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8『掛け違えたボタンの行方』
3 後悔と真実
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****side■黒岩(総括)
「お前って、ホント嫌なヤツ」
板井が風呂に行っている間に訪れた二人きりの時間。恐らく板井は、唯野が黒岩に話したいことがあると察して時間を作ったのだと思う。
黒岩は唯野に言われた言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「なんで」
カウンターに並んで腰かけ、黒岩はつまみである唐揚げに箸を伸ばすと肩を竦め問いかける。
「俺を振り回すから。十七年前もそうだった」
憎しみがこもった彼の声。
「悪かったよ」
きっと酔っているに違いない。そんなことを思いながら左に座る彼の髪に指先を伸ばす。”子供じゃないんだ”と言うように、さらりと唯野の髪を撫でた手は振り払われる。
もし自分が選択を間違えていなければ。こんな風に文句を言われながらでも隣にいられたのだろうか?
「なんでお前って”そう”なの」
「ん?」
説教されるのは嫌いじゃないと思いながら彼の方に視線を移せば目に涙を浮かべている。
「俺は板井のことが好きなんだよ」
「知ってるよ」
「知ってて邪魔したくせに、今度は別居して恋人作るのかよ」
だいぶ酔っているのだなと思った。一番先に唯野を風呂に向かわせたのは正解なのだろう。それは板井の配慮でもあった。つくづくお似合いの二人だなと思ってしまう。
空気が読めて、配慮が出来て、常識良識があって包容力がある。そして一途だ。一人で抱え込んでしまうところのある唯野にはこのくらいの相手ではないとダメだろう。
自分には何一つ真似はできない。それでも唯野が好きだった。
──わかっているんだ。自分では唯野に釣り合わないことくらい。
仮につき合えたとしても何一つ安心させてあげることはできないだろう。
「泣くなよ。俺が板井に殺されるだろ」
「知らないよ」
ポロリと涙が転げ落ちる。
正直、自分には唯野がどうして泣くのか理解できないでいた。それは信頼を裏切ったからなのか。それとも悔し涙なのか。
板井ならきっと何も言わなくても理解できるのだろう。
「お前の好きって一体何なの?」
グイっと腕で涙を拭った彼はビールグラスに手を伸ばす。
「もう、やめとけよ」
いつもなら逆なはずだ。しっかりした唯野から注意を受けるのは黒岩の専売特許。それなのに、今日の唯野は違う。
「好きって言いながら、他の奴と結婚するお前の気持ちが分からない」
「うん?」
十七年前の話かと思いながら傍らのウエットティッシュに手を伸ばす黒岩。酔っぱらいにどんな弁明をしても無駄なのだ。素直に聞いておくに限る。
「ずっと好きだったとか言いながら、また恋人を作る」
「だから、あれは部下」
そこはさすがに否定したい部分だ。
「いままで二人きりで呑みに行ったりなんてしなかった。黒岩は」
「まあ、そうだけど。家、遠いしな」
「なのに近くに引っ越した途端、倫理観消滅するんだろ」
「消滅って……結婚してからそんなことしたことはないはずだが?」
結婚してと言うよりは、唯野への想いを自覚してからは遊びで身体の関係になったことはない。もちろん唯野以外に本気になったりもしていない。
まったく信頼されていないんだなと乾いた笑いが漏れる。しかしそれは自分がしてきたことの結果。
「一度だって信じさせてくれたことないくせに」
心の中でため息をついていた黒岩は唯野の言葉に思考が停止した。
「今、なんて?」
数秒固まって唯野の方に視線を戻せば彼はカウンターに突っ伏している。
聞き間違いでなければ、彼は黒岩を信じたいと思ったことがあったということだ。
自分は知らず知らずのうちに彼の信じたいと言う気持ちを踏みにじってきたということになる。黒岩は頭を抱えると大きなため息を漏らした。
今更遅い。板井が現れる前なら自分にもチャンスはあったのだ。そのことに気づいてしまった自分。後悔しかなかった。
「お前って、ホント嫌なヤツ」
板井が風呂に行っている間に訪れた二人きりの時間。恐らく板井は、唯野が黒岩に話したいことがあると察して時間を作ったのだと思う。
黒岩は唯野に言われた言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「なんで」
カウンターに並んで腰かけ、黒岩はつまみである唐揚げに箸を伸ばすと肩を竦め問いかける。
「俺を振り回すから。十七年前もそうだった」
憎しみがこもった彼の声。
「悪かったよ」
きっと酔っているに違いない。そんなことを思いながら左に座る彼の髪に指先を伸ばす。”子供じゃないんだ”と言うように、さらりと唯野の髪を撫でた手は振り払われる。
もし自分が選択を間違えていなければ。こんな風に文句を言われながらでも隣にいられたのだろうか?
