30日後に異世界転生するらしいので残りの人生楽しんでみた。

花栗 詩音

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転生までの猶予30日間スタート

転生まで残り30日

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耳元で某人気アニメのオープニング曲が爆音で流れている。
原作はネット上で執筆されていたライトノベルで、大勢の美少女と何の変哲もない平々凡々な主人公が織り成すドタバタ恋愛コメディが人気を博し、去年春アニメとして放送が開始。
在り来りな設定ながらキャラデザインの良さと作者のギャグセンスの高さ、声優の選考が功を奏して一躍社会現象にもなりかけたアニメだ。
俺は原作ファンで、もちろんリアルタイムでアニメも視聴している。
現在に至るまでシーズン3まで放送されているが、特に耳元で激しく鳴り響いているこのオープニング曲が大好きで目覚ましに設定した。
しかし、人間とは不思議なもので、どんなに大好きでも自分の睡眠を妨げるものとして認識した瞬間に好きではなくなってくる傾向にある。
俺は半分朦朧とした意識の中で携帯電話を手繰り寄せ、騒音を止めた。
さっきまで見ていたのは、夢か。
随分ラノベのような夢を見ていた、枕元を見てみると読んだまま寝落ちしたらしい異世界転生もののラノベが無造作に置かれている。
原因はコイツか…寝相のせいで折れ曲がってしまった表紙を直し、ページをペラペラと捲る。

「あ~、どこまで読んだか分からなくなったわ…」

栞を挟むのを忘れたせいでどこまで読んだか見失ってしまった。
記憶もないからまた1から読み直すのもありかもしれない。
それにしてもリアルな夢だった。結局夢の中で異世界経験はできなかったが、いつか続きが見れれば嬉しい。またあのチョロい女神にも会いたいものだ。
時計を見ると朝6時、いつもなら登校寸前まで寝たいが為にタイムリミットを設け5分ごとに鳴らすアラームの最後の1回で起きるのだが、今日は運良く1回目のアラームで目が覚めたらしい。
いつもの癖で伸びをする、朝目覚めてすぐに布団の中で両腕を伸ばして深呼吸するのが1番気持ちいい瞬間だと思う。が、手の甲に印された「30」の文字を発見して固まった。

「何だこれ…?」

こんな所に落書きした覚えはない。
しかも30って何の数字だ?

『女神メリーの名において転生時期の延長を許可します』

夢の中での女神の一言が脳裏を過ぎる。
まさか。あれは夢だったはずだ、寝ぼけて自分の手の甲に落書きしたのか?

(何を寝ぼけているんですか、現実ですよ!)

「?!?!」

脳内にあの女神の声が聞こえる、まだ寝てるのか?まさかこれも夢なのか?

(夢じゃありません!その手の甲に印された数字は円さんの転生猶予の残り日数です。説明しましたからね、後から聞いてないは受け付けません!それでは良い人生を)

「まじかよ…」

夢ではなかったのか…俄には受け入れ難いが本当に俺は異世界転生者に選ばれ30日の猶予を貰い、その印に手の甲に数字が刻まれてしまった。

「本当に消えないのか?」

ベッドから飛び起き真っ直ぐに洗面台に向かい、ハンドソープで強く擦ってみても薄くなる気配はない。どうやら、まじで現実らしい。
それにしても…

「きったねぇ字だな…」

刻まれた「30」の字は覚えたての子供が利き手とは逆の手で書くよりも下手だった。





一通りの身支度を終え、登校しようと靴を履いているとチャイムが鳴った。

「はぁい」

母さんが答えようとするが、それを制止した。

「きっと叶だから、大丈夫。いってきます」
「あっ、もうそんな時間?いってらっしゃい」

扉を開けると案の定、クラスメイトの叶が立っていた。

「円、おはー」
「おー、おはー」

気だるげな朝の挨拶。これが毎日の恒例行事。
クラスメイトの叶とはいつの間にか仲良くなっていた。
叶は顔はムカつく程整っているし、頭もいい。勉強も出来るのに重度の美少女ヲタクという「癖」を隠さないせいでクラスの女子からは残念なイケメンと認定されている。
当の俺はクラスでも全く目立たず、最初から教室の隅でラノベを読んでいるような陰キャだった訳だが、たまたま当時俺の読んでいたラノベが叶のお気に入りだったらしく声を掛けられたのが始まり。と、叶が記憶している。
それから毎日話すようになり、今では毎日一緒に登校する仲。話題は専ら、アニメかラノベについて。

