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15.夢に会えたら

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王子の留守の間、目的を見つけることに焦るのは止めた。


ルヴェラは完成された土地で、鄙びたタタンでのようにすぐに注力する場所を知ることは出来ない。


まずは慣れること。土地を知ること。人を知ること。それだけでいいと決めた。


わからないことは爺のダリルに何でも聞いた。この人は一見とっつきにくいが、こちらがちゃんと身を入れているとわかると、それなりの対応をしてくれる。


知りたい一番は王子のことで、彼の話をたずねると機嫌もいい。


「アリヴェル殿下はお小さい頃からあのままのご性格でいらっしゃる。下の者に常にお優しく、細かなことは気になさらない。いつも物事を俯瞰した目でご覧になります」


わたしも彼と旅を共にしたからよくわかる。寒さも雨も、風も。旅の困難は身分を超えて同じように共有する。


食べる分は狩りをし、自らさばき、みなに振る舞う。つかの間の休みはどこでも眠り、馬上で器用にひげを剃ってもいた。


そんな日々を彼は本当に楽しんでいた。


わたしもまた、彼とそんな旅を味わいたくなる。


時間があれば供をしてもらい、ダリルと土地を回った。特に足が向くのはドラゴンの森だ。ドラゴンの化石が眠る場で、王子のお気に入りでもある。


最初は不気味に感じた大きな鱗の化石も、場数を踏めば慣れて来る。触れるのも平気になり、彼がするように、指でたどった。


ふっとわずかな振動を感じ、ぎょっとする。本当にわたしの内部の何かが反応しているのかも。そんなことをちらりと思う。


「ねえ、ダリルさん」

「ダリル、とお呼び下さい。あなたは妃殿下でいらっしゃる」

「そう。魔女のハクはどこにいるのですか?」


わたしの声にダリルは怪訝な目を向けた。問いの意味がわからないといった顔だ。


王子をコレットに変え、老女の自身を可憐な少女にも変幻させる魔女の彼女に、わたしが感じたこの変化が何なのかを教えてほしい。


「ハクは王宮の魔女です。王都にいると申し上げたいが、所在は不明です。あの者らは好きにどこにでも行くのです」


「そう」

「しかし、殿下のご婚儀では祝賀の為に魔女もそろいます。その際にお会いになれるでしょう」


王子の帰還後に、わたしたちの婚儀は王都で予定されている。今から数か月先にはなるが、会えることは会えるのか。


その晩、風の気配に目が覚めた。閉じたはずの窓が開いていて、そこから風が入り込んでいる。


露台で影が動いた。鳥か何かだろうか。身を起こして目を凝らした。


そこにいたのは王子だった。月明かりの下で、ぶらぶらと歩いている。信じ難い思いで外へ出た。


「ダーシー」


彼はいつもの屈託ない様子でりんごをかじっている。


はだしのまま側に行く。夢ではない。触れることができる。


彼は芯だけになったりんごを放って捨てた。空いた指でわたしのあごをつまみ持ち上げた。


「どうして? 旅ではないの?」

「君が呼ぶから」

「え」


そこで、夢が覚めるように彼が消えた。わたし一人が月光の中、露台に立っている。


寝ぼけたのかと思った。彼に会いたくて、会える夢を見てここまで来た…。


「アリヴェルが恋しいか?」


つぶれてかすれた声がした。声を感じた後ろを向けば、いつか見た黒ずくめの老婆が立っていた。魔女のハクだ。


ダリルが言っていたことを思い出した。彼女らは好きにどこにでも行けると。


「お前が一番望む形で来てやった。わしを呼んだだろう」

「それは...、教えてほしいことがあって...」


「何をくれる?」

「え」

「願いには対価が要る。そうだの、声をもらおうか。恐れるな、ほんのひと時のこと」


わたしの返事も待たずに、ハクは指を振った。左右に小さく、の後で、焦れたように大きく振る。


「ええい、お前にはわしの魔術が跳ね返される。本物のドラゴンよの。王子とつがいになって力が現れ出た」

「それ、それを聞きたくて」


わたしはドラゴンの森の化石や卵に触れたときの反応について話した。今後それが自分に影響するのかも知りたい。


「伝えたはずだ、お前にドラゴンの魂が宿っていると。お前の存在に共鳴しておる」

「化石なのに?」

「魂は残る。無限に」


ずっとあのまま残されるのは、囚われたようで残酷だ。可哀そうに思えた。


声に出していないのに、ハクがわたしの思いに答えをくれた。


「ならば、お前が清めて吸い出してやればよい」

「吸い出して、どうするの?」


「自分の中に取り込む。魂の純度が上がり、よりお前は守られる。お前が守られると言うことは、アリヴェルも然り」


「どうすればいいの?」

「それは魔術の領域ではないから、わしにはわからん。ただ、お前はもう知っておるのじゃないか?」


その言葉を最後に、ハクは消えた。


露台に床に、幻想の王子がかじったりんごの芯が残されていた。



自分にそんな力があるのかも怪しいが、ハクの言葉に不思議と引かれる。


時間を見つけてドラゴンの森に出かけ、化石に触れながら時間を過ごした。卵は城の地下にあるので毎日下りて触れる。


ダリルがわたしの日々の行為にちょっと笑った。この人が笑うのは珍しい。


「殿下が選ばれたお妃は、さすがにお好みも似ておられる。そのうち、ドラゴン探検に出かけられるのではないか」

「ドラゴン探しはアリヴェルに任せます」


変化があるのかないのか。進展もあるのかないのか。


ハクはわたしがやり方を知っているはずだと言っていた。しかし見当もつかない。ただ何となくの行いでしかない。


化石は長い年月そこにある。簡単に成せることではないのはわかる。義務でもない。気長にのんびりした気持ちでやろうと決めた。


婚儀の準備も緩やかに進められていた。わたしがまずするのはドレスの生地選びだ。勧められるすべてが美しく優美に見える。


「妃殿下の栗色のお髪には、こちらの刺繍生地が大層映えて美しゅうございます」

「いえ、こちらの総レースの織が一番でございますよ」


わからなくなる。わたしは自分で悩んでドレスを新調した経験がない。衣装は義姉のお下がりばかりだった。


王子の隣りにふさわしく、彼の目にわたしが美しく映るものはどれか。


迷って結局、丸めた紙を後ろから投げて当たった方に決めた。



ドラゴンの森からの帰りだ。


道にも慣れて一人で通うようになった。草原の中、馬を駆っていると、行く手から手を振る人物がいる。こちらへ走って来る。


距離が縮まり、がっしりとした体格と顔立ちがはっきりとしてきた。


タタンの使用人のジュードだ。


どうしてここに?


彼の側に急いだ。馬を下り、馬をつなぐのももどかしく抱き合った。


「久しぶりね、元気にしていた?」

「はい、お嬢様もお変わりなく」


「みんなも元気?」

「ええ、何とかやっています」


手短に近況を聞き、なぜ彼がここにいるのかをたずねた。


「お城でお嬢様はこちらだと聞き、荷馬車で送ってもらいました」


ジュードを促して木陰に座った。こんな風に草の上に並んで座り、弁当のサンドイッチを食べることもしょっちゅうだった。


懐かしさがわっとこみ上げた。追い出された身であるが、タタンは今どうだろうと知りたくてならなくなる。


挨拶を終えたジュードの表情は少し硬い。いい話を持っていないのはそれでわかる。先日、マットから聞いた鉱山採掘の件ではないかと思う。


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