剣聖の使徒

一条二豆

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第二章

三世界のバランス

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「以上で三世界の説明を終わりたいと思います。次に、本題である三世界の現状と、そこに至った経緯について話をさせていただきたいと思います」

 そう言ってシーナはペンを構えた。

「〝天界〟と〝魔界〟は長年戦争をしてきました。始まりがいつなのかは分かりませんし、なぜ戦い始めたのかも上の者たちしか知りませんが……」

そう言いながらシーナは上と下の円を線でつなげ、VSと書いた。

「長らく続いていた戦争の中、ある時〝魔界〟は〝天界〟を困らせる策を思いつきました」

 シーナは続ける。

「先ほども言った通り、私たち〝天界〟は〝人間界〟を守る義務があります。〝魔界〟はそこに着目し、〝人間界〟へと進出することで〝天界〟の気を引こうとしたのです」

 下の円から中心の円へと←が引っ張られる。

「〝人間界〟へと進出した〝魔界〟のものたちは悪逆非道なことを始めました。殺人、支配、窃盗……ありとあらゆる悪事を」

 それを聞き、俺は少し眉を顰めた。
 今の話を聞いていると、怒りがわいてくる。

「しかし、〝魔界〟のものたちは大々的に目立つことはできませんでした。なぜなら……『三世界のバランス』という法則が存在したからです」

 ここでまた、聞いたことの無い言葉が出てきた。俺はシーナの説明を静かに待った。

「『三世界のバランス』とは、そのままの意味で三世界がお互いに支え合っていることを意味しています。三世界のうち、どれか一つでも世界が崩壊してしまうと、他の二世界は支えを失ってしまい、徐々に崩壊を始めてしまうのです」
「ん? じゃあ、〝天界〟と〝魔界〟が戦争してるって言うけど……どっちかが勝ったらそれは、片方の世界が崩壊するってことにならないのか?」
「いえ……そうはならないんです」

 シーナは少し考え込み、俺に返答するべく口を開いた。

「〝魔界〟のものたちが恐れているのは、自分たちのことを知った人間たちが大混乱を起こすことによって生じる、歪みからなる崩壊です」

 この言葉を聞いても、俺はあまり理解できなかった。
 そんな俺の様子に気付いたのか、シーナが説明し直してくれた。

「人間たちから見て悪魔みたいな、本来存在するはずの無いものが突然現れたら、きっと人間の皆さんは大混乱に陥ってしまうでしょう。その時に発生する負の感情――エネルギーは、世界そのものを崩壊まで追いやってしまうのです……分かりましたか?」
「ああ、なんとなくだけど……」

 負のエネルギーとやらがなんなのかは良く分からないが、とにかく俺たちが原因でこの世界を壊してしまうということは分かった……と思う

「では、先ほどの続きですが……〝人間界〟とは違い、〝天界〟と〝魔界〟は三世界があるということを知っています。そのため、お互いの世界を潰し合っているというよりは、国と国とが争いあっていると考えた方がいいと思います。国自体が自ら消えてしまうのと、国そのものは残るが他国に支配されてしまうかという違いですね」

 かなり難しいことを言われたが……まあ、ニュアンスは分かった。
 その代償として、頭痛薬が欲しくなったが……。

 疑問も解けたので、俺はシーナに続きを促した。

「本題に戻らせていただくと……〝魔界〟は目立とうとせず、暗部で非道を繰り返していました。ですが、次第にそれが戦争のためではなく、自分の欲を満たすためのものになってきてしまったのです」

 シーナは少し怒りを含んだ声音になっていた。
 確かに、これは許されざることだ。悪魔っていうのはつくづく最低なやつらららしい。

「目的と手段が逆になってしまった〝魔界〟からは、欲を満たすためにたくさんの悪魔が〝人間界〟へと渡ってきました」

下の円から中心の円へと、もう一本←が引かれた。

「この時点で〝天界〟には二つ危惧することが生まれてしまっていました。一つ目は、〝天界〟の義務である〝人間界〟の守護が完全ではなくなってしまうこと。二つ目は、異界のものが増加したことによってもたらされる〝人間界〟崩壊の可能性です。……残念なことに、結果的に〝魔界〟の目論見は成功してしまったのです」

 俺は少し額に少し汗を滲ませた。何も知らずにこの世界に生きていられたことに、驚きを隠せなかった。

「この事態を何とかして止めたかった天界ですが、さっきの理由がある以上むやみやたらに、〝天界〟から人材を送るわけにはいきませんでした。このとき、〝天界〟に残された道は強いものを〝人間界〟にいるものたちから生み出す他に無かったのです」

 少数しか送れないのであれば強いものを、それも〝天界〟のものではない人間でということなのだろうか……。

「〝天界〟にも強い神とかいるんだろ? そいつらじゃだめだったのかよ?」

 と俺はシーナに質問した。
 とびきり強いやつらは、〝天界〟に最低でも一人や二人はいるはずだ。少数しか送れないのであれば、その強いやつらを送れば良かったんじゃないかと思ったのだが……。

 俺は言葉に対して、シーナは首を横に振った。

「そいうわけにもいかなかったんです。一つは、〝魔界〟自体との戦いのために、強いものたちを残さなければならなかったこと。もう一つは、強大な神のエネルギーは〝人間界〟では支えきれない可能性があったからです」
「あー…………つまり、強い神が来ちゃったら〝人間界〟がぶっ壊れるってことか?」
「そういうことです。これは〝魔界〟にもいえるんです。そういう理由もあって、〝人間界〟に来ているのは、あくまで私たちのような、訪れても世界に影響を与えないものたちなんです」

 そう言い終えて、シーナは自分のお茶に口につけた。
 その様子見ながら、俺は改めて世界の複雑さについて考えていた。
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