剣聖の使徒

一条二豆

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第三章

キスⅡ

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 バアルが立ち去った後、俺とシーナは重たい足取りでアパートへと向かった。
 帰宅後、真っ先に俺が放った言葉は……。

「……死のう」

 あんな気障ったらしい悪魔一人に、傷の一つもつけられないなんて……。
 悔しさと空しさが俺の心に募る中、シーナはわたわたしながら俺のフォローへと回った。

「日向さん、仕方が無いですよ。さすがに大悪魔とやり合うのはちょっと……って日向さん! 頭を壁に打ちつけないで下さい! そんなことをしていたら日向さんのお体が……」
「うう……俺なんか、俺なんか……!」

 もはや自分が何をしているのかもよく分からなかった。
 シーナが何かを必死に叫んでいるが、全く耳に入ってこなかった。

「ええっと、どうすれば……あ、そうだ! 日向さん!」

 シーナが名案を思い付いたとばかりに輝く笑みを浮かべ、柏手を打った。

「明日、一緒にお出かけするじゃありませんか! 『使徒』にはよくあることですし、そこで気分転換でも――」

 何も聞こえてこなかった耳に、その言葉ははっきりと聞こえてきた。
 シーナとお出かけ……明日にお出かけ……凛音とデート……ん?
 俺は何かに引っかかりを覚え――思い出した。

「ああああああああああああああ!」
「――しましょう!……って、え?」

 急に叫び出した俺に驚いたのか、シーナが固まってしまった。
 しかし、そんなシーナには気付かず、俺は勢い良く彼女の肩を掴んだ。

「え、どういう……」
「シーナ!」
「ひゃいっ!」

 シーナは俺に突然肩を掴まれ戸惑い、目の前で叫ばれてかわいい悲鳴を上げた。
 俺はシーナのことを真正面から見つめ、シーナもまた俺の方を見つめてきた。
 何をするんだろう? という疑問に満ちた顔をしているが……。

 正直何するんでしょうね?

 とっさに叫んでシーナの肩を掴んでしまったけれど……まだ頭の中の整理がついてねえよ!

 伝えたいことは分かっている。思い出した。明日、凛音との約束とシーナとの約束がダブルブッキングしてたことを謝ればいいんだ。
 だが、頭の中がこんがらがって、うまく言葉が出てこなかった。

 見つめ合うこと数分、シーナはなぜか頬を赤くして、急にもじもじし始めた。

「えっと……日向さんがもう一回、その……き、キスをして立ち直れるのでしたら、私は……」



 ……………………………………え?



 シーナはきゅっと目を瞑り、口を小さく突き出していた。まるで何かを待っているかのように。
 あまりに顔を凝視していたものだから、誤解されてしまったのだろうか。

 ………………でもさ、これっていっちゃってオッケーってこと?

 って何考えてんだ――――!

 あまりに唐突に訪れた事態に、俺の頭の中の混乱は勢いを増した。

 ――ほらほら、キスしちまえよ。

 お、お前は俺の中の悪魔! 心の中のだからね? ってか姿まんまじゃねえか!
 悪魔ひなたんは俺を誘惑へと誘ってきた。や、やめてくれ……。

 ――ほらほら、もういっちまえよ。彼女はお前のこと待ってるんだぜ?

 眼前には、綺麗に整ったシーナの顔があった。顔を真っ赤にさせて、ぷるぷると震えてしまっている。

 かわいい、やばい。

 理性が崩壊し、キスしてしまいそうになったその時、天使は俺の中に舞い降りた。

 ――何してんのよ!

 ぐはっ! その声は……凛音?

 ――そうよ、文句ある?

 現れたのは、紛れもない無い天使……なのだが、その実凛音だった。どんな精神状態なんだろ、俺。つーか、凛音が天使とか似合わあ――っぶ!

 ――一言余計だよ、バカ!

 天使りんたんは心の中の虚像なのに、なぜか殴ってきた。なぜそんなことができるんだ……?
 何はともあれ、天使りんたんの登場により、俺の理性は守られた。だが、当然邪魔は現れる。

 ――へへっ、相手がいいっつってんだからいいだろ? 据え膳食わぬは男の――げふぅ。
 ――あ? 何か言った?
 ――いえ、何でもない、です……ぐふぅ。

 悪魔ひなたん――――!

 雑念が消えたのはいいけど、なまじ自分の姿なだけに可哀想だよ!

 ――女の子に手を出したら、駄目だよ。

 天使りんたんはそう言い残し、悪魔ひなたんを抱えて飛び去って行った。
 そして、意識が覚醒した。

 俺はシーナの誤解を解くために、声をかけた。

「あ、あのさシーナ」
「なんですかっ!」

 緊張しているのか、声が上ずってしまっていた。

「俺、別にシーナと……そういうことしたいわけじゃなくてだな……謝りたいことがあっただけなんだ」
「え?」

 シーナは目を見開き、ポカンとした表情になった。
 そして、少し間をおくと……。

「ふみゅっ!」
「うおっ!」

 恥ずかしさで頭がオーバーヒートしてしまったのか、顔をリンゴみたいに赤くさせて、仰向きに倒れてしまった。
 びっくりしてが、俺は慌ててシーナの体を支えた。
 シーナが意識を取り戻すのに、数分かかった。
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