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第18話 飛べない魔鳥

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 休みをもらって3日も経てば少しだけ気持ちの整理もできてくる。食事をどうにか食べられるようになったので重い腰を上げて新たな病院を受診してみた。検査は以前のデータを補う形で実施するらしい。異論はなかったので検査予約を済ませてしまった。

 気晴らしに公園の芝生に座り込んでいる。平日の午後は陽気のよさも手伝って人が多い。なんの職業に就いているのか不明な人やリフレッシュしている人をちらほら見かける。

 頭を空白にするにはぴったりの場所である。

 寛いでいると室長からメッセージが届く。事務所が荒らされて、鑑識の結果から外部から侵入であることが判明したそうだ。隣国の諜報員か国内の派閥絡みの事案と推測されている。テロ事件以来、何かと侵入しようとする輩が増えたみたいで、未遂を含めると相当な発生数になるらしい。

 テロは両陣営が弔い合戦にように応報するので、憎しみの連鎖は止めようがない。
いやな世の中になったものだ。

 問題はテロだけではない、国防予算の削減にともなって王国軍は弱体化、市民が組織する義勇軍が覇権争いを繰り広げ治安の悪化を招いた。今は王国軍の中に義勇軍が取り込まれたが、抗争は水面下に潜っただけで悪化している、他にも議会と教団の確執など懸念は尽きない。

 この公園はのどかなものだが、少し離れると自爆テロが起きたりしている。この近くのポータルでも急進派である婦人の改革派へのテロが起こったばかりだ。主義主張に興味はないが、巻き添いで亡くなる人のことを思うとテロは断じて許せない。



 肌寒くなって自宅に帰ってお茶にした。普段は病気のことを心の奥底に抑え込めるようになり、生活も安定してきた。でも、夜になると孤独感に押しつぶされそうになる。彼に話に行こうと持っていても、怖くて行けないのだ。余命宣告の話をしないといけないから。

 バルコニー側にある窓のカーテンを開けると何やら甲高い音が聞こえてくる。鳥のような少し違うようにも感じる不思議な鳴き声。音の聞こえる方角に歩いていきバルコニーに出た。

 そこには巣立ちを失敗した幼さが残る魔鳥が震えている。

 辺りを見回すと遥か上空に親鳥らしい黒い姿が辛うじて確認できた。虫の息の魔鳥は飛行に失敗したのか、何かに衝突したのかはわからない。どうみても助かりそうになかった。

「あなたの翼は折れているのね。逃げなくていいのよ」
 怯える魔鳥にゆっくりと手を伸ばす。

「痛いのね。でも大丈夫だから」

 私は死にかけの魔鳥を自分の姿と重ね合わせてしまった。

 私は震える魔鳥を拾い上げ抱きかかえてしまう。まだ生命の温かみを感じる。私は部屋に戻りタオルをかけてやる。鳥など飼ったことはないので何が正解かわからない。震えているから温める。水は飲むかもしれない。すべては素人考えだ。


 情報を収集することを思いついて調べた結果、重大なミスを犯したことを知る。魔鳥は人の気配や臭いを嫌い、例え我が子であっても人が触れてしまうと拒絶する。我が子を敵認定して襲ったり、食べたりすることさえあるという。

 私は善意のつもりで触ってしまった。この魔鳥はもう親の元にも自然に戻れない。

「あぁ、なんてことをしたのだろう」

 こうなれば、この子が生き残ることができたなら、私が責任をもって育てるしかない。いや、どう考えても私が先に死ぬだろう。矛盾点を理解したことで頭が痛くなる。

 くよくよ悩むのをやめよう。出来ることをするしかないのだから。

 魔鳥のことを調べると悲しい現実を知ってしまう。空の覇者であった魔鳥が衰退したのは訳がある。人類が魔導機械を作った時から魔鳥の衰退と急激な退化が始まったのだ。マナを搾り取り蓄える装置の総称が魔導具と呼ばれている。大気中のマナの濃度は魔導革命の後から減少傾向に傾く。

 それは、あまりにも小さくマナ依存度の低い人に対しては影響が少なく、大型の魔物ほど弱体化が加速した。多くの魔物たちは私のマナ循環器不全症を種族として発症したのである。

 魔導革命は環境破壊の引き金になった。

 竜種や飛鳥種の魔物で適応できたものは幸せだったといえる。多くの魔物が環境変化に耐えられず絶命したのだ。魔導ファームは弱体化して食料に適した魔物のみを選別して食用動物としてしまった。飛鳥類においては飛べなくなったもので肉質がいいものだけが食用として生かされている。

 魔導装置にマナが蓄積されマナの減った空は退化した魔鳥にとって餌の少ない地獄でしかない。
 大地に囚われても食卓に上る地獄が待っているのだ。


 救いなどありはしない。
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