何処吹く風に満ちている

夏蜜

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夜風

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 期末試験も残すところあと一日となり、創一は気分転換に校庭を散歩することにした。青色の絵具を水で溶かしたふうな空が快く、試験で疲れた心身を休めるには丁度良い。他の生徒たちは今日の試験を終えると一斉に帰宅し、ほぼ教職員だけの学校は至って静かだ。創一は舗装された校庭の外側を、体育館があるほうへ歩いていった。
 ソメイヨシノの連なる木々の下には、等間隔で木製のベンチが配置されている。どれもこれもペンキが剥げてささくれ立ってはいるが、周囲を避けて休むには程好い場所にある。適当に腰掛けようとした辺りで、創一より先にベンチで憩う者がいた。創一は近づき、軽い視線を寄越した相手の隣へ座る。
「遠矢、まだいたのか」
「創一こそ」
 遠矢はベーグルを食べる手を止め、膝の上に置いていたサンドイッチケースを創一にも勧めた。
「ありがとう。……手作り?」
「この為に朝早く起きたんだぜ、食えよ」
 冗談っぽく笑った遠矢は、創一がベーグルに齧りつくのを見届けてから、自身も食べかけていたベーグルを再び口に入れた。
 午後は怠惰に流れてゆく。空をたなびく雲も、足元の地面で揺れる葉影も、動きはどこかゆったりとしている。ベーコンと輪切りにした茹で玉子だけのベーグルサンドは、会話をせずとも二人の間に穏やかな時間を提供した。創一は、ふと遠矢の視線に気付いて顔を斜に傾けた。 
「……あのさ、この前の事なんだけど」
 言いづらそうに発せられる言葉が風にそよぐ。
「お礼、してなかったよね」 
「礼……されるような事、したっけ」
「所沢に絡まれたとき、創一助けてくれただろ。まあ、あいつ、ほとんど無傷みたいだったけど」 
 遠矢に言われて、創一は踊り場での場面を鮮明に思い出した。遠矢でなければ、見て見ぬ振りをしたかもしれない。咄嗟に体当たりした自分を、創一は急に気恥ずかしく感じた。
「あの強烈なやつと違うクラスでよかった」
「同感。下手なミュージカルを観てるみたいだったな」
「僕も思ってた」
 二人が同時に吹き出すと、上空から葉擦れの音がさわさわと降り注ぐ。音が静まるのと同時に、遠矢は改まって創一を見つめた。彼が距離を縮めてきても、創一はあえて避けようとはしなかった。
 だが、唇が触れ合う寸前で、遠矢は動きを止めた。遠くない場所で人の声が聞こえたからだ。遠矢は体育館のほうを睨み、不意に背伸びをした。
「……はあ、眠くなってきた。本当は昨晩、目が冴えて眠れなかったんだ。ベーグルサンドを作ったのは、そのせい」
 そう言うと、遠矢は躰を横にして創一の太股に頭を沈ませた。何度目かの瞬きで、一向に双眸を開けなくなる。
「……マジかよ」  
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