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穴の意味
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しおりを挟むドリトルン家を訪ねるにあたり、ロエルは父に一言あるべきだと思った。事態がどう展開するかわからないが、アレクジア公爵家に被害が及ぶことも考えられた。
「話したいことがあるんだ」
ロエルの言葉に公爵は新聞から目を上げた。息子の表情に何を悟ったのか、側の椅子を示し掛けるように勧めた。
ロエルは座ったが父の眼差しに言葉を言いあぐね、唇を噛んでまた立ち上がった。それを父は少し笑って眺めている。
「話したいのじゃないのか?」
「……ある人を助けたいと思っている。でもそうすることで、邸に迷惑が及ぶかもしれない。それを了承してほしい。だから先に謝っておきたいんだ」
「深刻そうだな。とにかく掛けなさい。落ち着かないから」
再び座ったロエルがこの後ドリトルン家を訪ねることを伝えた。アリスの存在と彼女が陥っているだろう困難を説明した。
「あの姫ならお前の母上も親しい。だが、お前が出ていかなくとも、人を遣るなり穏当な方法を取るべきだと思うがね。誰かに頼まれでもしたのか?」
「いや、僕がそうしたいだけだ。アリスには僕しかいない。とても放って置けない」
そこで公爵は膝の新聞をぽんと傍に放った。息子へ身を乗り出す。
「発言に深い意味を感じたが、説明してくれないか。アリス姫は人妻だと聞いている」
「……それを謝りたいんだ。何か不名誉な風評があるかもしれないから」
「お前の行為自体が不名誉だよ」
公爵は天を仰ぐような仕草を見せた。呆れたように首も振る。ロエルは父に頭を下げた。
「母上は知っているのか?」
「まだ伝えていない。必ず説明はする」
「あの人は勘がいいから案外気づいているかもな……。それでどうするつもりなんだ? 姫を救っても結婚は出来ないぞ。不在とはいえ夫がいる身だ」
「クリーグスで暮らしたいと考えている。王都を出れば多少噂も和らぐだろうから。ドリトルン家で何があったの不明だが、長く外部と遮断されているのは軟禁状態にあるということだ。ここに及べば、もう彼女も家を出ることを承諾して下さると思う」
「簡単にいいとは言えんな」
父の渋い顔にロエルはやや目を伏せた。ここに至った現実に申し訳なさを強く感じた。期待を掛けられた唯一の男子で、それがあるからゆえに自由を与えられてきた。彼の選択が父にこんな顔をさせるのなら、信頼への大きな裏切りなのだと思う。
決断したことでそこに揺らぎも悔いもない。しかし母に話すことを思うと、今から気が滅入った。
「不道徳を貫いておいて、こちらの被る悪評のために前もって詫びているのだから質が悪い」
「申し開きもない。身勝手はよくわかっている」
「……姫は離縁はご無理なのか? その後なら問題ないだろう」
「彼女は養子を育てていて、その子がドリトルン家の当主に就いている。離縁すると親子関係が消滅するんだ。アリスはあの子を手放せないから離縁は無理だ。夫も国外にいて話もできない状態にある」
「だから、その子ごと引き取るというのか……」
ロエルは頷いた。
父は吐息の後で小さく首肯した。納得し賛成したのではなく事実はそうとして受け入れた、という体だ。耐えて何かを飲み込んでくれた父に、彼はもう一度頭を下げた。
「自分の義務は果たす。それは信じてほしい」
「……こちらの無理を強いて、お前に猟銃を抱えられたくもないからな」
公爵の友人の子息が親の強いた結婚による家庭不和を苦に猟銃自殺を図ったことは、ロエルは知らない。父の呟きの意味が知れず、ロエルは怪訝な顔をした。
「しかし、変なところが似るものだな。私も結婚には猛烈な反対を受けた。親の意に染まぬ婦人に惚れるのがアレクジアの血なのかも知らん」
「反対されてどうしたの?」
「お前と一緒で母上を取ったよ。廃嫡にすると脅されたが出来ない事情も承知だし、そのうち折れると放っておいた」
父の言葉と似た思考を辿っていたことで、ロエルもややばつが悪くなる。
「昼食の後で私から母上にとりあえず話しておく。お前の説明はその後でいい」
「ありがとう」
話を終えて彼は居間を出た。廊下で行き合った従僕が知らせを持って来た。彼に客人があるという。
「誰?」
「お小さいお子様で、ロフィ・ドリトルンと名乗られました。今お玄関にいらっしゃいます」
その名はアリスの養子に違いない。なぜ彼を訪ねてきたのかわからず、混乱したまま玄関に走った。
玄関ホールには小姓見習いの制服を着たロフィがちんまりと立っていた。広さの中でその幼さが際立って見える。ロエルが駆け寄るとロフィは大事そうに持っていた手紙を彼に手渡した。
「ロエル様にお届けするように頼まれました」
「アリスから?」
「違います。ミントです」
アリスではなくミントが手紙を寄越す理由が不気味で、怖かった。彼は軟禁状態にあると見ていたが病を患ってしまっていた可能性もある。
(それが篤くなって……)
しかし、幼いロフィを彼への使者にする理由にはならない。ロエルは封を切り手紙を広げた。
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