スローライフの闖入者~追放令嬢の拾った子供が王子様に化けました~

帆々

文字の大きさ
15 / 26

14.光と影のわだかまり

しおりを挟む

帰還中、王子はルヴェラのあちこちへ連れて行ってくれた。


多くの船が停泊する港やにぎやかに市が開かれた街へ行き、馬を駆って耕作地が広がる田園風景も見せてくれた。


ドラゴンの森は、泉の近くの洞穴にドラゴンの化石が残る。岩壁と一体化したそれは、確かに鱗を持つと言われるドラゴンだ。命が絶えたのではなく、ひと時の眠りについているだけのように見えた。


そして、ドラゴンの卵が安置されている城の地下も案内してくれた。石の階段を長く下りた先の祭壇の中にそれはあった。


人の頭くらいの大きさがある。こちらも化石化していて、王子はぺたぺたと触れている。


「王宮の地下にもまだ三つある」

「え」


どういう状況で卵だけ残ったのだろう。割れもせず、硬質化して長く伝わるのは奇跡的に思えた。王家の中でドラゴンが神格化されるのもわかる気がした。


彼の手がわたしの手を取り、卵に触れさせた。石に近い感触だ。ざらっとした質感を指でたどる。


そのとき、卵が光を帯びたように見えた。思わず手を離す。怖くなって側の王子に身体を寄せた。


「光った」


彼も認めたようで、瞳をきらきらとさせている。


「光るものなの?」

「まさか。初めてだ。君の手が触れたから起きた。やっぱり君はドラゴンの魂を持つんだ。だから互いに感応し合う」


王子はわたしを背後から抱きしめた。


「僕の妃はドラゴンにつながる」



任務を外れている間は、それが余暇というわけではないようだ。


彼の裁可を待つ書類が執務室に溜まっている。留守中に代理として爺のダリルがさばくものもあるが、すべてではない。城はルヴェラの行政府も兼ねるから、仕事も多い。


剣の鍛錬も絶やさないし、次の任務に向けての準備もある。


そろそろ、出立が近いという。


ひと月ほど、彼はわたしの側にいてくれた。もしかしたら、ルヴェラに着いたばかりのわたしを気づかい、予定を先延ばししてくれたのかもしれない。


一旦出かけてしまえば、三月は会えない。考えただけで切なくなる。


夜に求められて抱き合った。


満ちた気分で彼の側で眠りについた。あと幾晩こんな夜が過ごせるのか。暗い思いも睡魔に溶けていく。


まぶしさに目が覚めた。窓から寝室に朝日が射している。当たり前に彼に触れるつもりの腕が、そのままシーツに落ちた。


え。


隣りに眠る彼は既に見慣れたものだ。しかし、今朝その姿がなかった。珍しいが、先に起きたのかと思う。


王子はちょっと寝起きが悪い。


人を呼び、身だしなみを整えた。彼女たちは完全にわたしの為の人々で、王子の身辺には触れない。


彼の身のまわりは、ダリルの指揮ですべて男性が取り仕切る。王家のしきたりで、騎士の王子は武張った環境で暮らすらしい。女性で許されるのは妻のわたしのみだ。


朝食に向かう。空腹で王子は先に食べているのかもしれない。


朝食の間には一人分の用意しかなかった。奇異に感じた。現れたダリルにたずねた。朝から隙のない装いをしている。


「アリヴェルはどうしたのですか?」

「殿下は夜明け前に出立なさいました」

「え」


どうして?


