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五
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「物足りのうございます……」
「鬼に殺められれば気が済むか。……人間の女とは正反対だな」
「初めてでございましたから、躰の中が熱くて堪らないのです」
御影は頬を紅潮させ、己の袷に身を包んだ。かつて人間のくくり罠にかかり、身動きがとれずに瀕死となっていたところを通りすがりに助けた。御影には、その時の恩義があるのだ。故に、鬼に命を取られることは彼にとって却って名誉なことである。火焔がそう思うのは、御影が朧気な口調で廃れた言い伝えを口にしたからであった。
「鬼は愛を知らぬと聞きますが、もし愛を覚えたなら、望む相手と終わりまで命を共にすると……」
「鬼は、誰も愛しはしない。なぜなら、鬼は生き物に巣食う邪念そのものだからな」
「私は火焔様の傍にずっとおりたいのです。たとえ言い伝えが幻でも、この命は貴方様への捧げものです。……また喰んでくださいますか?」
「時期がくれば、お主の願いは叶うかも知れぬ」
満足した笑顔を向けて、しばらく目を瞑り横たわる。帰り際、御影は毛皮からとある物を取り出し火焔へ手渡した。怪訝な顔をすると、また悪戯な笑みを浮かべて顔を寄せる。
「練香でも、ましてや犬の糞でもございません。夜空に綺麗な花を象る、いわば花弁のひとつです。……人間界では花火というそうですよ。これが、私からのお土産です」
御影は最後に、御守りに、と言い残して去っていった。火焔は独り、掌で転がる星を眺めながら初冬のあの晩のことを思い耽る。寒空を彩る鮮烈な朱色が今でも目に焼き付いており、何かに心が囚われている事実に驚き自嘲した。
「……心の穴に埋めてみたいものだ」
鬼は誰も愛しはしない。自分に語りかけるように、もう一度屍を抱く。それは飢えを凌ぐというより、鬼が鬼であることを条件づける行為に近い。
火焔が刺激を与えるたび、雪白の肌に温もりが伴ってゆく。唇を合わせると躊躇いがちに吐息が漏れ、柔らかく閉じていた瞼が震えて開く。
漆黒の輪郭は徐々に恐怖を帯び、だが凛として視線を離さない。火焔が頻りに求めていた瞳であった。
「今日から我らはめおとだ。祝宴を始めよう」
「鬼に殺められれば気が済むか。……人間の女とは正反対だな」
「初めてでございましたから、躰の中が熱くて堪らないのです」
御影は頬を紅潮させ、己の袷に身を包んだ。かつて人間のくくり罠にかかり、身動きがとれずに瀕死となっていたところを通りすがりに助けた。御影には、その時の恩義があるのだ。故に、鬼に命を取られることは彼にとって却って名誉なことである。火焔がそう思うのは、御影が朧気な口調で廃れた言い伝えを口にしたからであった。
「鬼は愛を知らぬと聞きますが、もし愛を覚えたなら、望む相手と終わりまで命を共にすると……」
「鬼は、誰も愛しはしない。なぜなら、鬼は生き物に巣食う邪念そのものだからな」
「私は火焔様の傍にずっとおりたいのです。たとえ言い伝えが幻でも、この命は貴方様への捧げものです。……また喰んでくださいますか?」
「時期がくれば、お主の願いは叶うかも知れぬ」
満足した笑顔を向けて、しばらく目を瞑り横たわる。帰り際、御影は毛皮からとある物を取り出し火焔へ手渡した。怪訝な顔をすると、また悪戯な笑みを浮かべて顔を寄せる。
「練香でも、ましてや犬の糞でもございません。夜空に綺麗な花を象る、いわば花弁のひとつです。……人間界では花火というそうですよ。これが、私からのお土産です」
御影は最後に、御守りに、と言い残して去っていった。火焔は独り、掌で転がる星を眺めながら初冬のあの晩のことを思い耽る。寒空を彩る鮮烈な朱色が今でも目に焼き付いており、何かに心が囚われている事実に驚き自嘲した。
「……心の穴に埋めてみたいものだ」
鬼は誰も愛しはしない。自分に語りかけるように、もう一度屍を抱く。それは飢えを凌ぐというより、鬼が鬼であることを条件づける行為に近い。
火焔が刺激を与えるたび、雪白の肌に温もりが伴ってゆく。唇を合わせると躊躇いがちに吐息が漏れ、柔らかく閉じていた瞼が震えて開く。
漆黒の輪郭は徐々に恐怖を帯び、だが凛として視線を離さない。火焔が頻りに求めていた瞳であった。
「今日から我らはめおとだ。祝宴を始めよう」
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