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5『電車と塩田』
1 泣かないでよ
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****side■塩田
「へえ。上手くいってるんだ?」
塩田はいつものように、板井と十時休憩を過ごしていた。いつからだろうか、こんな風になったのは。
板井は唯野と同居することになったと、嬉しそうな顔をする。やはり板井は唯野に気があったのだなと感じていた。
「じゃあ、お付き合いは終わりだな」
と塩田が言うと、彼はごめんと頭を下げる。
フラれたような形になり、複雑な表情をする塩田。
「そっちは?」
フェンスに腕を乗せ屋上からの景色を見ていた塩田を、しゃがんだ姿勢から見上げる板井。
「そっちは……って。どうもこうもないだろ。そもそも電車には彼女がいるじゃないかよ」
──なんで板井は俺と電車をくっつけたがるんだ。
二股なんて冗談じゃないぞ。
いつもはカフェオレだが、今日の塩田はオレンジジュースを飲んでいた。爽やかな酸味が喉を駆け抜ける。しかし心は曇り空だ。
──板井が変なことを言うから、変なこと口走っちゃうし。
お前のせいだぞと思いながら、座り込んでいる板井を見下ろすと神妙な顔をしていた。いつも真面目な彼だが、いつもにも増して真面目な顔をしていたのだ。
「そのことなんだけどさ、塩田」
まさか二股を勧めてくる気じゃないだろうなと思っていると、屋上と屋内を繋ぐドアが乱暴に開けられた。思わずそちらに視線を向ける塩田と板井。
「板井! どういうことか説明しろっ」
それは今まさに、話にのぼっている電車だった。
「まずい、面倒なことになった」
と、板井。
塩田は、いつもニコニコ温厚な電車が怒っていることに驚く。一体何があったのだろうか。板井はすでに把握しているようで、立ち上がると自ら彼に近づいていく。
──なんだ? なんであんなに怒って……?
呆然と彼を見つめていた塩田だったが、
「なんでだよ!」
と板井に掴みかかる電車を見て、それを止めようと一歩踏み出した。
しかし板井は”大丈夫だ”というように、塩田に向かって片手をかざし、それを制する。
「電車、落ち着け」
と板井は極めて冷静に彼へと話しかけた。
「落ち着けだと? どの口がそんなこと言ってるんだよ」
──修羅場か?
まさか板井のやつ、三股かけてたんじゃ……?
不穏な空気、主語がなくても伝わる二人の会話。塩田は全く会話の意味が分からず、そんなことを思う。
「塩田と付き合ってるって、なんで?!」
電車の言葉に、”やはり三股か、最低だな板井”と思いつつ、じっと二人の様子を伺う塩田。
だがどうやらそうではないようで……?
「俺が塩田のこと好きなこと知ってるじゃんか! 協力してくれるって言ったくせに。俺を騙したのかよ!」
「待て、電車。塩田がそこに……」
電車には板井しか目に入っていないらしく、
「信じてたのに!」
その上、話も聞く気がないらしい。
──なんだって?
電車が俺を好き?
「電車、泣くなよ……」
どうやら電車は泣き出してしまったようだ。
「ちょっと、待てよ!」
耐えきれなくなった塩田が、二人に割り込む。
「塩田?」
顔を上げる電車のまつげが濡れている。その可愛さに思わず、悶絶しそうになるが。
──いつ来たの、みたいな顔すんなよ。ずっと居たし!
