シンデレラフィットの異世界で、愛される伯爵夫人を目指していいですか?

帆々

文字の大きさ
66 / 79

甘やかな月(10)

しおりを挟む
ガイがわたしに懐中時計を渡してくれた。

お湯の後で温まり、お茶を飲んでいた時だ。

自分の手のひらにぽとりと落とされた時計は、鎖も含め想像より重みがあった。

ガイは長いすに掛け、床に座るわたしを見て笑う。断ってからたばこに火を点けた。

「欲のないお嬢さん。好きなだけ眺めたらいい」

伯爵家の紋章が刻まれたふたをぱちんと開ける。

わたしを映したという鏡は、今は曇って何もない。指でつるんと触れてみる。

しばらく手のひらにおいて、彼に返した。

「もういいの?」
「ええ。ありがとう」

ガイは時計を胸にしまわず、ひざにのせたままにした。それで、鎖が長く下に垂れた。

わたしは、ガイがこちらに連れたこれまでの人々とは違い、残ることを決めている。

一人ずつ、交互にしかこちらに運べないと、彼は教えてくれたことがある。

わたしがこちらにい続けることで、鏡は誰も映さなくなるのだろうか。

残ると決めた時点で、わたしはこちらの人間になるのだろうか。

ガイに聞くと、

「随分過去に、残った人があったと聞きます。それからも、鏡に人は映るし、列車は走る。ほどよい頃に、また誰か写すのかもしれない」

という。

「ガイはこれまで何人を運んだの?」

彼はわたしの問いに、ちょっと上目遣いをしてから答えた。

「三十八人、いや九人。あなたを入れて、ちょうど四十人だ」
「え」

あまりの多さに、ティーカップを取り落しそうになった。勝手に三、四人ほどと思っていたのだ。

「毎月のように迎えに行って送り返した時期が続いた。祖母が健在の頃は、邸に客もあったし、そこに紛れ込んでもらって、疑われるようなことはなかったのです」

ある一人を迎えに行った際、既に亡くなっていたことがあったと、思い出すように言った。

それほど大勢だったのなら、女性も相当数いたはず。中には妙齢で、きれいな人もいただろう。

「まるであなたの猫みたいな目をしている。何を考えているの?」
「素敵な女性はいなかったの? その中には」
「妬いているの?」

ガイは肩を揺すって笑う。六割が男性。四割の半分が、「僕より祖母に近い年齢」だったという。

「でも、残りの八人は?」
「あなたは忘れている。僕は当時既婚者ですよ」

「ごめんなさい、わたし...」
「いや、あなたが計算が早いのはわかった」

彼のひざに置いたわたし手に、自分のを重ね、ちょっと握る。

帰って行く人々ばかりだったから、そんな風には見られなかったという。

「それに、ずっと一人で過ごしていくのだとばかり思っていた」

え。

彼の言葉はふに落ちない。

ガイは伯爵家の当主として、後継者を絶対に求めている。だからこそ、わたしとの結婚があったはずだ。想像も嫌だが、わたしでなければ、別な誰かと。

わたしへの責任よりも先に、そちらの意志が彼には絶対的だったはず。

どうして?

「伯爵家を次に継がなくていいの?」
「つぶれてしまえと思っていた。僕が子を成せなければ、勝手に終わる。そのための養子など考えたくもない。まあ僕の死後なら、誰が継ごうが勝手にすればいい」

「何もかも、虚しくなった」とつぶやく。

あの離婚後も、開放感の後に彼が抱えた虚無感は深かったという。

周囲や家名や名誉や保身。

それらを守るために悩み、身を削った労力も費やした時間も、彼に何ももたらさなかった。

「結局、視野を狭めて行動を縛るだけのことで、個人の幸福や自己実現には、何ら関係がない。けれど、もうそこから逸れることは許されないのです。お嬢さんもわかるだろうけど、貴族の家は一つの社会だ。僕の言動は、いいも悪いも周囲に波紋を呼んで、影響を生み出すから」

そんな時、わたしが彼の懐中時計の鏡に映った。

「黒髪の小さなあなたは、ひどくかわゆらしかった」
「え」

初めて会った彼からは、心の疲労など感じなかった。ただわたしに優しく、思いやり深かった。

一度なりとも、彼から冷たい言葉を投げられたことがあっただろうか。

いつだって、彼はわたしに親切で真摯だった。

当時のガイの心の内を思い、切なくなった。

彼のひざに顔を伏せ、少し涙ぐんだ。

「あなたが現れて、いつも僕のまわりにいてくれる。「あれは何?」、「これは何?」と袖を引くでしょう。急に忙しくなった」
「嫌なガイ」

「可愛くてならなかったのです。お嬢さんが妻となってくれたら、どんなにいいだろう。そんなことを夢見るようになった。誰にも譲りたくなかった」

そんなこと、気づきもしなかった。思いも寄らなかった。

わたしは彼を違った風にとらえていたから。

個人よりも立場を重んじて、選択する人だと、それからは決して外れることがないのだと。曇った心のレンズはそう映した。

当主としての責務でもなく、純粋にわたしを選んで求めていてくれたのに。

心が震えて、胸がちょっと苦しくなる。

「ガイが好き」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

『完結・R18』公爵様は異世界転移したモブ顔の私を溺愛しているそうですが、私はそれになかなか気付きませんでした。

カヨワイさつき
恋愛
「えっ?ない?!」 なんで?! 家に帰ると出し忘れたゴミのように、ビニール袋がポツンとあるだけだった。 自分の誕生日=中学生卒業後の日、母親に捨てられた私は生活の為、年齢を偽りバイトを掛け持ちしていたが……気づいたら見知らぬ場所に。 黒は尊く神に愛された色、白は"色なし"と呼ばれ忌み嫌われる色。 しかも小柄で黒髪に黒目、さらに女性である私は、皆から狙われる存在。 10人に1人いるかないかの貴重な女性。 小柄で黒い色はこの世界では、凄くモテるそうだ。 それに対して、銀色の髪に水色の目、王子様カラーなのにこの世界では忌み嫌われる色。 独特な美醜。 やたらとモテるモブ顔の私、それに気づかない私とイケメンなのに忌み嫌われている、不器用な公爵様との恋物語。 じれったい恋物語。 登場人物、割と少なめ(作者比)

処理中です...