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7話 協力者たち

2 陽菜の逃げ込んだ先

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「で、陽菜さんはどちらに?」
 陽菜はるなの父が運転する車は図書館方面へ向かっていた。
 こちらに姫宮家の親戚や陽菜の友人が住んでいるのだろうかと思ったが、それなら図書館に行った際に彼女が何も言わないのは変だと感じる。
 すると彼の口から飛んでもない回答が。
 どうやら陽菜はあの小学生兄弟の家にいるらしい。その理由については本人の口から説明して貰った方が早いと言うので、その話はそれきりになった。

 目的地に着くと菓子折りを手にした彼に続く。たった数日会わなかっただけなのに、陽菜に会うのはなんだかドキドキした。
れんくん、ごめんね。中々連絡できなくて」
「いや、良いよ。いろいろと大変だったみたいだし」
 申し訳なさそうにこちらを見上げる二つの瞳。とても良い雰囲気だが、挨拶もそこそこに出てきた手前、家の前で長居するわけにもいかない。
 後は父に任せておけばいいと言う陽菜に従い、表に出たのである。
 そこには可愛らしい軽自動車が止まっていた。

 以前二人で車に乗った時よりも距離の近さを感じながら、促されるままに助手席に乗り込む戀。
「何か進展あった?」
 車を発進させるなり、そう問われ戀は心の中で苦笑いをする。
 二人が行動を共にするのは”陽菜の兄を捜す”という共通の目的があるから。ロマンチックには程遠い話題だが信頼関係は深まったのだと、なんとか気を取り直す。
「探していた女子高生グループとは連絡手段を得たよ。あの日というよりも、普段からお兄さんは一人だったみたい。少なくとも見える範囲内では」
 見ていない部分で何があったのか知る由もない。嘘はついてないと自分に言い聞かせ、言葉にした。
「そうなの」
 落胆したようにも感じ取れる陽菜の相槌。
「何か思い出したら追って連絡くれることになってる」
「そっか」

 わかったことはもう一つある。
 それは彼女の兄が何故和菓子職人になる道からフリーライターになる決意をしたのか。その理由だ。
 それについては話すのが躊躇われる。戀としては何故その道に転向したのか、捜索を続けるうえで重要と考えていた。だがそれを知った今、わかるのは彼がどんなネタを集めていたかということだけ。
 政治家もしくはその関係者に拉致されたという可能性は自分の中で否定してしまっている今、話したところで事態は変わらない様に思えた。

「陽菜さんの方は、新たに何かわかったこととかあったりする?」
「それがね、あのお家で話を聞いたのだけど。特に新たな情報は得られなかったの」
 それを聞いて戀はあることを思い出す。
「そうだよ、陽菜さんは何故あの家に?」
「あ、経緯について話してなかったよね」
 車はいつもの珈琲店に向かっている。
 歩きで20分ほどの距離だが日曜の道路状況を差し引いても、車ならすぐそこであった。そのことについては店に着いてから話すと言われ、戀はぼんやりと窓の外を眺める。車でなら5分程度の距離だが、歩きとはルートが違う。

 すっかり冬に近づいた街並み。
 日本だからこそ四季というものを感じることが出来ると言うが、近年夏は異常に暑く冬も暖冬だったり。その逆で秋口から寒さに身を震わせたり、寒波があったりと変な気象が続いている。
 地球温暖化の影響だと言うが、先日某SNSで見た投稿では『地球温暖化の影響は嘘であり、周期がある』と書かれていた。
 正直、某SNSを初めてからは何が本当で何が嘘なのかわからない。それだけ情報は錯綜さくそうしており、誰でも好きに発信できる世の中だということなのだろう。

 人は信じたいものを信じる生き物。
 きっとそれは人間が生きるために必要なことなのだと思う。
 そうでなくとも人は社会に出れば現実を知る。学生というものがどれだけ狭い世界で生きているのか知ることになるだろう。
 世界は実に広く、バカバカしい。
 自由の権利を持ちながら、実態は他人に生死を決められている。希望を失えば生きることをめてしまうこともあるだろう。
 
 だが、少なくとも陽菜の兄はそういう人ではなかった。
 自分の無力さを理解しながらも世の中を変えたいと願った人。
 自分の大切な家族のために。
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