朝食が運ばれてきても、食欲が失せ、食べる気になれなかった。お茶だけ飲んで席を立った。


ひどいと思った。黙って行ってしまうなんて。


夕べはそんなそぶりも見せなかったのに。


彼の出立の際には、無事を祈ってきちんと見送りたいと決めていたのに。腹立ちもある。けれど、その後の悲しみで怒りの気持ちも萎えてしまう。


午前中は何をする気にも起きなかった。足の向いた城から北側に位置する隊の基地は、少しがらんとし、兵の数が減ったような気がした。


そこで声がかかった。


「ダーシー様」


呼んだのはマットだ。


当然だが、行軍する王子の側に常にいるウィルも既に出立していない。


マットを前にして、少し気が緩み涙ぐんでしまう。情けないと思う。王子の妻であるのなら、こんな別れは日々のことだ。


「ダーシー様に出立を告げないのは、王子様が前から決められていた命でした。だから誰も告げずに...」

「どうして? 妃が出立に立ち会ってはいけない決まりがあるの?」


「いえ。ダーシー様が悲しまれるのがお可哀そうだから、王子様がお決めになったのだと、ウィルは言っていました」


そうだ。自分が別れの悲しみばかりに浸って気づくのに遅れた。マットだってウィルとはしばしの別れだ。二人が睦まじいのは、ルヴェラに暮らしてわたしもよく知る。辛さは同じだ。


彼の前で涙を見せるのはみっともない。


胸に空いた穴のような虚無感はすぐには消えない。でも、ただ王子の帰りを待つだけの日々は過ごしたくない。無事を祈りつつも、ルヴェラの地で何かしたい。


マットは管理能力を買われ、隊の後方の仕事を請け負っている。王子の側で彼を常に守り支えるウィルのパートナーが、離れた基地では任務を違う形で支えている。それはとてもいい関係に思えた。


わたしも何か、見つけたい。


「あの、こんなときにお話しするのは申し訳ないのですが...」


マットが言い辛そうに切り出したのは、タタンの話だった。


わたしが去り、タタンでは新領主赴任に先行して、邸からの指示で鉱山開発が始められた。それはひと月も前の話だったという。


ならば、わたしたちがルヴェラに移ってからのことだ。


「覚えておいででしょうか? ルビ山の鉱山開発に関してウィルの助言で、彼の父上に再調査をお願いしていた件です」


「ええ。ウィルのお父様が鉱山開発に詳しいのよね。それで、もう一度調べてくれるって」

「はい。調べてもらったのですが…」


マットは表情を曇らせながら、


「一次の採掘で出た貴青石の欠片は、別な場所から持って来たものを山からの掘削で出たように見せたものだと知らせてくれました。そのように貴族をだます輩も横行しているようで...」


「え」


では、わたしはだまされていたということ? ルビ山から貴青石は出ない?


「鉱脈はないようです」


王子から多額の資金を融通してもらっている。それが今もタタンで流用されていたら、と背筋が寒くなる。


「アリヴェルからの資金はまだタタンに残っているの?」

「ご安心下さい。再調査をお願いする時に、安全第一とウィルを通じて一旦お返ししました」

「ありがとう、よかった」


思わずマットに抱きついた。優し気で愛らしい少年のような面影もあるのに、機を見るに敏で有能だ。王子の右腕を務めるほどのウィルは、そんな意外性にも引かれているのかもしれない。


「わたしだからいいですが、あまりこのような...」

「あ、ごめんなさい」


ウィルと公然の仲のマットなら妙な噂も立たないが、王子の留守にその妃が別な男性と親密な素振りは確かによくない。身を律しないと。


マットは続ける。


「ウィルの父上のその知らせは、わたしを通じてのものになっていました。ですので、その結果がタタンには届いていなくて、あちらは新領主様のご意向で大掛かりな採掘を始められてしまいました」


「あ」

「かなりの出費と思われます」


それが、すべて無駄になるのだ。マットの渋い顔もわかる。


もちろん彼が悪いわけではない。


実家に責められるのはきっとわたしだ。あれだけ鉱山開発の展望を盛って話したのだもの。それだって、悪気があったのではなく、単純に父にタタンを売ってほしくないがためだった。


何を企んだのでもない。


けれど、自分の行いが父や継母たちにとって大きなあだになってしまった。


わたしがどんな表情をしたのだろう。マットが慰め声で言う。


「仮に、ダーシー様が何をおっしゃっていたとしても、鉱山開発をお止めになることはなかったと思われます」


マットの言いたいことはよくわかる。その通りだと思う。止めていたとしても、それをその意味のまま取ってくれはしない。わたしがタタンを追われた腹いせに、彼らの鉱山開発での成功を阻もうとしていると考えたに違いない。


話が通じないほど、わたしと実家との距離は遠い。事実、父へ王子との結婚を知らせる手紙を送ったが、返事もないのだから。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。 前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。 婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。 国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。 無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。

処理中です...