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第15話:なかなおり
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「あ、うん。無理だね――どわぁっ!」
体勢を整えた一番近くのゴーレムが、丸鋸を振り下ろした。凶刃が目の前を通り抜けるのを見て、息が詰まる。明里の桃色の髪の一部が切断され、ひらひらと宙を舞った。
明里は避けた勢いで後ろに飛びのきながら、天音と合流した。
「ねぇー! あれどうすんの!」
「知りませんよ! こんな下層には来たことがないんですから!」
ガタンガタンとうるさい足音を立てながら走ってくるゴーレムを後ろ目で確認しながら、二人は叫んだ。
身のこなしは悪くとも、スピードは速い。油断していると追いつかれそうな速度だった。
「もー! どうにかしてよー!」
「あなたが大声出すからこんなことになったんでしょう! あなたが考えてください!」
「そんなこと言ったら、もとはといえば天音ちゃんが説明しなかったのが悪いんでしょ!」
鉄の足音が響く中、二人は責任の押し付け合いを始めた。
「そ、それは――いや、でもあなたが最初にトラップに引っかかったのだって――!」
仲良く口論をしながら、二人はどことも知れぬ下層を駆けまわる。右へ曲がり、左へ曲がり、直線を走り……
道中で遺跡らしき場所も見かけるが、そこに逃げ込んだところでどうにかなるとは思えなかった。どこもかなり天井が高く、敵も悠々と通り抜けられてしまうほどだったからだ。
走る中、天音は二人の等身大より少し大きい程度の高さの扉を見つけた。しかし、その扉には鍵穴があった。開いていれば逃げ込めそうだが、開いていない以上はどうにもならない。
(ただの扉だったらどれだけ嬉しかったこと――)
しかし、その鍵穴をよく見ていると、天音はあることに気がついた。その鍵穴は、最初に通った鍵付き扉と同じものだったのだ。
後ろを振り向いてみると、まだ敵は遠くの場所に居た。時間の猶予はある。
「明里さん! 鍵はありますか! それをあの扉に!」
「あるけど……!」
「いいから早く!」
狼狽える明里に、天音は落ち着きのない様子で言う。
「わかったって! 急かさないで!」
文句を言いながら、素早い動きで扉の前に立ち、鍵を挿し込んでいた
しかし、焦っているのかうまく回らない。
「ちょっと! なんで!」
「――ああもういい! 私がやります!」
天音が横から入り、無理やり鍵を奪い取って回した。
「あちょっと何するの!」
「あなたが遅いのが悪いんです!」
二人が喧嘩している間に、エンジン音は段々と近づいてくる。
天音は後ろをちらちらと見ながら、その扉が開くのを今か今かと待ち望んでいた。
そして、ゴーレムの丸鋸が二人に降り注ぐより先に扉は開いた。
「お先!」
「あずるいですよ!」
明里が転がり込み、さらに天音も追従するように入る。
中は暗かったが、二人が入ると同時に照明が付き、視界が開けた。内部は小さな一つの部屋のようだった。
一拍置いて、入り口の方からまるで工事音のようなけたたましい音が鳴り響いた。
まさかこじ開けてくるのか、と二人は背筋を凍らせ、バッと振り返る。
そこには、入り口の前で突っ立っている四体のゴーレムの姿があった。外では火花が散っているが、こじ開けるには馬力が足りないらしい。
「ふぅ……これで……ようやく撒けた……」
「はぁ、はぁ……これで……安全ですね……」
二人して息切れしながら、地面にへたり込む。同時に、二人のスキルの効果は消え、普通の人間に戻っていく。
騒がしい心臓の鼓動を落ち着かせながら、二人は息を整える。
しばらくすると、ドリルの音は止み、エンジン音も遠くなっていった。
「……さて、それじゃあ出口を探しましょうか」
「ちょっと! ちゃんと説明してって言ったこと、忘れたわけじゃないよね?」
明里は目を光らせ、立ち去ろうとする天音を引き留めた。
「べ、別に忘れていたわけでは――」
「でも私は忘れてないから。もしかしてそれぐらい私がバカだと思ってたってこと? でも残念でしたー。私はそんなにバカじゃありませんー」
