが、緩やかに死を迎えることになります」
私は凍りついた。死亡宣告である。何を言われたかわからず椅子から立ち上がり、条件反射で質問が口から洩れる。
「緩和療法とか延命は?」
「魔法薬や魔導具による進行の緩和は、残念ながら病の原因がわからず、有効な打ち手はありません。末期に仮死治療と人工マナ循環を組み合わせて延命は出来ますが、いずれ臓器不全で亡くなります」
「それって、確か相当高価な魔導装置を使うことになるのでは?」
「そうですね、王族でも躊躇する額になります。使用期間が長引けばそれはもう」
まだ実感がわかない。いずれ死ぬと漠然と理解していてもカウントダウンが始まったことを受け入れられない。立ち眩みした私を年配の看護師が後ろから支えてくれる。
震えが止まらない。
「余命は……」
「統計的には余命一年。マナを使えばそれだけ寿命は短くなります。お仕事の継続は無理でしょう」
「魔導具を使っても続けられませんか?」
「専門ではないので参考意見としてお聞きください。一般論になりますが魔導具の起動にマナを使います。生命維持に必要なマナの量よりも消費が多いことは周知の事実です」
「魔法も魔導具も使えない。ただ死を待つだけなのですか」
私は無意識に医師に縋りつく。助けてほしいからではない。私は何のために生まれてきたのかわからなくなったから。
診察が終わって数時間も経過したのに、私は待合室の椅子に腰かけ俯いていたままである。心配して訪れた看護師の顔を見て、初めて帰宅することが頭に浮かぶ。目的は帰宅すること、そう言い聞かせて執念のようにわき目も振らずにただ歩いた。
自宅に到着すると魔導灯もつけずに暗闇の中で膝をつき居間のローテーブルに突っ伏した。私は顔を上げて窓から洩れ込む魔導車の間接光を目で追う。状況を整理しなければ。
すべて納得したわけではないけれど、私は病気であることを受け入れてしまった。
医者は言っていた。余生をどう送るかは患者次第であると。不安であれば有料であるが専門医に死を迎えるカウンセリングを受けられるということだった。正直あまり前向きに考えられない。
病気のことも気がかりで、病の進行とともに病状は悪化の一途をたどり、末期になると全身に強い痛みを伴うとも。聞いた限り、穏やかに死ねそうにない。
気を紛らわすため、無理して夕食を食べたのにすべてを嘔吐してしまう。精神安定薬をもらっておけばよかった。
私は半泣きになって食べては嘔吐を繰り返す。
朝になって目覚めると、いつのまにか寝ていたようで体中が痛い。それは生きている証なので何とも言えない気持ちになる。私は集中力を欠いた状態で室長に連絡して、一方的にもう一日休暇をもらった。
食欲のない私はベッドまで移動して布団に包まった。何もやる気が起きない。
病気のことは家族と彼に報告しないといけない。頭ではわかっているが、まともに説明できる気がしない。今は情緒が不安定なので、もう少し落ち着いてから連絡しよう。
日中は音楽を垂れ流してぼんやり過ごした。食事のことは意識に上らず、何も胃に入れていない。食欲が一切ないから水で口を湿らす程度で済ませてしまう。
私は天上を見つめて涙が頬を伝うのを許した。
「脅すわけではありませんが心して聞いてください。検査結果と病状の特徴からマナ循環不全症と診断します」
「マナ循環不全症?」
「職業柄、マナが生命維持に必要なことはご存じと思います。わかりやすく言うなら、そのマナを取り込めなくなる病気です。現在、治療法は見つかっていません」
「あの、治らないということは?」
「大変申し上げにくいことですが、緩やかに死を迎えることになります」
私は凍りついた。死亡宣告である。何を言われたかわからず椅子から立ち上がり、条件反射で質問が口から洩れる。
「緩和療法とか延命は?」
「魔法薬や魔導具による進行の緩和は、残念ながら病の原因がわからず、有効な打ち手はありません。末期に仮死治療と人工マナ循環を組み合わせて延命は出来ますが、いずれ臓器不全で亡くなります」
「それって、確か相当高価な魔導装置を使うことになるのでは?」
「そうですね、王族でも躊躇する額になります。使用期間が長引けばそれはもう」
まだ実感がわかない。いずれ死ぬと漠然と理解していてもカウントダウンが始まったことを受け入れられない。立ち眩みした私を年配の看護師が後ろから支えてくれる。
震えが止まらない。
「余命は……」
「統計的には余命一年。マナを使えばそれだけ寿命は短くなります。お仕事の継続は無理でしょう」
「魔導具を使っても続けられませんか?」
「専門ではないので参考意見としてお聞きください。一般論になりますが魔導具の起動にマナを使います。生命維持に必要なマナの量よりも消費が多いことは周知の事実です」
「魔法も魔導具も使えない。ただ死を待つだけなのですか」
私は無意識に医師に縋りつく。助けてほしいからではない。私は何のために生まれてきたのかわからなくなったから。
診察が終わって数時間も経過したのに、私は待合室の椅子に腰かけ俯いていたままである。心配して訪れた看護師の顔を見て、初めて帰宅することが頭に浮かぶ。目的は帰宅すること、そう言い聞かせて執念のようにわき目も振らずにただ歩いた。
自宅に到着すると魔導灯もつけずに暗闇の中で膝をつき居間のローテーブルに突っ伏した。私は顔を上げて窓から洩れ込む魔導車の間接光を目で追う。状況を整理しなければ。
すべて納得したわけではないけれど、私は病気であることを受け入れてしまった。
医者は言っていた。余生をどう送るかは患者次第であると。不安であれば有料であるが専門医に死を迎えるカウンセリングを受けられるということだった。正直あまり前向きに考えられない。
病気のことも気がかりで、病の進行とともに病状は悪化の一途をたどり、末期になると全身に強い痛みを伴うとも。聞いた限り、穏やかに死ねそうにない。
気を紛らわすため、無理して夕食を食べたのにすべてを嘔吐してしまう。精神安定薬をもらっておけばよかった。
私は半泣きになって食べては嘔吐を繰り返す。
朝になって目覚めると、いつのまにか寝ていたようで体中が痛い。それは生きている証なので何とも言えない気持ちになる。私は集中力を欠いた状態で室長に連絡して、一方的にもう一日休暇をもらった。
食欲のない私はベッドまで移動して布団に包まった。何もやる気が起きない。
病気のことは家族と彼に報告しないといけない。頭ではわかっているが、まともに説明できる気がしない。今は情緒が不安定なので、もう少し落ち着いてから連絡しよう。
日中は音楽を垂れ流してぼんやり過ごした。食事のことは意識に上らず、何も胃に入れていない。食欲が一切ないから水で口を湿らす程度で済ませてしまう。
私は天上を見つめて涙が頬を伝うのを許した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる