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7『あるはずのないif』
3 踏み外した道の先
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****side■黒岩(総括)
「黒岩さん、呑み過ぎですよ」
「いいだろ、たまには」
絡み酒が迷惑なことくらい黒岩にもわかっている。
だが、誰かに愚痴を言いたい気分なのだ。多少は多めに見てくれといいたい。
「なあ。婚約破棄して塩田とつき合った皇なら、俺の気持ちわかってくれるだろう?」
皇は困った表情をこちらに向けた。
本日は彼と彼の恋人である塩田が呑みに行くというので便乗したのだ。奢るからと言って。塩田はまったく興味なさそうであったが、美味しい茄子漬を出すところを知っていると言えば行くと言い出した。
そんな塩田を見て皇は渋々承知したという流れである。
「あのですね」
皇は我が社の副社長。彼は上司ではあるが黒岩にとっては元後輩でもあった。そういう関係から今でも彼は黒岩を先輩として扱ってくれる。
「そんなに好きなら結婚しなければよかったんじゃないんですか? あなたがしていることは、ことごとく裏目に出ているんですよ」
皇の指摘はもっともだ。
彼は隣の席の塩田を気にしつつ、黒岩の愚痴につき合ってくれていた。
「唯野さんが結婚したからって当てつけのように自分も結婚する。そんなことをしているから相手にされないのでは?」
はっきりと思ったことを言ってくれるからこそ、愚痴を言えるというのもある。
「あなたに足りないのは一途さと誠実さです」
「耳が痛いね」
塩田は恋愛話にはまったく興味ないのか、それとも飽きてしまったのかスマホゲームで遊んでいるようだ。
二人の趣味や好みが合うようには見えないのにラブラブだというから驚きである。
「それでも好きなんだよ、唯野のことが」
皇は黒岩の言葉に小さくため息をつくと、塩田の手元に視線を移す。
呆れているのだろうか。
確かに自分は皇と比べても誠意には欠けているとは思う。
唯野が既婚者だと知りながら胸に想いを秘め続けた板井とも違う。
「俺は、もしあなたが結婚という姑息な手段を使わずに唯野さんのことを一途に想い続けていたら何か変わったと思いますよ」
皇の言うことは何も間違っていない。自分は間違った、取り返しのつかないレールの上を歩き、なおかつこの道がゴールには繋がっていないことを知った上で歩き続けているに過ぎない。
どんなに行こうとも、目指す未来は訪れない。
それを分かっていながら、どこかに分岐点があるんじゃないかと引き返せずにいるだけなのだ。
「わかってるよ」
「わかっているのにどうして道を踏み外してしまったんです?」
皇の指先が愛しいというように塩田の髪に触れる。
「じゃあ、もし塩田が振り向いてくれなかったら皇は諦めるのか?」
きっとこの例えは対比にはならない。
案の定、皇の纏う空気がピリッと凍り付いた。
「黒岩さん」
「な、なんだ?」
「そういうとこですよ、あなたのダメなところは」
こちらに向き直った彼の瞳は静かに怒りを湛えている。
「俺は別に塩田に負担をかけようと思って婚約破棄したわけじゃありません。自分の気持ちに素直でいたかったから別れたんです。塩田のことが好きだから」
黒岩とは真逆だと彼は言いたいのだろう。
確かにまったく違うことをしていることくらいは理解している。
けれども黒岩が理解されたいのは、諦めたくないという気持ちなのだ。
「唯野さんが板井に好感を持ったのは、変わらないからです」
「変わらない?」
「そう。変わらないことは大切なことなんですよ。人は簡単に変わってしまうもの。それは人間には心があるからそうなる。自分を一途に貫く姿勢はいつの世も他人を魅了し、信頼に値する」
”諦めたくないなら、それでいいです”と彼は続けて。
「この先も変わらないなら、ね」
不機嫌な皇の隣で塩田は相変わらず軽快に画面を叩いている。
リズムゲームでもしてるのだろうか。
”上手だね”と皇に言われ、”子供扱いするなよ”とムッとする塩田。
自分にもあったはずの平和な世界がそこにはあった。
