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23.ガラスの靴をはいた日
しおりを挟む婚儀は王宮の正殿で執り行われた。諸侯は元より、外国からも披露に招かれた客人が、回廊にまであふれた。
わたしは白い総レースのドレス。髪がそろう肩からはマントが流れている。
王子は肩章を付けた詰襟の最礼装に白いマントを羽織る。まぶしいほど素敵だった。
瞳が離れない。もう一度彼に恋する自分を感じた。
王宮が所有する魔女の祝福により、わたしは祭壇で待つ王子に引き合わされる。王子からティアラを冠してもらい、儀式が終わった。
花吹雪が舞い、楽の音が優雅に流れる。人々のさんざめき、拍手、笑顔があたりに満ちた。
祝福を受けながら、王子と手をつないで歩く。
ふと、彼がわたしにささやいた。
「すごくきれいだ」
「…短い髪でティアラに合うかしら?」
「何を悩むんだ、きれいじゃないか」
「あなたが素敵だから、見劣りするのじゃないかと不安なの…」
「僕が愛しているんだ。それがすべてだ」
「え?」
「聞こえているくせに」
「もう一度言って。お願い」
「愛している」
「初めの言い方が好き」
「いい加減にしろ」
王子は照れてそっぽを向いた。甘い言葉を口にするのが苦手な人だから。
居並ぶ諸侯に混じり、ハクの姿が目に入る。彼女は指をくるりと回し、ふっとそこに息を吐いた。一瞬で虚空にたくさんの小鳥が現れ、旋回して消える。
彼女なりのお祝いなのかもしれない。
鳥の出現で人々の視線が空に向いたそこに、続いてオレンジ色にたなびく雲だ。吉兆のドラゴンの吐息に歓声が上がる。
王家の婚儀は祭礼だ。露台から通りを埋めつくす市民の姿が目に入った。
つないだ彼の手を唇に当てた。
「アリヴェル、あなたを愛しているわ」
彼はわたしのつむじあたりに口づける。
「うん、知ってた」
王宮には地下にドラゴンの廟がある。王子が案内してくれた。
祭壇の組まれた石壁に大きな爪が埋め込まれていた。
「王宮の礎だ。この奥に全体が眠っている。初代の王は騎乗し、戦ったらしい」
「ドラゴンに乗るの?」
「そう。自在に滑空しながら攻撃する。ドラゴンは火を吐くだろう。最強だ」
王子は目を輝かせて語る。
ルヴェラのドラゴンの森の化石より迫力がありリアルだった。これを見慣れていたら、ドラゴンの存在を今もどこかに信じていたくなる。
卵の化石もそばに安置されてある。三つ並んで美しい金の箱に納められていた。
促されて、手を触れてみる。
何の反応もない。王子はちょっと落胆したようだった。少年の頃から眺めて来たそれが孵るのは、彼には大きな夢のはず。
「無理なのか…」
「ねえ、考えてみて。この卵を孵すのはわたしではないの。別の王族の誰か。その人の守りになるべきなのじゃない?」
「ああ。そうか、君はもうドラゴンを持っている」
彼は納得してうなずいた。
地下から上がると、小さな女の子と行き合った。王太子様の姫君だ。ちい姫と呼ばれている。
「ちい姫、一人でいていいのか?」
「アリー、ちい姫を抱っこして差し上げて」
彼に両手を上げてせがんだ。アリーは王子の愛称だ。王太子妃様がそう呼ばれている。
王子が姫を抱き上げ、肩車してあげた。
「あっちへ行きたいの。お水が見たいの。ちい姫をあちらへお連れ申して」
お供の言葉を真似るのが可愛いらしくておかしい。
可愛いわがままにつき合い、王子は言うがまま歩かされる。その様子は、親子というよりはまさに叔父と姪、または年の離れた兄妹だ。
彼と親密になる前から、わたしは子供がほしかった。結婚はしなくても子供だけは望んでいて、養子を迎えることも真剣に考えていた。
ちい姫と遊ぶ彼を見て、彼との子がほしいと強く思った。いつか、近い将来に二人の子が持てたらうれしい。
と、そこへ王太子様がちい姫を探しに来られた。砕けた彼とは違い、シャツのタイをきちんと結ばれて、すっきりとした装いだ。
わたしは少し下がり、膝を折って礼をとった。
「アリヴェルと遊んでいたのか。昼寝をしないと乳母に叱られるぞ」
王子から姫を受け取り、抱かれる。普段からそうされているのがわかる、慣れた仕草だ。
「大筒の試作が出来た。内庭に来い。わたしも後で行く」
「わかった、行く」
「ダーシー、悪いが少しアリヴェルを借りるよ。そう、グィネスが君と話したいと言っていた。またつき合ってやってほしい」
「ありがとうございます」
わたしに微笑んで去って行かれた。端正なだけでなく、お優しさがにじむ素敵な殿方だ。
「兄上の前だと、女はみんなそんな顔をする。まぶしいものを見るような」
王子のむすっとした声だ。
思わず頬を手で抑えた。王太子様の優美なお姿に、ちょっぴりうっとりとなった自覚はある。
強引に壁に彼がわたしの背を押し当てた。ここは大きな廊下で、人がよく通る。彼の肩の向こうで誰かがお辞儀をして通り過ぎた。そんな場所で無頓着に口づける。
彼がやんわりとわたしの唇を噛んだ。
「続きは後で」
瞳が絡む。
あなただってまぶしい。
「…うん」
用のある彼とそこで別れた。
王宮での彼との時間は夢のようだ。胸をときめかせたおとぎ話の日々が、ここにはあった。
「めでたしめでたし」でおとぎ話は永遠を迎えて終わるが、わたしたちには続きがある。
滞在を終えれば、彼はまた遠征の旅に出る。彼の妃であることは、寂しさに耐えることだ。
もし、小さなアリヴェルがいたら、と夢想する。
「子供にかまけて、僕を二番目にするのか?」。そんなむっつりとした声が返りそうだけれども。
小さな彼を待たずに、帰れば計画を進めようと決めている。それは孤児の家だ。ルヴェラは豊かな土地ではあるが、孤児もいる。可哀想な子供を集めて養育したい。
宿舎や学びの場も建てる。彼らに温かな生活の場を提供したいのだ。
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