「今日の朝読書何持ってきた?俺はコレに決めた!」
「え~と、妹と一緒に異世界転生したら運命の番だったので俺は兄妹をやめることにした…?初めて見るタイトルだけど…え!晴道先生の新作じゃん!」
「そうなんだよ!予約してたから手に入ったんだ、楽しみすぎてツラい」
「羨ましいわぁ、俺も予約すればよかった…店頭に全然無くてさあ」
「晴道先生の新作は予約必須でしょ」
「まあ、そうなんだけどさ」

推し作家の新作について熱く期待を語る姿はまさにヲタク。叶よ、その口を閉じればお前は既に童貞を卒業しているだろうよ。
そんなだから顔面偏差値バカ高のクセに童貞なんだぞ。
…というのは、禁句だ。

「転生といえば…俺1か月後に死んで転生することになったらしい」
「は?何言ってんの…転生もの読みすぎて妄想と現実の区別つかなくなった?重症すぎない?」
「いや、本当なんだって、コレ見てよ」

唐突すぎる説明にやはりドン引きした叶は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。言うよりも見せた方が早い。
俺は手の甲を叶に見せ、昨夜の出来事を事細かに説明した。最初はバカにした様子で聞いていた叶だが俺があまりに真剣に説明するから少しは信じてくれる気持ちになったらしい。30の文字がどうしても消えないことを確認するとひとつ頷いた。

「羨ましすぎる」
「は?」
「異世界転生確定なんてヲタクからしたら羨ましい他ないでしょ!しかも美少女女神にエンカウントしてるなんて羨ましいを通り越して恨みだわ」
「バカか?死ぬって言ってんの!」
「まあ、それは大問題だけど。てか異世界転生者選考って何?ウケる」
「立候補した覚えないのに神の決めたことだから~って言うんだよあの女神、雑すぎない?ラノベ執筆初心者でももう少し丁寧に設定練ると思うだろ?」
「確かに、でも現実は小説より奇なりって言葉もあるじゃん?円、お前は選ばれた人間なんだよ…ッ」
「笑ってんじゃねぇよ!」

本当に信じてるんだかバカにしているんだか、叶は教室に着くまで笑い続けていた。

「そうだ。今日の放課後、異世界転生シリーズ読みまくって予習しようぜ」
「お前絶対バカにしてるだろ」
「してないって、大真面目!勉強も人生も予習復習が大事って言ってたろ誰か知らんけど」
「…いや、誰も言ってねーわ」

とにかく、残りの30日。俺は人生を楽しまなければならない。その為なら目の前の腹立たしいイケメンの相手だってしてやる。
と、心の中で毒づきつつ、放課後が少し楽しみにしている自分がいた。





放課後、叶宅に集合し俺たちは叶のコレクションの中から異世界転生をテーマにしたラノベを根こそぎ取り出した。
軽く見積もって200冊以上、よくこの量をコレクションしているものだ。まだまだ所狭しと陳列している本棚を見るとラノベ(主に妹キャラが登場しがち)への本気度が伺える。
それにしても一言に異世界転生シリーズと言っても、ジャンルは様々だ。
ガチガチのバトル系からベタベタな恋愛、ちょっと変わったところだとBLもある。

「お前…これ全部読んだの?」
「もちろん、少なくとも1回以上は読んでるね」
「すっげぇな」
「1回目は全体のストーリーをザッと読む、2回目以降は伏線回収だったり小ネタを見つける感じかな。これなんか5回も読んだ」
「クラスで陰キャだった俺が異世界転生して王様になったから国ごと俺色に染めてみた…なんじゃこれ、どんな話だよ」
「転生して王様になってハーレム作る話?」
「ありがち」

ベタベタなストーリーは、何かと初見は嫌われがちだがヲタクはそれでも推し作家の作品なら読まずにはいられない。最初は「この設定既視感あるわ」と思いつつも読み進めていくうちにその世界にドップリと浸かってしまう。
冴えない主人公がハーレムを作る話なんて紀元前から存在していると錯覚するくらい何作品も読んできた。だが、それら全てに個性があって魅力的、天才作家たちに脱帽。

「ありがちな設定だからこそ読んじゃうよなぁ、俺にもいつかこういう日が来るんじゃないかって期待しない?ある訳ないんだけどさ」
「あるんだよなぁ」
「そっか、そうだった…しかも親友が主人公になるなんて奇跡か」

