祝宴

夏蜜

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 御影は肩に掛けていた乳白色の毛皮を傍らに畳み、襟元を扇ぎながら額に手を添える。汗を拭った割には暖を取る火焔へ否応なしに近寄り、無邪気さと悪ふざけが入り交じった表情を向けてくる。
「……何をしに来たのかは知らないが、ここにお主の求めるものはないぞ」
 かわらけに注いだ濁酒を口に含みながら、暗に帰ることを促す。
「私が参ったのは、先ほど申しあげました通り火焔様への土産の件です。せっかく珍しい品物をお持ちしたのに、あまりにも熱中しておられたので。……さぞ、上等な代物なのでございましょうね」
「お主には関係あるまい。山犬には全くつまらぬ物よ」
 軽くあしらわれた御影は一転して不服そうな顔つきになる。だが、火焔は構う気がなかったので、背伸びをしたり首を掻いたりして退屈な様を見せつけた。
 まともに相手をされぬと判れば、子供であるゆえふてくされやすい。こうしている間に何処かへ行ってくれれば、年を越すまでにはあの屍をもう一度喰むことができるだろう――。
 火焔はそう安易に考えていたが、御影は一向に去る気配を示さないどころか毛づくろいまでし始めたので、とうとう痺れを切らして語気を強めた。
「図々しく上がり込んだ子犬を暁まで懐に抱いてやる気はさらさらないぞ」
 一瞬慄いて身構えた御影であったが、手出しまではされまいと踏んでか、すぐに狡猾な笑みを浮かべた。目の前の少年には明らかに企みの表情が見えている。火焔は実に面倒なことと思いながら憤りのほうが上回っており、いよいよ我慢が途切れようとしていた。
 「火焔様は山犬がつまらぬと思うものと寝ていたのですか」
「黙れっ。山犬如きが詮索するな」
「絢爛な香りがしております。私も拝みとうございます」
 言葉より先に御影を臥せた火焔は、か細い首筋に荒々しく牙を喰い込ませた。呻いた声が伝わったが、自ら転がり込んできた獲物を逃がすほど鬼は寛容ではない。少年であるゆえ抵抗もままならず、襟元は易々とはだけて、骨格の薄い素肌が露わになる。
 ほんの見せかけのつもりが、鮮血を味わったことで余分に空腹を覚えていた。二度三度と頬張っていくうち次第に飢えは和らいでくる。それでも満腹感は得られず、鬼が鬼であること自覚する為に執拗な抱擁を繰り返した。
 御影はすでに絶え絶えとしており、意識はほとんど無いに等しい。このまま全てを喰んでしまうことも可能であったが、情けがあるのでぎりぎりのところで躰を自由にした。
 苦しそうに開いた御影の口へ最後に蜜を流しこむ。自力で吸うことが出来ない為、火焔は己の指に蜜を付着させ舐めさせた。弱々しい舌が人差し指に絡みつき、余すことなく蜜を舐めとろうとする。反対に、今度は血の滲んだ首筋と菊処を舐めてやると、御影はようやく息を吹き返したような呼吸をして虚ろな瞼を開いた。
 先ほどの生意気な様とは打って変わって、すっかり大人しく俯いている。それを火焔は反省の意だと捉えていたが、すぐに思い違いであると自覚した。
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