18 / 22
第17話 夢現術の本質
しおりを挟む
夕方になって室長がお見舞いに来てくれる。朝の魔導通信は音声だけだったのに何か感じるものがあったようで夕食まで買ってきてくれた。
「朝の通話、会話が成立しないから立ち寄ったのよ。連絡しても出ないし、心配したんだから」
「心配おかけして申し訳ありません」
「それにしても、ろくに寝てないようだし、何も食べてないよね?」
室長は私の目を覗き込む。尋問と同じで落ち着かないし、嘘をついてもばれそうだ。私は覚悟して病気のこと、寝落ちしたことなどをすべて打ち明けた。
室長はまるで声を失ったように黙り込んでしまう。
「話したことで少し気持ちの整理ができました。医師が言うには仕事は続けられないだろうと」
「昔からある病気だね。なんとなく諦めの境地にあるようだけど他の医者を受診してみない?」
「そうですね、気持ちの整理ができたら当たってみます」
室長はマナと循環不全症に詳しかった。昔からよく知られる諺がある、すべての行いの先にはマナがあると。
世界中に満ち溢れるマナはあらゆる生物にとって生命の源である。マナは体内に取り入れて生命活動に使われ、排出されたマナはやがて大気に戻ることになる。それは閉じた環であった。
この世はマナの循環により生命を育んでいると考えられていて、生命維持だけでなくマナを用いて魔法を生み出すこともできる。当然魔法に使用したマナもリサイクルされる。魔導装置等も同じ原理で機能して、異なるのはバッファー効果と収集効率が違うだけだ。
マナ循環不全症、この病気は徐々にマナの取入れができなくなる病である。
症例は少ないけれど、昔から不治の病として恐れられていた。
「我が家の先祖に何人かマナ循環不全になった者が居るの。少し調べてみるね」
「室長は確か、生まれは公爵家でしたよね」
「こうして働かないといけないくらい落ちぶれているけどね」
室長の実家は多くの魔術士を輩出した名門で王家に近い血筋でもある。そんな血統から疑われやすいのだが、室長が今のポストに就いたのは縁故雇用ではなく実力で昇進したのは間違いない。魔導師団でも相当のやり手であり政治的手腕は貴族らしいともいえる。
「ところで、仕事は続けるの?」
「医師は否定的な見解ですが、個人的には続けたい。でも、迷惑をおかけしそうで躊躇いもあります」
「そう、当面は休職扱いで考えてみたらどうかしら」
「今は何もする気力がないので、少し考える時間をください」
「当面は休暇扱いということね? 納得できたときに結論を聞かせてくださいね」
「はい。よろしくお願いします」
室長は夕食の準備をしてくれ、食事を一緒にとってくれたのは孤独感を紛らわせるためでもあったのだろう。面倒見の良い人である。
「そろそろ帰るわね。もし食事が厳しいなら医者に相談してね」
「お見通しですか。すぐ嘔吐してしまいます」
「私も経験があるからね……。でも、そのうち楽になると思う」
「いずれにしても医者に行くことにします」
「そうね。それじゃあまたね」
私は室長を見送ってトイレに駆け込む。緊張感が途切れるとやっぱり嘔吐してしまう。
明日にでも医者に行こう。
私は布団に入って考える。仕事に誇りを感じているし遣り甲斐もある。でも、依頼者の望みに叶えられているかといえば、お世辞にも役に立てているとは言えない。私のエゴで都合の良いと思われる虚像を見せてるだけ。それは罪ではないだろうか。
人生最後のひと時を嘘で染め上げる。それに留まらず、燃え盛る魂を偽りで燃やしきってしまう。
許される行為ではない。
精神的に弱っていると、いつになくネガティブな思考に傾く。いつもなら、依頼だからと逃避するところなのに、今の精神状態ではそれさえも難しい。
私の今までの行いは許されるのだろうか。
「もしかして、これは罰?」
私は闇落ち寸前のところで魔導通信の着信で現実に戻される。室長からだった。私は止せばいいのに夢現術は罪ではないかと語っていた。普段ならそんなことしないのに。
室長から送られてきたのは長文のメッセージ。
それは室長が担当した亡くなった先代の王女にまつわる話だった。
生まれたことが母の死ぬ原因になったことを知った王女は周囲に咎められ自閉症になってしまう。王女は家族からなき者として扱われていた。祖父である先王が事態に気付いたときはもう既に遅かった。彼女のために夢を見させることを遺言として書いて息を引き取る。
後を追うように王女の体調が悪化した。
室長の初仕事でもあり、王女の夢は歪だったという。
それでも王女は、会ったことさえない母に愛されることを願っていた。
理想の母親像を拝借して、無からすべてを紡ぎだす。完全創作のおとぎ話を夢として注入する。溺れる者に見せるそれは、詐欺とか宗教と何ら変わらない。
でも、嘘で塗り固めても人生が無駄でなかったことを感じてほしい。
それが室長を突き動かす原動力でもあると。
笑うことのなかった王女が微笑みを浮かべて亡くなったことを後日知らさることになる。
魂の輝き、輝かせるもの、夢は記憶の中に生き続ける。そのことこそが夢現術の本質であり、ソウルブライターと呼ばれる所以である。
最後に室長から無理をすることはない。
辞めてもいいと締め括られていた。
私は感謝の気持ちをちゃんと伝えたいのに有難うとしか返せなかった。私だけが悩んでいることではないことに今更ながら気がついてしまう。
