蜜葉

梅雨入り

8

　急に冷たい感覚が背中へと流れる。
　――まさか、本当にストーカーが？
　動悸が激しくなり、自然と呼吸が浅くなる。高城は高校時代、バスケットボールで鍛え上げた丈夫な肩を子うさぎのように震わせた。
　だが、妄想に近い考えを強く否定するように頭を一振りすると、少しずつ冷静な判断が戻り、現実的な考えを導き出しつつあった。あんなに大きな声や物音を出したのだ。隣人あたりが苦情を言いにやって来てもおかしくない、と。
　携帯をズボンのポケットに戻し、雷が轟く玄関へ向かう。ノックは収まったようだが、恐らくまだ外にいるだろう。
　高城は一呼吸おいてドアノブをそっと引いた。ここは仮にもオートロックマンションだ。だから、絶対ストーカーが来ることはない。“絶対”にだ。
　言い聞かせながら開けたドアの向こうには、予想通り人が立っていた。鼠色の帽子を目深に被り、黒い長袖パーカーと黒のタイトパンツを背後のガラス窓に反射させた――背丈も同じくらい高い――男、であった。
　高城は自分が想像していた風貌とは遙かにかけ離れた目の前の人物に、思わず息を呑んだ。同時に、直感でこの人物がストーカーに違いないと悟ったからだ。