天音の言葉を遮り、明里は言う。口を尖らせて言うその姿は、まるで幼い子供のようにも見えた。
「そ、そこまでは言ってないでしょう? どうしたんですか急に――」
「うるさい! バカアホボケ! 頑固頭!」
驚く天音の言葉に被せるように、稚拙な暴言を浴びせる。
「はぁ? 小学生じゃないんですから、もう少しまともな言葉を使いましょうよ」
急に態度を変えた明里に対して、天音は眉を寄せる。
「うるさいって言ってんの! バカなもんはバカだもん! 天音のバカ!!!」
しかし、明里は続けて罵倒する。
「だから――ああもう! バカなのはあなたの方でしょう!」
そしてついに、天音も思わず売り言葉に買い言葉で言い返してしまう。
「あーついに言ったね!? でも勝手に一人で悩んでうじうじしてるあんたの方がバカだもん!」
「っ、それでも考え無しに行動するだけじゃ何も起きないですか! 私は考えてるんです!」
痛いところを突かれた、と言わんばかりに顔を歪ませ、それでもまだ理性的に反論する天音。
「じゃあ頭でっかち!」
「じゃああなたは頭空っぽです!」
しかし、天音の理性はすぐにギブアップしてしまったらしい。
「空っぽの方が軽くて速くて強いもん!」
「軽くて速いより、遅くても間違えない方が強いんです!」
「ぐぬぬ……」
「むむむ……」
両者言葉も出なくなって、ただ睨み合う。
ややあって、耐えられなくなったかのように、明里がぷっと吹き出した。
「あっははは!」
「どうしてまた急に笑ってるんですか!」
急に笑い出す明里に、天音は大声を上げる。しかし、その言葉も聞かず、明里はひぃひぃ言いながら腹を抱えていた。
「だって……天音ちゃんが小学生みたいなこと言ってて……」
「いや、それはあなたが発端で……」
「でも、そんなこと言うなんて思ってなかったから」
そうやって、どうでもいいことでずっと面白そうにする明里。そんな彼女を見ていると、天音は急に昔のことを思い出した。
自分の責任とか、仕事とか、そういうことを考えず、ただ楽しく過ごしていたずっと昔の自分のことを。
自分が常にリーダーであると誤認して、大人であらねばならないと思い始めたのはいつ頃だろうか。
中学生のとき、先生から進められて生徒会長になったときからだろうか?
天音が気がついたら失ってしまっていた子供心というものを、明里はまだ持っていたのだ。
「そっちもちょっと笑ってるじゃん……」
天音のそんな感情が顔に出ていたのだろうか。涙を軽く拭いながら、明里は指摘した。
「こ、これはその……」
気がついて、口元を隠す天音。
「あははっ! もう隠しても遅いって!」
そんな天音の顔を見て、明里はさらに笑う。
「ふふっ、私の顔見て笑わないでくださいよ……」
それから、天音も耐えられなくなったかのように笑い出す。
しばらくの間、二人は笑い合っていた。
「はー、面白かった……」
それから、落ち着いた明里が言った。
「ほんとう、バカみたいですね」
言葉とは裏腹に、表情は晴れやかだった。
「よかった……天音ちゃんも私と同じように、普通に笑えるんだね」
「――ふふっ、ちょっと変な響きですね」
微笑んで、答える。おかしな言葉だったが、バカにはしなかった。
それから、天音は息を吸って、こう言った。
「ごめんなさい。私が間違っていました。確かに生きることは大事ですが――それでも、あなたと、あなたの感情を軽視していました。申し訳ないです」
「うんうん、ほんとだよ。これからは気をたまえよ、天音くん」
少し冗談っぽく笑いながら、天音の頭をコツンと小突いた。
「……本当にごめんなさい」
頭を下げたまま、再度謝った。
「い、いや、そこまで気にしなくても……一回謝ったんだし」
明里はそれに対し、困った様子で返す。明里としては、一度謝ってくれたし、これ以上気にする気はなかった。それに、変に引きずられる方が面倒だと彼女は思っていた。
「そ、そうですか?」
不安げに顔を上げる天音。
「もう大丈夫だよ。逆にキレイさっぱり忘れてくれたほうが助かるし」
「分かりました――ありがとうございます」
唇を噛んで、天音は笑った。
「それで、これからどうするの?」
