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21.王都への旅立ちの朝

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婚儀を前に客が増えた。


王子に代わって祝賀を受けることも多い。タタンからも、使用人を代表してジュードが訪れてくれた。これは王子が密かに招いたようで、うれしかった。


「領主様が王都へ召喚なされたのをご存知ですか? 奥様を残されて慌てて旅立たれました。召喚の理由もわからず、セアラ様は取り乱されていらっしゃいます」


「そう」


おそらくビラの件だ。ダリルが調べさせ、子爵の手配によるものだと判明したのだ。


誰もわたしに知らせてくれなかった。処分の止めようがなかったからに違いない。


王子の直轄領で触れと偽って流言を行った。この地では大きな罪らしい。ルヴェラの法を犯したのなら、わたしも斟酌してもらえるなどと思わない。


ジュードには出産間近のマリアや他の者たちの分も含め、手土産をたくさん持たせた。


いよいよ王都での婚儀のため旅立つ日を迎えた。城を預かるダリルは残り、近衛隊の警護を受けながらの旅となる。


貴族の館に宿を取りつつ進む、馬車での優雅な旅と考えていたのに。王子の一声で、騎馬でのものとなった。


「ぬるぬる行くのは好きじゃない。ダーシーも野営は向いている」


彼の意向には従うが、婚儀の前まで荒行めいた旅をしたがる趣味が不思議だ。


ウィルがこっそり教えてくれた。


「アリヴェル殿下は馬車にお酔いになるのです。騎馬の旅がお好きなのはもちろんですが」

「そうなの?」


青のマントをなびかせて颯爽とあちらを歩く王子を見て、おかしくて頬が緩む。


何でも得意な人に思っていたのに。乗り物酔いをするなんて。可愛い。


城の前で出立の見送りを受けた。ダリルを筆頭に多くの使用人たちが居並ぶ。


彼はうなずき、わたしは軽く手を挙げた。隊の待つ基地まですぐだ。王子と手をつなぎ階段を下りる。その途中で声がした。


「ダーシー!」


呼ぶ声は女性のものだ。


目をやると、ドレスの女性がこちらへ急ぎ足でやって来る。凝らして見て、それが義姉のセアラだと気づく。


どうしてここに?


歩が止まる。王子も足を止めた。セアラがわたしに駆け寄った。


「ねえ、ダーシー。助けてちょうだい!」


彼女はすがるようにわたしの手をつかむ。髪が乱れ、しっかりと施す化粧が汗でところどころ崩れている。


「主人が大変なの!」

「セアラ…」


彼女に応じる前に王子の手が伸びた。わたしの胸の前に腕を出して制止する。


「下がれ、女」


低い声で王子が命じた。セアラはレディだ。その彼女を女呼ばわりする彼にたじろいだ。


「下がれ」


再び王子が告げる。鋭い声におずおずとセアラがわたしから離れた。


「拝跪せよ」


セアラを見下ろし、彼は傲然と言い放った。うろたえた彼女がわたしを見た。目が泳ぎ、怯えた表情をしている。


「我が妃に拝跪せよと言っている」


声の威厳に、セアラは崩れるようにひざまずいた。彼はわたしの手を取り、その彼女の前を通り過ぎて行く。


数歩進んだところで、わたしは振り返った。


「振り返るな」

「でも…」

「僕の妃なら無礼を許すな。君は王家の人間だ」


よく知る王子ではなかった。選ばれた者のみがまとう厳かな覇気を感じた。逆らいがたい冷徹な威圧感だ。


「ターリオン家の者は侮りを許さない。奪われた誇りは倍にして取り返せ」


彼の側で歩を進めながら、瞳に涙がにじむ。自分の不甲斐なさや切り捨てて過ぎ去ったセアラへの感情、違った彼への畏敬の思い。それらが胸で混じり合い、涙になってあふれてくる。


つないだ手を彼がぐっと引いた。それで身体が彼に傾く。


「君が出来ないなら、僕がやる」


頬を伝う涙を指でぬぐうと、王子に肩を抱かれた。


近衛兵団の基地では騎馬隊が並び、出立の号令を待っている。泣き止めないわたしを王子が胸に抱いて、泣かせてくれた。


「しばらく僕と相乗りをするか?」


彼の気遣いにわたしは首を振った。馬に負担のかかる相乗りを、王子は嫌う。殊に旅では決してしないのを知っているから。


これ以上彼に甘えていたくなかった。


首のスカーフで粗く顔をぬぐった。自分の馬の手綱を受け取り、王子に倣って乗馬する。


隊のおびただしい騎士たちの青の海に埋まる感覚は、知っているはず。慣れているはず。


なのに、この朝馬上の高みから見るそれは、これまでと違う光景に思えてならない。


これまでの部外者の立ち位置ではなかった。わたしは彼の妃で、婚儀のため王都に向かう。隊の中央に彼と並ぶ。


王子が片手を上げ、静かに下す。ウィルの号令が響き、先導の騎馬隊が走り出した。後続が流れ、その後で王子が馬の腹を蹴った。


並ぶわたしをちらりと見て、すぐに目を戻す。


「ダーシー様、殿下のすぐお後を行かれて」


ウィルの促す声に、わたしも駆け足を始めた。


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