「なんでお前って”そう”なの」
「ん?」
説教されるのは嫌いじゃないと思いながら彼の方に視線を移せば目に涙を浮かべている。
「俺は板井のことが好きなんだよ」
「知ってるよ」
「知ってて邪魔したくせに、今度は別居して恋人作るのかよ」
だいぶ酔っているのだなと思った。一番先に唯野を風呂に向かわせたのは正解なのだろう。それは板井の配慮でもあった。つくづくお似合いの二人だなと思ってしまう。
空気が読めて、配慮が出来て、常識良識があって包容力がある。そして一途だ。一人で抱え込んでしまうところのある唯野にはこのくらいの相手ではないとダメだろう。
自分には何一つ真似はできない。それでも唯野が好きだった。
──わかっているんだ。自分では唯野に釣り合わないことくらい。
仮につき合えたとしても何一つ安心させてあげることはできないだろう。
「泣くなよ。俺が板井に殺されるだろ」
「知らないよ」
ポロリと涙が転げ落ちる。
正直、自分には唯野がどうして泣くのか理解できないでいた。それは信頼を裏切ったからなのか。それとも悔し涙なのか。
板井ならきっと何も言わなくても理解できるのだろう。
「お前の好きって一体何なの?」
グイっと腕で涙を拭った彼はビールグラスに手を伸ばす。
「もう、やめとけよ」
いつもなら逆なはずだ。しっかりした唯野から注意を受けるのは黒岩の専売特許。それなのに、今日の唯野は違う。
「好きって言いながら、他の奴と結婚するお前の気持ちが分からない」
「うん?」
十七年前の話かと思いながら傍らのウエットティッシュに手を伸ばす黒岩。酔っぱらいにどんな弁明をしても無駄なのだ。素直に聞いておくに限る。
「ずっと好きだったとか言いながら、また恋人を作る」
「だから、あれは部下」
そこはさすがに否定したい部分だ。
「いままで二人きりで呑みに行ったりなんてしなかった。黒岩は」
「まあ、そうだけど。家、遠いしな」
「なのに近くに引っ越した途端、倫理観消滅するんだろ」
「消滅って……結婚してからそんなことしたことはないはずだが?」
結婚してと言うよりは、唯野への想いを自覚してからは遊びで身体の関係になったことはない。もちろん唯野以外に本気になったりもしていない。
まったく信頼されていないんだなと乾いた笑いが漏れる。しかしそれは自分がしてきたことの結果。
「一度だって信じさせてくれたことないくせに」
心の中でため息をついていた黒岩は唯野の言葉に思考が停止した。
「今、なんて?」
数秒固まって唯野の方に視線を戻せば彼はカウンターに突っ伏している。
聞き間違いでなければ、彼は黒岩を信じたいと思ったことがあったということだ。
自分は知らず知らずのうちに彼の信じたいと言う気持ちを踏みにじってきたということになる。黒岩は頭を抱えると大きなため息を漏らした。
今更遅い。板井が現れる前なら自分にもチャンスはあったのだ。そのことに気づいてしまった自分。後悔しかなかった。
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