「そうですね……出口を探すのは必要ですし、そうしましょう。ここがどこなのかは分かりませんが、とりあえず安全みたいです。警戒しつつ、探索しましょう」
「りょうかーい」
どうやら、ここは遺跡の一部のようだ。 全体としては、体育館の音響機材部屋に、ディスプレイを足したような見た目だった。
無機質な床に、動いている様子のない大きなディスプレイ。キーボードのような機械。
他にもタンスのような引き出しや、何かの箱もあったが、どれも開かなかった。
「ねーなにこれ! 全部開かないじゃん……ダンジョンの風上にもおけないヤツだね!」
「あはは……このダンジョンの下層はそういう傾向が強いらしいですからね。だからこそ、何か持ち帰れた場合には一攫千金もできるわけですが」
青幻学園がこのダンジョンを占領し、大学の人間も派遣して研究しているのはそのためだった。
しかし、どうやらここは未探索の場所だったらしい。荒らされた痕跡はなかった。
「それに、さっきのロボもなんであんな壊れた状態で沢山出てくるのさ……完全体だったら仲良くできたかもしれないのに」
「それはダンジョンがコピーしたからでしょう」
「コピー?」
「はい。別世界におけるこの遺跡は、崩壊寸前だったのかもしれません――それをコピーしたから、このような形になったのかと」
「ふーん……変な話だね」
明里はあまり納得いかなそうな様子で質問する。
「まあ、まだ研究段階ですからね」
そうして二人は辺りを探索したが、結局見つかったのは、二つの同じアーティファクトと、鍵付きの扉だけだった。
「これは……何?」
それは小さな白い筒状のアイテムで、切れ目がついていた。
明里がそれをぐっと引っ張ると、中から口紅が出てきた。
「口紅……ですかね?」
天音も持っていた同じアーティファクト、もとい口紅を開く。
「だね……なんなんだろ? これ」
二人して唸っていると、天音がこう提案した。
「とりあえず持って帰りましょうか。連理さんなら何か分かるかもしれませんし」
「あ、確かに。じゃあ――あとは扉、かぁ」
振り返り、呟いた。明里にとって、鍵付き扉にあまりいい思い出はない。
あまり乗り気にはなれなかった。
体勢を整えた一番近くのゴーレムが、丸鋸を振り下ろした。凶刃が目の前を通り抜けるのを見て、息が詰まる。明里の桃色の髪の一部が切断され、ひらひらと宙を舞った。
明里は避けた勢いで後ろに飛びのきながら、天音と合流した。
「ねぇー! あれどうすんの!」
「知りませんよ! こんな下層には来たことがないんですから!」
ガタンガタンとうるさい足音を立てながら走ってくるゴーレムを後ろ目で確認しながら、二人は叫んだ。
身のこなしは悪くとも、スピードは速い。油断していると追いつかれそうな速度だった。
「もー! どうにかしてよー!」
「あなたが大声出すからこんなことになったんでしょう! あなたが考えてください!」
「そんなこと言ったら、もとはといえば天音ちゃんが説明しなかったのが悪いんでしょ!」
鉄の足音が響く中、二人は責任の押し付け合いを始めた。
「そ、それは――いや、でもあなたが最初にトラップに引っかかったのだって――!」
仲良く口論をしながら、二人はどことも知れぬ下層を駆けまわる。右へ曲がり、左へ曲がり、直線を走り……
道中で遺跡らしき場所も見かけるが、そこに逃げ込んだところでどうにかなるとは思えなかった。どこもかなり天井が高く、敵も悠々と通り抜けられてしまうほどだったからだ。
走る中、天音は二人の等身大より少し大きい程度の高さの扉を見つけた。しかし、その扉には鍵穴があった。開いていれば逃げ込めそうだが、開いていない以上はどうにもならない。
(ただの扉だったらどれだけ嬉しかったこと――)
しかし、その鍵穴をよく見ていると、天音はあることに気がついた。その鍵穴は、最初に通った鍵付き扉と同じものだったのだ。
後ろを振り向いてみると、まだ敵は遠くの場所に居た。時間の猶予はある。
「明里さん! 鍵はありますか! それをあの扉に!」
「あるけど……!」
「いいから早く!」
狼狽える明里に、天音は落ち着きのない様子で言う。
「わかったって! 急かさないで!」
