祝宴

夏蜜

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 寒月に晒された縁側はほの暗く、立ち込めた霧が足元を重々しく漂っている。母屋へ収穫した獲物を運び入れて燈台を灯すと、張り巡らした帳に双角の影が揺らぐ。
 この一年、火焔の姿を見た女たちはことごとく逃げ出した。穏やかだった目尻は吊り上がり、表情は性格が邪険になるにつれ冷酷さを伴ってゆく。何より頭髪に隠れるほど目立たなかった角が、サンショウの枝に生える刺の如く鋭利さを増した。
 生身であればこの人間も、と褥へ横たわらせた亡骸に唇を合わせる。火焔は男と肌を重ねたことはなかったが、逃げも隠れもしない憐れな少年を一心不乱に抱き、川原で喰んだ箇所を何度も啜った。
 もはや、生きている人間も死んでいる人間も火焔には大差がなかった。恐怖におののいた女を手篭めにしたところで、飢えも欲も一時凌げるだけで直ぐに喪失感にさいなまれる。本物の鬼に近づくたび、漠然と満たされぬ苛立ちを募らせた。苛立ちはさらに、火焔を鬼としてあるべき姿に変容させる。
 夢中になるあまり、屋敷内に侵入者が入り込んだことを知らずにいた。事を終えようとしたあたりで、間近に気配があると後れ馳せながら気付く。
 火焔は途端に不機嫌となり、中途半端に熱を解放した躰に衣を纏わせた。脱ぎ捨てた羽織で少年を覆い、おおよそ見当のつく相手を几帳越しに睨みつける。クスクスと嘲笑するような笑い声が漏れて聞こえ、火焔は余計に腹ただしさを覚えた。
「……どうか怖い顔をなさらないで下さい。今宵は年末でしょう。挨拶に参ったのです。……ああ、でも冷徹なその表情を私にもっと与えてくださるのですか?」 
 半ば呆れたように几帳から姿を出すと、若者はご丁寧にも膝を折り、慎み深く頭を下げている。火焔は無視して御座へ移動し、脇息に寄りかかりあぐらをかいた。空薫していた香木の匂いが、いくらか憤りを鎮めてくれる。 
 山犬は顔を上げ、琥珀色の瞳を意味ありげに微笑ませて火焔へ向き直る。銀白色の癖のない髪を輪郭に沿わせ、その毛先がかかる唇を徐に動かした。
「火焔様は先ほど里へ降りたのでしょう。御影も狼となって、年の瀬の町並みを歩いておりました。浮かれた世間を眺めるのは楽しいものです。童が私を犬だと勘違いして冬苺を投げて寄越しました。甘くて美味しくて、もうひとつ食べましたところ大いに喜ぶので……」 
「お主には犬のほうが似合っておるな。あいにく俺には犬を飼う趣味などないが」
 火焔は御影の話をわざと遮って火桶に炭をくべた。静かに爆ぜる音と、香木と炭とが調和した空間が辺りに満ちる。熱の落ち着いた躰には丁度良い温度だが、山犬には暑いらしい。既に顔が赤らんでいる。
「……はい、私は童の飼い犬となったつもりで、しばらく子守りをしておりました。そのうち雪がちらつき始め、私の鼻先でも結晶が解けてゆきます。その結晶を追うのに必死で、気付くと西の彼方に濃色の雲が流れておりました。御影は後悔いたしました。火焔様への土産を何も持っていないと……。あの、少しよろしいですか?」 
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