スローライフの闖入者~追放令嬢の拾った子供が王子様に化けました~

帆々

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11.再会と旅の始まり

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季節が変わろうとしていた。


徐々に次の領主へ引き渡す準備が進んでいた。村の者への知らせや生産状況をまとめたものを新たに作成した。次の領主のためというより、生産者への便宜のためだ。まだ信頼関係も築いていない新たな領主に権高に調査されれば、生産意欲にも障るに違いない。


領主館の修繕と整備もほぼ終えた。


使用人らはそこまでする必要がないと言うが、これは自分の愛着のためだ。別れがたいこの地を去るわたしなりの儀式なのかもしれない。


ジュードにマリア、エリー...。老いた親のことがあり、彼らはタタンの地から離れることが難しい。この先わたしがどこに住まうにせよ、別れが決まった。それが切なさに拍車をかけた。


そして、一度王都へ帰るべきだろうと気持ちが傾いていた。手紙でも命じてあるし、王子との婚約は父には告げなくてはいけない。王家に嫁ぐ令嬢が出るのは、家門の誉れだ。今回くらいは喜びの言葉もあるだろう。


そんなことで気持ちを落ち着かせてもいた。


野草を摘みに出かけた。薬にもするし料理に使ったり、お茶にも使う。


馬をつなぎ、目当ての場所でかがんだ。無心に摘んでいく。かごが一杯になる頃、背後に蹄の音を聞いた。


振り返るのと、見覚えのある栗毛の馬から王子が飛び降りるのが同時だった。彼は首のマントをうるさそうに外して放った。愛馬をつなぎもせずに、駆けて来る。


立ち上がるとすぐに彼に抱しめられた。草原と汗の匂いが混じる。ちょっと懐かしい彼の香りだ。


言葉もなく口づける。熱いキスを受けながら、この人は行動で示してくれるのだと思った。


わたしがほしいから抱しめる、口づける。その理由の説明はない。だって、彼には自明のことだから。


それがわたしには伝わらなくて、おかしく思ったり、物足りなく感じたりしてきたのだ。


長く口づけた後で、彼が言った。


「父上から了承がいただけた。もう君は僕の妃だ」

「え」

「君との婚約の伝令を出してあった。その返しに了承のお返事をいただけたんだ」


だから、わたしは既に彼の妃だという。


婚儀は?


と目が点になる。


「王家の婚姻は陛下のご裁断で完了する。婚儀はその披露だから、大した意味はない。現に兄上のときは一年後のご婚儀になった」

「へえ」


彼ははっきりと片頬をふくらませた。


「君には他人事なのか。もしかして嬉しくないのか?」

「そんな。知らなかったから驚いたの」

「君をルヴェラへ連れて行きたい。僕の領地だ。隊の帰還地でもある」


彼らの宿舎もあり、そこに家庭を持つ者も多いという。ここから早馬なら三日の距離という。


「タタンと併せて管理するのにいい距離じゃないか。行き来がし易い」


朗らかに言う王子の声に、胸に抱えた悲しみがあふれて来た。不意に泣き出したわたしに、彼が問う。


「どうした? 何かあったのか?」

「もうタタンにいられないの...」

「え?」


父からの手紙のことを彼に打ち明けた。ここのすべてを引き渡し、王都へ帰って来いと命じられていることを。


あいづちもなく聞き終えた彼が、むっつりと黙り込んだ。


しばらくの間の後で、低い声を出した。


「そんな命は従わなくていい。君はもう僕の妃だ」

「でも。知らせてもいないの。許しも得ていないから…。あなたの迷惑にならない?」


いくら彼が王子とはいえ、親の許諾もなく令嬢をめとることが、のちに彼の障りにならないだろうか。王宮絶対の父はともなく、あの継母なら、屁理屈で理論武装して難癖を付けそうな気もする。


「大丈夫。僕に任せて」


王子は小休止の後で、ルヴェラへ立ちたいと言った。王都で過ごしたほんの数日以外、彼らはずっと移動し続けて来た。隊士の疲労もある。早急に帰還して家庭で休ませてやりたいとのことだ。