文句を言いながら、素早い動きで扉の前に立ち、鍵を挿し込んでいた
しかし、焦っているのかうまく回らない。
「ちょっと! なんで!」
「――ああもういい! 私がやります!」
天音が横から入り、無理やり鍵を奪い取って回した。
「あちょっと何するの!」
「あなたが遅いのが悪いんです!」
二人が喧嘩している間に、エンジン音は段々と近づいてくる。
天音は後ろをちらちらと見ながら、その扉が開くのを今か今かと待ち望んでいた。
そして、ゴーレムの丸鋸が二人に降り注ぐより先に扉は開いた。
「お先!」
「あずるいですよ!」
明里が転がり込み、さらに天音も追従するように入る。
中は暗かったが、二人が入ると同時に照明が付き、視界が開けた。内部は小さな一つの部屋のようだった。
一拍置いて、入り口の方からまるで工事音のようなけたたましい音が鳴り響いた。
まさかこじ開けてくるのか、と二人は背筋を凍らせ、バッと振り返る。
そこには、入り口の前で突っ立っている四体のゴーレムの姿があった。外では火花が散っているが、こじ開けるには馬力が足りないらしい。
「ふぅ……これで……ようやく撒けた……」
「はぁ、はぁ……これで……安全ですね……」
二人して息切れしながら、地面にへたり込む。同時に、二人のスキルの効果は消え、普通の人間に戻っていく。
騒がしい心臓の鼓動を落ち着かせながら、二人は息を整える。
しばらくすると、ドリルの音は止み、エンジン音も遠くなっていった。
「……さて、それじゃあ出口を探しましょうか」
「ちょっと! ちゃんと説明してって言ったこと、忘れたわけじゃないよね?」
明里は目を光らせ、立ち去ろうとする天音を引き留めた。
「べ、別に忘れていたわけでは――」
「でも私は忘れてないから。もしかしてそれぐらい私がバカだと思ってたってこと? でも残念でしたー。私はそんなにバカじゃありませんー」
天音の言葉を遮り、明里は言う。口を尖らせて言うその姿は、まるで幼い子供のようにも見えた。
「そ、そこまでは言ってないでしょう? どうしたんですか急に――」
「うるさい! バカアホボケ! 頑固頭!」
驚く天音の言葉に被せるように、稚拙な暴言を浴びせる。
「はぁ? 小学生じゃないんですから、もう少しまともな言葉を使いましょうよ」
急に態度を変えた明里に対して、天音は眉を寄せる。
「うるさいって言ってんの! バカなもんはバカだもん! 天音のバカ!!!」
しかし、明里は続けて罵倒する。
「だから――ああもう! バカなのはあなたの方でしょう!」
そしてついに、天音も思わず売り言葉に買い言葉で言い返してしまう。
「あーついに言ったね!? でも勝手に一人で悩んでうじうじしてるあんたの方がバカだもん!」
「っ、それでも考え無しに行動するだけじゃ何も起きないですか! 私は考えてるんです!」
痛いところを突かれた、と言わんばかりに顔を歪ませ、それでもまだ理性的に反論する天音。
「じゃあ頭でっかち!」
「じゃああなたは頭空っぽです!」
しかし、天音の理性はすぐにギブアップしてしまったらしい。
「空っぽの方が軽くて速くて強いもん!」
「軽くて速いより、遅くても間違えない方が強いんです!」
「ぐぬぬ……」
「むむむ……」
両者言葉も出なくなって、ただ睨み合う。
ややあって、耐えられなくなったかのように、明里がぷっと吹き出した。
「あっははは!」
「どうしてまた急に笑ってるんですか!」
急に笑い出す明里に、天音は大声を上げる。しかし、その言葉も聞かず、明里はひぃひぃ言いながら腹を抱えていた。
「だって……天音ちゃんが小学生みたいなこと言ってて……」
「いや、それはあなたが発端で……」
「でも、そんなこと言うなんて思ってなかったから」
そうやって、どうでもいいことでずっと面白そうにする明里。そんな彼女を見ていると、天音は急に昔のことを思い出した。
自分の責任とか、仕事とか、そういうことを考えず、ただ楽しく過ごしていたずっと昔の自分のことを。
自分が常にリーダーであると誤認して、大人であらねばならないと思い始めたのはいつ頃だろうか。
中学生のとき、先生から進められて生徒会長になったときからだろうか?