他人事だと思って、楽しそうにしやがって。

「俺さあ、ラノベ作家になりたいんだよ」

頁を捲っていた手を止め、叶は晴道先生の作品の3冊を手に取り、俺の前に並べた。
1番右は晴道先生のデビュー作、真ん中は初めてアニメ化した名作、左はファンの間では名作と名高いがアニメ化までに至らなかった1冊。
俺の推し作品は1番左。

「だからこんなに読み漁ってるのか」
「晴道先生の作品に出会って、人生変わった!俺も晴道先生みたいな作家になりたいって、そう思ったんだよ」
「そっか、いい夢じゃん」
「俺がラノベ作家としてデビューする作品の主人公は絶対お前にするよ」
「はぁ?なんで俺なんか…」
「30日後に異世界転生確定した主人公が残りの30日を最高の人生にする話、新しくていいだろ!」
「ウケる」
「だからさ、残りの30日死ぬ気で楽しもうぜ」
「まあ…もちろんそのつもり」

一通り雑談を終えて再び作品に意識を集中する。
細かな設定は違えど、異世界転生は突然で主人公の死亡が引き金になっている。
暗転した後気がつくと異世界に。主人公は混乱しつつ街をさ迷っていると美少女に出会う、そこから展開するストーリが王道だ。
異世界の設定は様々で異国情緒溢れる感じの描写が多い。食べ物も、通貨も異なる世界で主人公の第2の人生が面白可笑しく語られていく。
自分が転生する世界の前情報としては、
「魔獣に支配された世界」「ラスボスとして魔王が存在している」「先人たちは大方死亡」
え…楽しそうな要素ひとつも無いんですけど。絶望的な言葉しか聞かされていない。
萎える、この一言に尽きる。想像の中の異世界は異国情緒も美少女も存在するのか怪しい。そもそも俺の第2の人生、無事に生きていくことも危ういのでは?
異世界予習と勢い付いたのはいいものの、期待しすぎてしまうと現実を突きつけられた時にメンタルが終了しそうで怖い。

「どうよ?異世界転生、楽しみになってきた?」
「いや…むしろ病んだって感じ?」

「はあ?」と叶は事前に用意していたコーラを一気に飲み干し、パチンと指を鳴らした。

「ずばり!」
「ずばり?」
「現実は小説より奇なり!勉強したところで多分意味無いっしょ!」
「お前その言葉ハマってんの…?」

終わり終わり!と俺は本を纏めて抱え、本棚に戻す作業を始めた。

「ちょっと待ったぁあ!!」
「え、何よ?」
「おまっ、え、まじかよ?それでもヲタクか?!出版社順!作者ごとに分類するのが常識だろ!」

うわ、本棚キッチリ並べなきゃ発作が起きる人だ。これだけあればしっかり並んでいた方が確かに心地が良い、俺は指図されるまま所定の位置に本を戻すことにした。

「すみませんね~、これでいい?」
「良い!」
「ん…そういえば」

最後の1冊を戻そうとしてその手を止めた。ある単語が目に付いたからだ。
「精霊」主人公の絶対的な味方であったり、バフ担当だったり、絶対に欲しい存在。
次の世界には居るのだろうか。もし居たとしたら真っ先に仲間にしよ。

「なんだよ?」
「精霊仲間にしたら最強じゃね?」
「確かにバフ掛けてくれるなら仲間にして困らないだろうな」
「だよなぁ!俺ってば天才かも、真っ先に見つけるべきはバフ特化、もしくは戦闘向きの精霊!」
「でも精霊って言葉通じない設定多くない?そもそもお前の言葉が次の世界で通じる確証もないだろ」
「確かにぃ…」
「まずは世界観を掴んだ方がいいぞ。1日目は食料と寝床の確保。武器の調達以降のイベントは2日目からでいいだろ、そして1番大切なのは妹属性の美少女を仲間にすること!」

頭が良いようでしっかり気持ち悪いヲタク発言。
叶の方が異世界転生向いてるだろうな、むしろ終末世界とかでも全然生きていけそう。

「ま、参考にしとくわ」

最後の本を戻し、鞄を持って叶宅を後にした。

空を見上げると満点の星空、田舎なだけあって星が多い。
30日か、勢いで猶予が付いたことを喜んでいたがよくよく考えてみると短い。高校卒業すらできずに死ぬことになる。もちろん結婚もできないし、孫の顔を見ることもできない。
なら、俺が今1番にしなければならないことは…

「彼女…作るか、」


異世界転生まで残り29日

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