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第一章 発端 1
⑦
しおりを挟む凄んでいる連中は、どうひいき目に見ても博徒か香具師の類いにしか見えない。
声を出しているのはダボシャツにニッカボッカを履き、小粋にハンチングを被った小男だった。
相手はふたり連れの学生らしい。
「こいつぁ大変失礼しました。謝りますんで兄さん方、どうか勘弁してやってください」
長めの髪を後方へ流した、目鼻立ちのはっきりした方の男が屈託のない笑いを浮かべながら謝っている。
着ているのは詰め襟で、上から上品なマントを羽織っていた。
その横に立っているのはあるがままの蓬髪に無精髭を生やした、百九十センチはあろうかという大男だった。
弊衣破帽で腰には手拭いを提げ高下駄という、バンカラを絵に描いたようななりをしている。
マントも例に漏れずボロボロで、臭ってきそうなくらいに汚かった。
「おめえに謝ってもらったってしょうがねんだよ。こっちのあんちゃんに俺は言ってるんだ、なにも因縁を付けようって言ってるんじゃねえんだ。粗相をしたら謝る、人として当然じゃねえのかい」
バンカラ学生の方はなにも言わず、ただそこに突っ立っている。
「おい、聞いてんのかウドの大木」
聞いているのかいないのか判然としない態度に、小男が苛々としている。
「お前、耳が聞こえねえのか。ふざけてるとただじゃ置かねえからな」
百五十五センチほどの小男が、百九十セントを超す大男を下から睨めつける。
「ああ?」
大男が初めて反応する。
「なんでえ、ちゃんと聞こえてるじゃねえか。ならさっさと謝んな、侘びりゃあそれで水に流してやるよ。なにも書生相手に、落とし前だなんだのと言う気はねえんだ」
悪党面ではあるが、この小男どこか憎めないところがあった。
言ってる内容からしても、真からの悪党ではなさそうだ。
「おい壬生、謝れ。ぶつかったのはお前の方だろ、さっさとしろ面倒はご免だ」
もうひとりが頭を掴み、下げさせようとする。
「真吾、お前こんな所でなにをしてる」
大男に向かって声を掛けたのは、薗田近文であった。
その時初めて大男の瞳に光が浮かんだ。
「あっ」
壬生真吾が小さく呟く。
「なんだいあんたら、こいつの知り合いか」
小男が訊いてくる。
「この者の兄だ、なにがあったかは知らんが許してはくれんか。わたしは薗田近文という、ここはわたしに免じて収めて欲しい」
近文が頭を下げる。
「だからね、さっきこの書生さんにも言ったんだけどよ、本人がひと言詫びを入れてくれりゃ済む話しだ。他人がいくら謝ろうが俺ら聞きゃしねえよ」
小気味のいい言い回しだった。
「なによあんたら、いい加減になさい。どこのゴロツキか知らないけど、言いがかりを付けるなんてみっともないわよ」
ぐいっと前に出て、薫子が啖呵を切る。
「おねえちゃん、余計な口出しはしねえこった。怪我するぜ」
「なに言ってるの、このチビ助。あんたなんかやっつけてやるから。さあ、掛かってきなさいよ」
小男の片眉が吊り上がる。
「娘っこ相手に気が乗らねえが、少しばかりお仕置きが必要みてえだな」
「へん、こっちがお仕置きしてあげるわ」
薫子が両手を前方に出し、構えを取る。
「まったくしょうがねえな、世間知らずのお嬢ちゃんは」
言いながら小男が薫子の髪を掴もうとした。
「あっ!」
次の瞬間小男の身体はくるりと宙に舞い、ホームの床に転がっていた。
「うわ、小政の兄貴。大丈夫ですかい」
若い衆が駆けよる。
「この小娘、柔をつかうぞ。油断するな」
六人の男達が、薫子を取り囲む。
その時嵐のような凄まじい勢いで、一瞬にして六人が地に倒れた。
息も切らせずに、大男の壬生真吾がそこに仁王立ちとなっている。
「書生さん、おれたちやくざ相手にちっとばかりおふざけが過ぎるぜ」
一番後ろで成り行きを見守っていた着流しの男が、サッと手を一閃させる。
真吾の被っていた破れ帽が、真っ二つに割れ頭を左右に滑り落ちてゆく。
仕込み杖による居合いであった。
「今度はその首が飛ぶことになる」
虚無的な暗い瞳が〝ちろ〟と光った。
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