天音が気がついたら失ってしまっていた子供心というものを、明里はまだ持っていたのだ。
「そっちもちょっと笑ってるじゃん……」
天音のそんな感情が顔に出ていたのだろうか。涙を軽く拭いながら、明里は指摘した。
「こ、これはその……」
気がついて、口元を隠す天音。
「あははっ! もう隠しても遅いって!」
そんな天音の顔を見て、明里はさらに笑う。
「ふふっ、私の顔見て笑わないでくださいよ……」
それから、天音も耐えられなくなったかのように笑い出す。
しばらくの間、二人は笑い合っていた。
「はー、面白かった……」
それから、落ち着いた明里が言った。
「ほんとう、バカみたいですね」
言葉とは裏腹に、表情は晴れやかだった。
「よかった……天音ちゃんも私と同じように、普通に笑えるんだね」
「――ふふっ、ちょっと変な響きですね」
微笑んで、答える。おかしな言葉だったが、バカにはしなかった。
それから、天音は息を吸って、こう言った。
「ごめんなさい。私が間違っていました。確かに生きることは大事ですが――それでも、あなたと、あなたの感情を軽視していました。申し訳ないです」
「うんうん、ほんとだよ。これからは気をたまえよ、天音くん」
少し冗談っぽく笑いながら、天音の頭をコツンと小突いた。
「……本当にごめんなさい」
頭を下げたまま、再度謝った。
「い、いや、そこまで気にしなくても……一回謝ったんだし」
明里はそれに対し、困った様子で返す。明里としては、一度謝ってくれたし、これ以上気にする気はなかった。それに、変に引きずられる方が面倒だと彼女は思っていた。
「そ、そうですか?」
不安げに顔を上げる天音。
「もう大丈夫だよ。逆にキレイさっぱり忘れてくれたほうが助かるし」
「分かりました――ありがとうございます」
唇を噛んで、天音は笑った。
「それで、これからどうするの?」
「そうですね……出口を探すのは必要ですし、そうしましょう。ここがどこなのかは分かりませんが、とりあえず安全みたいです。警戒しつつ、探索しましょう」
「りょうかーい」
どうやら、ここは遺跡の一部のようだ。 全体としては、体育館の音響機材部屋に、ディスプレイを足したような見た目だった。
無機質な床に、動いている様子のない大きなディスプレイ。キーボードのような機械。
他にもタンスのような引き出しや、何かの箱もあったが、どれも開かなかった。
「ねーなにこれ! 全部開かないじゃん……ダンジョンの風上にもおけないヤツだね!」
「あはは……このダンジョンの下層はそういう傾向が強いらしいですからね。だからこそ、何か持ち帰れた場合には一攫千金もできるわけですが」
青幻学園がこのダンジョンを占領し、大学の人間も派遣して研究しているのはそのためだった。
しかし、どうやらここは未探索の場所だったらしい。荒らされた痕跡はなかった。
「それに、さっきのロボもなんであんな壊れた状態で沢山出てくるのさ……完全体だったら仲良くできたかもしれないのに」
「それはダンジョンがコピーしたからでしょう」
「コピー?」
「はい。別世界におけるこの遺跡は、崩壊寸前だったのかもしれません――それをコピーしたから、このような形になったのかと」
「ふーん……変な話だね」
明里はあまり納得いかなそうな様子で質問する。
「まあ、まだ研究段階ですからね」
そうして二人は辺りを探索したが、結局見つかったのは、二つの同じアーティファクトと、鍵付きの扉だけだった。
「これは……何?」
それは小さな白い筒状のアイテムで、切れ目がついていた。
明里がそれをぐっと引っ張ると、中から口紅が出てきた。
「口紅……ですかね?」
天音も持っていた同じアーティファクト、もとい口紅を開く。
「だね……なんなんだろ? これ」
二人して唸っていると、天音がこう提案した。
「とりあえず持って帰りましょうか。連理さんなら何か分かるかもしれませんし」
「あ、確かに。じゃあ――あとは扉、かぁ」
振り返り、呟いた。明里にとって、鍵付き扉にあまりいい思い出はない。
あまり乗り気にはなれなかった。
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