「お前、彼女いるんだろ」
と、塩田。
「いつの話し? そんなのとっくに別れたし! 板井は知ってたでしょ?」
と矛先を板井に向ける電車。
板井の行動に合点のいった塩田はジトっと板井に視線を向けた。板井が気まずそうにしている。
「いや、塩田が知らないなんて思わなかったし、聞かなかっただろ?」
そこで板井の胸ポケットに入っていたスマホがぶるっと震えた。
「悪い、電話だ」
塩田は電話を受ける板井を尻目に、電車のカーディガンのポケットに手を伸ばす。ハンカチを抜き取ると、彼の目元へ。
「泣くなよ」
「塩田あ」
むぎゅっと抱き着いてくる彼の背中を優しく撫でる。愛しい体温。
「悪い、課長に呼ばれたから先に戻る。トラブルらしい」
通話を切った板井が、塩田にそう告げた。
そして、
「お前ら両想いなんだから、さっさと付き合えよ!」
と言い残し、急ぎ足で屋上から出て行く。
塩田はため息をつくと、電車を抱きしめたのだった。
「へえ。上手くいってるんだ?」
塩田はいつものように、板井と十時休憩を過ごしていた。いつからだろうか、こんな風になったのは。
板井は唯野と同居することになったと、嬉しそうな顔をする。やはり板井は唯野に気があったのだなと感じていた。
「じゃあ、お付き合いは終わりだな」
と塩田が言うと、彼はごめんと頭を下げる。
フラれたような形になり、複雑な表情をする塩田。
「そっちは?」
フェンスに腕を乗せ屋上からの景色を見ていた塩田を、しゃがんだ姿勢から見上げる板井。
「そっちは……って。どうもこうもないだろ。そもそも電車には彼女がいるじゃないかよ」
──なんで板井は俺と電車をくっつけたがるんだ。
二股なんて冗談じゃないぞ。
いつもはカフェオレだが、今日の塩田はオレンジジュースを飲んでいた。爽やかな酸味が喉を駆け抜ける。しかし心は曇り空だ。
──板井が変なことを言うから、変なこと口走っちゃうし。
お前のせいだぞと思いながら、座り込んでいる板井を見下ろすと神妙な顔をしていた。いつも真面目な彼だが、いつもにも増して真面目な顔をしていたのだ。
「そのことなんだけどさ、塩田」
まさか二股を勧めてくる気じゃないだろうなと思っていると、屋上と屋内を繋ぐドアが乱暴に開けられた。思わずそちらに視線を向ける塩田と板井。
「板井! どういうことか説明しろっ」
それは今まさに、話にのぼっている電車だった。
「まずい、面倒なことになった」
と、板井。
塩田は、いつもニコニコ温厚な電車が怒っていることに驚く。一体何があったのだろうか。板井はすでに把握しているようで、立ち上がると自ら彼に近づいていく。
──なんだ? なんであんなに怒って……?
呆然と彼を見つめていた塩田だったが、
「なんでだよ!」
と板井に掴みかかる電車を見て、それを止めようと一歩踏み出した。
しかし板井は”大丈夫だ”というように、塩田に向かって片手をかざし、それを制する。
「電車、落ち着け」
と板井は極めて冷静に彼へと話しかけた。
「落ち着けだと? どの口がそんなこと言ってるんだよ」
──修羅場か?
まさか板井のやつ、三股かけてたんじゃ……?
不穏な空気、主語がなくても伝わる二人の会話。塩田は全く会話の意味が分からず、そんなことを思う。
「塩田と付き合ってるって、なんで?!」
電車の言葉に、”やはり三股か、最低だな板井”と思いつつ、じっと二人の様子を伺う塩田。
だがどうやらそうではないようで……?
「俺が塩田のこと好きなこと知ってるじゃんか! 協力してくれるって言ったくせに。俺を騙したのかよ!」
「待て、電車。塩田がそこに……」
電車には板井しか目に入っていないらしく、
「信じてたのに!」
その上、話も聞く気がないらしい。
──なんだって?
電車が俺を好き?
「電車、泣くなよ……」
どうやら電車は泣き出してしまったようだ。
「ちょっと、待てよ!」
耐えきれなくなった塩田が、二人に割り込む。
「塩田?」
顔を上げる電車のまつげが濡れている。その可愛さに思わず、悶絶しそうになるが。
──いつ来たの、みたいな顔すんなよ。ずっと居たし!
「お前、彼女いるんだろ」
と、塩田。
「いつの話し? そんなのとっくに別れたし! 板井は知ってたでしょ?」
と矛先を板井に向ける電車。
板井の行動に合点のいった塩田はジトっと板井に視線を向けた。板井が気まずそうにしている。
「いや、塩田が知らないなんて思わなかったし、聞かなかっただろ?」
そこで板井の胸ポケットに入っていたスマホがぶるっと震えた。
「悪い、電話だ」
塩田は電話を受ける板井を尻目に、電車のカーディガンのポケットに手を伸ばす。ハンカチを抜き取ると、彼の目元へ。
「泣くなよ」
「塩田あ」
むぎゅっと抱き着いてくる彼の背中を優しく撫でる。愛しい体温。
「悪い、課長に呼ばれたから先に戻る。トラブルらしい」
通話を切った板井が、塩田にそう告げた。
そして、
「お前ら両想いなんだから、さっさと付き合えよ!」
と言い残し、急ぎ足で屋上から出て行く。
塩田はため息をつくと、電車を抱きしめたのだった。
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