彼の立場ならもっともの意見だ。短い逢瀬だが、仕方がない。


「そう」

「また他人事だな」


「え」

「君も一緒に来てほしい。領地を見せたいし、会わせたい者もいる」


急な展開に声も出ない。


すべきことは済ましている。ずるずる別れを延ばしても意味がない。そして、今は彼とこのまま離れたくないという気持ちがとても大きい。


彼の胸に頬を預ける。


「ええ。連れて行って。離れたくないから」

「いつもそんな風な君ならいいのに」


彼が再び口づけた。


領主館に戻ると、彼がウィルを呼んだ。わたしの肩に手を置き、


「ダーシーを副官に任じる」


とウィルに告げた。


ウィルはすべてのみ込んだようにうなづき、わたしに片膝をつくお辞儀をした。意味がわからない。王子を見ると、


「君は今、ウィルの上官になったんだ」


と言うから、ますます意味がわからない。王子の合図で姿勢を解いたウィルが、説明してくれる。


王国の軍隊において、兵士騎士の生殺与奪の権は究極的に王子と彼の兄上の王太子にあるという。


「ダーシー様は今、アリヴェル殿下のご任命によって殿下の副官になられました。これによってあなたは既に軍に属するお方になられたのです。今後はそのお命もご進退もすべて殿下の御裁量次第とお考え下さい」


「え」


その通りであれば、彼の意志で騎士や兵士を殺してよいことになる。面食らったわたしにウィルが補足してくれる。


「騎士や兵士は両殿下に命を預けているという意味です」


それならばよくわかる。王子が冷酷だとの噂の根源はこんなところにあるのかもしれない。その権利を持つのだもの。小さな出来事がそこに結びついて尾ひれがつくことはありそうに思えた。


そこで、王子の「僕に任せて」がつながる。彼はわたしを便宜的に副官にすることで、父や継母の口を封じてしまった。彼の配下となった今、誰もわたしの今後にとやかくいうことは出来ない。


出立のときが来た。


「何かあったら、必ず連絡をちょうだい」


タタンでの苦労と時間を分け合ったみんなとは、抱き合って別れた。永遠の別れではない。気持ちがあればつながっていける。困ったことがあれば、相談してほしいと念を押した。


荷物など着替えと実母の形見の小物が一つ。ほんのわずかだ。王都の邸を追われこの地にやって来たのと同じほど身軽に、わたしは旅の人となった。


マットも同行する。彼は元来が王都の出身だ。九年前にわたしの供としてタタンへ赴くことになり、今回再び共にルヴェラへ向かうことになる。


マットのルヴェラ行きは、恋人のウィルの存在が大きい。あちらでは一緒に住む予定のようだ。


「男夫婦は騎士には珍しくない」


とは王子が言った。それはそうかも。旅や危険を通して深く知り合えば、ときに性別を問わず引かれ合うこともあるはず。


ルヴェラはどんな土地だろう。


彼が父陛下より賜り、長く暮らす土地だ。近衛兵団の基地であり、人口も多く街も栄えていると聞く。そしてタタンとは違い港を持つ。


「爺が取り仕切っていて詳しい。知りたいことはあれに色々聞くといい。君のことはもう知らせてあるから」


峠を抜けての小休止のときだ。王子はわたしの膝に頭を預けると瞬く間に、眠ってしまった。


「おや、殿下はお休みですか」


ウィルがやって来た。


爺とは、王子の実質の育ての親のような人物らしい。王子は幼くして親元から離れ、領地で教育を受け育った。統治者としての内政や騎士たる剣技を叩き込まれて今に至る。


貴族の子弟の方が、よほど楽な少年期を経ているのではないかと思う。


そんなことをもらせば、ウィルは当然とうなずく。


「殿下は十三歳のお年から今の責務を担われておられます」


まだ子供と言っていい頃から、王子が今の旅を始めていることが驚愕だった。ウィルは懐かしむように、初めての出立に爺は不憫さに涙を見せたともらす。


「厳しいお育ちでご立派に成人なされなければ、境界線を回る今の任務は、とうていお出来になれますまい」


彼は王子の優れた資質が自慢らしく、誇らしげに言う。きっと自身で王子を導いてきたのだろう。年も二十三の王子より十ほど上で、先生としてはぴったりだ。


「アリヴェル殿下には深窓の令嬢より、ダーシー様がお似合いかと思います。あなたは気持ちがお強いから。殿下を支えて差し上げられる」


似合うと言われるのはうれしいが、自由磊落な王子を支える自分が想像できない。並みの令嬢より体力はあるつもりだけれども。


ふと、前からあった疑問をぶつけてみる。


「あの...、国を回る任務は第二王子様のお役目なのですか?」

「それは...」


なぜかウィルは言葉を濁した。聞いてはいけない問いだったのだろうか。


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