皆、同じように悩み、同じ罪を抱えて生きているのだ。
「朝の通話、会話が成立しないから立ち寄ったのよ。連絡しても出ないし、心配したんだから」
「心配おかけして申し訳ありません」
「それにしても、ろくに寝てないようだし、何も食べてないよね?」
室長は私の目を覗き込む。尋問と同じで落ち着かないし、嘘をついてもばれそうだ。私は覚悟して病気のこと、寝落ちしたことなどをすべて打ち明けた。
室長はまるで声を失ったように黙り込んでしまう。
「話したことで少し気持ちの整理ができました。医師が言うには仕事は続けられないだろうと」
「昔からある病気だね。なんとなく諦めの境地にあるようだけど他の医者を受診してみない?」
「そうですね、気持ちの整理ができたら当たってみます」
室長はマナと循環不全症に詳しかった。昔からよく知られる諺がある、すべての行いの先にはマナがあると。
世界中に満ち溢れるマナはあらゆる生物にとって生命の源である。マナは体内に取り入れて生命活動に使われ、排出されたマナはやがて大気に戻ることになる。それは閉じた環であった。
この世はマナの循環により生命を育んでいると考えられていて、生命維持だけでなくマナを用いて魔法を生み出すこともできる。当然魔法に使用したマナもリサイクルされる。魔導装置等も同じ原理で機能して、異なるのはバッファー効果と収集効率が違うだけだ。
マナ循環不全症、この病気は徐々にマナの取入れができなくなる病である。
症例は少ないけれど、昔から不治の病として恐れられていた。
「我が家の先祖に何人かマナ循環不全になった者が居るの。少し調べてみるね」
「室長は確か、生まれは公爵家でしたよね」
「こうして働かないといけないくらい落ちぶれているけどね」
室長の実家は多くの魔術士を輩出した名門で王家に近い血筋でもある。そんな血統から疑われやすいのだが、室長が今のポストに就いたのは縁故雇用ではなく実力で昇進したのは間違いない。魔導師団でも相当のやり手であり政治的手腕は貴族らしいともいえる。
「ところで、仕事は続けるの?」
「医師は否定的な見解ですが、個人的には続けたい。でも、迷惑をおかけしそうで躊躇いもあります」
「そう、当面は休職扱いで考えてみたらどうかしら」
「今は何もする気力がないので、少し考える時間をください」
「当面は休暇扱いということね? 納得できたときに結論を聞かせてくださいね」
「はい。よろしくお願いします」
室長は夕食の準備をしてくれ、食事を一緒にとってくれたのは孤独感を紛らわせるためでもあったのだろう。面倒見の良い人である。
「そろそろ帰るわね。もし食事が厳しいなら医者に相談してね」
「お見通しですか。すぐ嘔吐してしまいます」
「私も経験があるからね……。でも、そのうち楽になると思う」
「いずれにしても医者に行くことにします」
「そうね。それじゃあまたね」
私は室長を見送ってトイレに駆け込む。緊張感が途切れるとやっぱり嘔吐してしまう。
明日にでも医者に行こう。
私は布団に入って考える。仕事に誇りを感じているし遣り甲斐もある。でも、依頼者の望みに叶えられているかといえば、お世辞にも役に立てているとは言えない。私のエゴで都合の良いと思われる虚像を見せてるだけ。それは罪ではないだろうか。
人生最後のひと時を嘘で染め上げる。それに留まらず、燃え盛る魂を偽りで燃やしきってしまう。
許される行為ではない。
精神的に弱っていると、いつになくネガティブな思考に傾く。いつもなら、依頼だからと逃避するところなのに、今の精神状態ではそれさえも難しい。
私の今までの行いは許されるのだろうか。
「もしかして、これは罰?」
私は闇落ち寸前のところで魔導通信の着信で現実に戻される。室長からだった。私は止せばいいのに夢現術は罪ではないかと語っていた。普段ならそんなことしないのに。
室長から送られてきたのは長文のメッセージ。
それは室長が担当した亡くなった先代の王女にまつわる話だった。
生まれたことが母の死ぬ原因になったことを知った王女は周囲に咎められ自閉症になってしまう。王女は家族からなき者として扱われていた。祖父である先王が事態に気付いたときはもう既に遅かった。彼女のために夢を見させることを遺言として書いて息を引き取る。
後を追うように王女の体調が悪化した。
室長の初仕事でもあり、王女の夢は歪だったという。
それでも王女は、会ったことさえない母に愛されることを願っていた。
理想の母親像を拝借して、無からすべてを紡ぎだす。完全創作のおとぎ話を夢として注入する。溺れる者に見せるそれは、詐欺とか宗教と何ら変わらない。
でも、嘘で塗り固めても人生が無駄でなかったことを感じてほしい。
それが室長を突き動かす原動力でもあると。
笑うことのなかった王女が微笑みを浮かべて亡くなったことを後日知らさることになる。
魂の輝き、輝かせるもの、夢は記憶の中に生き続ける。そのことこそが夢現術の本質であり、ソウルブライターと呼ばれる所以である。
最後に室長から無理をすることはない。
辞めてもいいと締め括られていた。
私は感謝の気持ちをちゃんと伝えたいのに有難うとしか返せなかった。私だけが悩んでいることではないことに今更ながら気がついてしまう。
皆、同じように悩み、同じ罪を抱えて生きているのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる