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第34話

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 俺、ゼルス、キーサは魔王の居る城に向かう。その前に魔族の領地に行かないとな。という事で、人族の領地と魔族の領地の境界線までキーサの瞬間移動魔法で来た。

「ここを抜けると魔族の領地か…初めて入るな」
「そうね。魔王がいるのは…こっちの方角ね」

 キーサは指差しながら言う。

「分かるのか?」
「こっちから、魔力の強い反応がある。それが魔王よ」

 俺も強い気配を探ってみたけど、分からなかった。いくら気配が分かっても、その対象が遠くにいるのなら、気配を感じる事はできない。

「どのくらいの距離なんだ?」
「遠いわね。ただ私達が全力で進めば、そんなに時間はかからないはずよ」
「全力を出した後に魔王との闘いになるのか?」
「ちょっとだけ不安だな」

 そんな事を話しながら魔族の領地に入る。
 次の瞬間、俺達の前に1人の魔族の青年が現れた。俺達はすぐに戦闘態勢に入る。

「待て。俺はお前達と闘うために来たんじゃない」

 魔族の青年は両手を上げながら言う。とはいえ相手は魔族。両手を上げていようと、魔術は使える筈だ。油断はできない。

「警戒するのは分かるけど無駄だ。俺の力量は分かるだろ?どう頑張ってもお前達には勝てない。自爆魔法を使っても無理だろうな」
「確かに、そうだろうな」
「敵に弱者だと断言されると腹が立つが、本当だから仕方ないか」

 魔族の青年は苦笑いする。

「それでお前はどうしてここに来たんだ?」
「魔王様のおられる城はここから遠い。俺の任務は魔王様がお呼びしているお前達を城まで案内する事だ。俺は瞬間移動の魔法が使えるからな」

 なるほど。俺が来るのが遅かった場合には、こういう者が呼びに来る手筈だったのか。

「用意は良いな?行くぞ」

 魔族の青年がそう言った直後、俺達4人は城の門前に居た。

「魔王様の御前まで行くのは失礼にあたるからな。ここからは歩いて行ってもらう」

 そうして俺達は魔族の青年について城に入り、広い場所に着いた。

「ここで待っていろ」

 そう言い残して魔族の青年は立ち去る。数分経って現れたのは、1人の男の魔族だった。その男は俺達の前方にある椅子に座る。

「お前が魔王か?」

 気配が強い。おそらくこいつが魔王だな。

「その通り、我が魔王だ。王を前にしてかしこまらないとは、育ちが知れるな」
「俺達は人族だからな。魔族の王にかしこまる必要がない」
「ふむ、それもそうか」

 魔王はそう言って笑う。

「ところでお前達は人族の中で最強の実力者なのか?」
「そうだ」
「それなら人族の国は現在、無防備だな」
「それはないわ。私が結界を何重にも張ってるから。あの結界を破れるとすれば、私以上の実力者ね。そんな実力者が魔族側にいるの?」
「いや、いない。さすがに無防備にして来るほど、馬鹿ではないか」
「当たり前でしょ」

 キーサは不敵に笑う。

「さて、龍人化のスキルを解放したのはお前だな?」

 魔王が俺を見ながら言う。

「分かるのか?」
「龍の気配がするからな」
「そうか。俺を殺す気なのか?前にも龍人化スキルを解放した女剣士のように」
「ああ、あの女か。結果的に殺す事になってしまったな。交渉したのだが失敗に終わってしまった」
「交渉?内容は?」
「うむ。我らの側、つまり魔族側について人族を共に滅ぼす。そうすれば生かしておいてやるというものだ」
「それは交渉じゃなくて脅迫だろ」
「そうとも言えるな。結果、我に襲いかかってきたから殺した。我と自分の力量差が分からないとは…愚かな女だ」
「お前!」

 ゼルスが斬りかかろうとするので止める。でも気持ちは分かる。女剣士、レイーサは自分の命より、人族をとったんだ。その結果、亡くなってしまったけど…愚かなんかじゃない。

「俺にも同じ脅迫をするのか?」
「そうだな。どうだ?我らと共に人族を滅ぼさないか?そうしたら殺さないでおこう。お前が気に入っている者がいるなら、そいつらも殺さないでおいてやる。悪い話ではないだろ?」
「俺の事は諦めて、人族の事も諦めて、今までのような状況に戻す事はできないのか?」
「無理だな。お前の選択肢は2択だ。我らに協力するか、協力せずに殺されるか」
「そのどっちも選ばない。俺は…いや、俺達はお前を殺す。そして戦争のない世界にする」
「ハハハハハッ!」

 俺の言葉を聞いて魔王は高笑いする。

「人族の中で最強になった事で調子に乗ってしまったようだな。我がその考えを直してやろう」

 そう言って魔王が立ち上がる。いよいよ戦闘みたいだな。やっぱり交渉はできなかったか。そもそも俺達は冒険者。交渉ができる頭も口もないからな。とか言ったら他の冒険者に失礼か。ゼルスとキーサにも失礼になってしまうな。まあ、結果だけで言えば、交渉ができなかったわけだけど。

「それじゃあ私から行くわね」

 そう言うキーサの前方から光の玉が魔王に向かって発射される。しかし魔王を包むように現れた半透明の黒い球体が光の玉を防ぐ。直後、魔王の前方から黒い玉がキーサに向かって発射される。それをキーサは光の壁で防ぐ。

「やっぱり魔王は闇属性の魔法を使うようね」

 成る程。あの黒い魔法は闇属性なのか。
 俺がそんな事を考えていると、キーサは火や水、雷など、あらゆる属性の魔法を放つ。しかし魔王を包む黒い、いや、闇の球体によって防がれる。あのバリアは強いな。しかも一時的な魔法じゃなくて、持続時間が長い。

「言っておくが、このバリアは我が解除するまで消える事は無い。どんな属性の魔法でも全て吸収する魔法だからな」
「そんな風にペラペラ種明かしをしても良いのか?」

 気づくとゼルスが魔王の目前まで迫っていた。剣は鞘に入れたままだ。そして魔王の首めがけて一気に剣を抜き斬る。

「居合斬りか…」

 その技につい呟く。
 ゼルスの剣は闇のバリアを通り抜け、魔王に迫る。どうやら闇のバリアは魔法への耐性がある代わりに物理耐性がないようだ。

「甘いな」

 魔王はそう言って、どこから出したのか黒い剣でゼルスの剣を防ぐ。さっきまで剣を持ってなかったから…たぶん闇属性の魔法剣かな。

「キーサ、あれは魔法の剣なのか?」
「そうよ。それも闇属性のね。あんなに綺麗な形で剣を作れるなんて、魔王だけど感心するわ」

 どうやら俺の考えは合っていたらしい。

「一太刀防いだくらいで甘いなんて…舐めるな!」

 そう怒鳴ってゼルスは、さらに剣を振っていく。凄い速さだ。あの剣撃を全て防ぐのは俺では難しいかもしれない。でも魔王は全ての剣撃を防いでいる。剣の腕前はゼルスより下手だ。それでも剣を振る速度と、ゼルスの剣撃を耐えられる力がある。

「くそ!」

 そう言って、悔しそうにゼルスは俺達の傍まで戻る。

「次は俺だ!」

 俺よりレベルの高いゼルスの攻撃でも傷がつけられなかった魔王に対して俺が傷つけられるのかは分からないけど、分からないだけで、無理とは決まっていない。
 俺は距離を一気に詰めると、右拳で魔王の腹を殴る。しかし魔王は俺の右拳を左手で外に弾くと、右拳で俺の顔を殴ってくる。その右前腕を左手刀で斬ろうとしたけど、それに気づいた魔王は右拳を引っ込めて右足で俺の腹を蹴る。俺はその衝撃に乗じて後ろに距離をとる。

「フッ、今までの魔族とは違うな。今までに遭遇した魔族は一撃で死んでいったからな。弱い奴らだった」

 挑発してみる。これで魔王の感情が怒りに傾けば、少しは勝機が見えるかもしれない。

「簡単な策だな。我を怒らせようと考えているのか?無駄だ。確かに貴様達に我が国民は殺されているが、それはあの者達が弱かっただけの事。だから、せめて我はその敵討ちをしよう」
「…やっぱり無駄か」

 一国の王に対して、こんな挑発は無駄だったか。
 俺は魔王との距離を詰めると、魔王の喉を左拳で打つ。魔王は右手で外に弾きながら、俺の左手首を掴み、俺を逃げられなくさせた上で、俺の顔を左拳で殴ってくる。俺は右手で外に弾くと、右足で魔王の顎を蹴り抜こうとする。魔王は俺の左手首を離すと距離をとる。同時に俺もゼルス達の傍に戻る。

「はぁ、ことごとく攻撃が防がれたなぁ。こんな事は初めてだ」

 元の世界でも、ここまで俺の攻撃を防ぎきった奴はいなかった。それができる、さすが魔王といったところか。

「どうする?攻撃が通じないぞ?」
「いや、通じていないわけじゃない。防がれているだけだ」
「どっちにしても、このままだと負けてしまうわね…」

 自分たちと同じ技、俺には体術、ゼルスには剣術、キーサには魔術で対抗されたからな。俺達にもプライドがある。でもプライドでは勝てないんだよなぁ。
 そんな俺達を見ながら、魔王は笑っている。悔しい。さて、どうするか。

「…ねぇ、協力しない?」

 少し考えてキーサが言った。
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