いつから自分はこんな風になってしまったのだろう。黒岩はそんなことを想いながら枝豆に手を伸ばしたのだった。
「黒岩さん、呑み過ぎですよ」
「いいだろ、たまには」
絡み酒が迷惑なことくらい黒岩にもわかっている。
だが、誰かに愚痴を言いたい気分なのだ。多少は多めに見てくれといいたい。
「なあ。婚約破棄して塩田とつき合った皇なら、俺の気持ちわかってくれるだろう?」
皇は困った表情をこちらに向けた。
本日は彼と彼の恋人である塩田が呑みに行くというので便乗したのだ。奢るからと言って。塩田はまったく興味なさそうであったが、美味しい茄子漬を出すところを知っていると言えば行くと言い出した。
そんな塩田を見て皇は渋々承知したという流れである。
「あのですね」
皇は我が社の副社長。彼は上司ではあるが黒岩にとっては元後輩でもあった。そういう関係から今でも彼は黒岩を先輩として扱ってくれる。
「そんなに好きなら結婚しなければよかったんじゃないんですか? あなたがしていることは、ことごとく裏目に出ているんですよ」
皇の指摘はもっともだ。
彼は隣の席の塩田を気にしつつ、黒岩の愚痴につき合ってくれていた。
「唯野さんが結婚したからって当てつけのように自分も結婚する。そんなことをしているから相手にされないのでは?」
はっきりと思ったことを言ってくれるからこそ、愚痴を言えるというのもある。
「あなたに足りないのは一途さと誠実さです」
「耳が痛いね」
塩田は恋愛話にはまったく興味ないのか、それとも飽きてしまったのかスマホゲームで遊んでいるようだ。
二人の趣味や好みが合うようには見えないのにラブラブだというから驚きである。
「それでも好きなんだよ、唯野のことが」
皇は黒岩の言葉に小さくため息をつくと、塩田の手元に視線を移す。
呆れているのだろうか。
確かに自分は皇と比べても誠意には欠けているとは思う。
唯野が既婚者だと知りながら胸に想いを秘め続けた板井とも違う。
「俺は、もしあなたが結婚という姑息な手段を使わずに唯野さんのことを一途に想い続けていたら何か変わったと思いますよ」
皇の言うことは何も間違っていない。自分は間違った、取り返しのつかないレールの上を歩き、なおかつこの道がゴールには繋がっていないことを知った上で歩き続けているに過ぎない。
どんなに行こうとも、目指す未来は訪れない。
それを分かっていながら、どこかに分岐点があるんじゃないかと引き返せずにいるだけなのだ。
「わかってるよ」
「わかっているのにどうして道を踏み外してしまったんです?」
皇の指先が愛しいというように塩田の髪に触れる。
「じゃあ、もし塩田が振り向いてくれなかったら皇は諦めるのか?」
きっとこの例えは対比にはならない。
案の定、皇の纏う空気がピリッと凍り付いた。
「黒岩さん」
「な、なんだ?」
「そういうとこですよ、あなたのダメなところは」
こちらに向き直った彼の瞳は静かに怒りを湛えている。
「俺は別に塩田に負担をかけようと思って婚約破棄したわけじゃありません。自分の気持ちに素直でいたかったから別れたんです。塩田のことが好きだから」
黒岩とは真逆だと彼は言いたいのだろう。
確かにまったく違うことをしていることくらいは理解している。
けれども黒岩が理解されたいのは、諦めたくないという気持ちなのだ。
「唯野さんが板井に好感を持ったのは、変わらないからです」
「変わらない?」
「そう。変わらないことは大切なことなんですよ。人は簡単に変わってしまうもの。それは人間には心があるからそうなる。自分を一途に貫く姿勢はいつの世も他人を魅了し、信頼に値する」
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「この先も変わらないなら、ね」
不機嫌な皇の隣で塩田は相変わらず軽快に画面を叩いている。
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”上手だね”と皇に言われ、”子供扱いするなよ”とムッとする塩田。
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