剣聖の使徒

一条二豆

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第四章

そして…

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「一人、だったらな」
「っ!」
「『風柱』」

 凛音が立っていた場所に、上から強力な風圧がかかった。
 反射神経がいいのだろうか、凛音はそれを瞬発的に避けた。
 こんな芸当ができるのは、俺の知る限りただ一人。

「な、シーナ。お前も凛音に一言言ってやりたいだろ?」
「はい、日向さん! 何かあったら言ってください。水臭いですよ!」

 シーナは凛音に向かって、そう明るく微笑んだ。
 というか、今日会ったばっかりなのに、それは無茶だろうシーナ。

 俺は笑いをこらえながら、凛音へと再び言う。

「俺にはこうして助けてくれる友達がいるからな……凛音に一発入れるくらい、どうってことないさ」
「何を言って……」
「頼れよ、友達をさ。何のために俺らがいると思ってるんだよ」
「くっ………………!」

 またも凛音の表情がぐらつく。しかし、それでもまだ、凛音は口を閉ざしたままだった。

 あと一歩。あと一歩なんだよ。凛音に声が届くまで、あと一歩なんだ!

 凛音は何かに抵抗するように頭を抱え、呻きのような声を上げた。

「『使徒』は、私の、敵……! 例外なんか、ないんだ!」

 そう叫んだ途端、凛音にまとわりついていた黒い瘴気は、より一層黒さを増し始めた。
 そして――俺の体が地面へと叩きつけられる。

「……ううっ!」

 まさに一瞬の出来事。
 前の拳よりも、速く、そして重く、それは俺へと繰り出された。
 もだえ苦しむ暇もなく、再び俺の体が悲鳴を上げる。
 苦しさのあまり目をつむり、何も見えない中で、凛音の声だけは鮮明に聞こえてくる。

「日向に……あなたに、何が分かるって言うの!」

 体が宙に浮く、いや、宙に蹴り上げられる。

「私の気持ちも知らないで!」

 そのままの状態から、地面に叩きつけられる。

「私から奪ったくせに、私たちから何もかも奪ったくせに!」

 まるでボールのよう動かされる。体が引き裂かれるように痛い。

「私の敵なの……あなたたち『使徒』は、私の敵なの!」

 そしてまた、拳が繰り出される。
 それを俺は体だけで受け止める。

「日向なんか、日向なんか……」

 まるで、泣きわめくように、俺を蹴り、殴り、吹き飛ばして……。
 しかし、ふとその攻撃が止んだ。

「『桜舞双扇』二の舞――覆え、『垂れ桜』!」

 重たいまぶたを開いてみると、俺の前に桜の壁と、シーナが立っていた。

「そこまでです、凛音さん」

 シーナは牽制するように、凛音に扇を向けていた。しかし、雰囲気とは裏腹に、その表情は何かを求めているようだった。

「凛音さんの気持ちは、よく分かりました。ですが、これ以上したら本当に――」
「知らないよ、そんなこと」

 シーナの言葉を遮り、凛音が冷たく、ぴしゃりと言った。
 取りつく間もない凛音を見て、シーナの顔が悲しみに満ちた。

 ……シーナが、そんな顔をする必要なんてないのに……。

「……大丈夫だよ、シーナ」
「! 日向さん!」

 俺は体を無理やりにでも奮い立たせる。
 体全体がきしみ、おかしくなっているのが分かる。

「今、私が『桜舞双扇』で何とか直しますから、じっとしていてください!」
「いや、いい。それよりも、凛音と話をさせてくれ」

 シーナはまだ何かを言いたそうな顔をしていたが、素直に引いてくれた。

 俺と凛音を隔てる桜の壁が、消える。

「…………して…………」

 凛音がうつむいて、何かを呟いた。

「どうしてそこまで私に構うの!」

 凛音は……泣いていた。
 震える怒号は、無人の公園に響き渡った。
 俺は凛音へと答えを返す。

「だから、さっきも言っただろ……」

 俺も、つられて大きな声で怒鳴ってしまう。

「家族だからだよ!」

 凛音の目から、涙がポロリとこぼれる。
 それに対して、俺は目いっぱいの声で叫ぶ。

「もっと頼って欲しいんだよ! 何かあったら相談して欲しいんだよ! お前が悲しい顔してたら、こっちまで悲しくなってくるんだよ!」

 凛音の目から、また涙が落ちる。

「一人で抱え込んでんじゃねえよ!」

 凛音の目から滝のように涙があふれてくる。
 そんな状態でなお、凛音は俺に少しでも抵抗するよう、顔をめがけて拳を放ってきた。
 だが、俺は全く動かなかった。
 拳は……俺の頬をかすめて止まった。

「これがお前の答えだ」

 俺は凛音に言い聞かせる。

「凛音は、俺のことを、家族だと思ってくれてる。敵なんかじゃない。お前自身が、そう思ってくれてるんだ」

 凛音は俺の言葉を聞くと脱力したように拳を下した。
 そして、まるで倒れこむように俺の胸へともたれかかってきた。

「……バカ」

 凛音がポツリと呟いた。

「こんなになるまで私のこと家族だ、家族だって言って……本当に、何がしたいの……!」

 凛音の表情は、ここからは見えない。でも、どんなことを思っているかは、なんとなく分かる気がした。
 俺の正面にシーナが出てきて、そのまま凛音を後ろから抱きしめる形で、俺にもたれかかってきた。

「家族だけじゃ、ないですよ」

 そう言うシーナの声には温かみがあった。

「私は、凛音さんの大親友ですよ? 何かあったら、私にも言ってください」
「…………っ! ……ふふっ、あなたもバカだよね……今日会ったばっかりなのに、大親友なんて……」

 凛音はそうおかしそうに笑うと、俺からそっと離れた。
 やっとうかがえた凛音の顔には、泣きはらした跡があったが、優しい笑みが浮かんでいた。

「……ちゃんと、話すよ。大切な友達と、お兄ちゃんに。……私の、全てを」

 凛音はそう前置きして、俺が聞きたがっていた彼女の『悩み』を打ち明けた。

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