天使たちの水浴びシーン

アッシュ出版

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58)事件は起きているのに

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 最初からこんなことが起きる気はしていたんだ。

 僕は撮影風景を眺めながら思うのである。
 だからこの事態、監督交代劇を当たり前のように受け入れてしまえるのだけど。

 こんな僕がディレクターに抜擢されたことが奇跡だったのである。狂ったことだったのである。
 日付が変わり、その奇蹟が終わっただけ。
 仕方ないよ。全部が夢だった。

 今日、正気を取り戻した日本の夏の青い空はとてもきれいで、その空に入道雲の白が映える。
 太陽が照りつけている、けっこう広いプールサイド、水着姿の二人の健康的な身体は瑞々しく、その青い空に負けることなく、元気で活動的。

 惜しみなくエネルギーが発散されている肉体。それはこの世の貴重な宝物。
 二人の肌が汗でテラテラと濡れていく。
 彼女たちの肌からは汗だけでなく、ムンムンと若い女子のフェロモンも発散されているに違いない。

 しかし、それが魅力的なのも最初の十秒、せいぜい三十秒くらいのものだと思うのである。
 どれだけ好きな相手でも、どれだけ魅力的な女の子でも、ただ単にカメラの前にいるだけではやっぱり飽きてくる。

 美咲ちゃんやゆかりちゃんには申し訳ないのだけど、それが真実である。
 ましてや、この作品を買うかもしれないお客さんは、誰もが皆、二人のことを大好きというわけでもないはず。
 ファンだけに売るわけではないのだ。

 やはり画面には変化が必要である。
 そのために僕なりに色々と工夫をしてきた。様々なアイデアを考えてきた。
 全部が全部、良いアイデアではなかっただろうけど、工夫はしてきた。
 一生懸命楽しませようとトライした。

 しかしである。僕の代わりに新たに就任した新監督さんにはそういうアイデアは何もなさそうなんだ。
 僕はモニターを見ているのだけど、ずっと変わり映えのしない絵が続いているだけ。ただ笑顔の水着姿の女の子が映っているだけ。

 今、カメラの前にいるのはゆかりちゃんだ。彼女はスクール水着を着ている。
 それは紛れもなく僕が事前に選んだ水着だ。
 濃い紺色に白いライン。お腹の辺りの布地が皺になって波打っている。

 スクール水着だから、それほど露出の激しくない水着である。
 臍すら出ていない。まして胸の谷間なんてありえない。
 しかしそれは正面から見た場合のことである。
 後ろ姿はその限りではないはずなんだ。
 サイズが小さいというわけではないのだけど、ヒップが少しきつめで、それはその水着がどうこうというわけでなく、ゆかりちゃんのお尻が大きいせいであり。

 で、このシーンの売りはそこにある。僕はそう企画を立てていた。
 ここではゆかりちゃんのスクール水着の後ろ姿を撮りまくろう。

 それなのに恥ずかしいからか、それともそもそもそんな発想がないのか、ゆかりちゃんは正面の姿勢で、ずっと笑顔でカメラを見せているだけである。

 後ろを向いたりしない。
 そしてその新監督も指示を出さない。

 おい、事件は背後で起こっているんだ! 

 僕は内心で叫んでいる。

 これはイメージビデオを観ているとき、よく起きることでもある。
 なぜ、こんな退屈なショットばかりなんだ? 
 なぜ、違う角度からの映像を見せてくれないんだ? 

 そんなストレス。そういうのが多いほど駄目ビデオである。まさかそれがこの撮影現場で起きてしまうなんて。

 僕は苛々している。
 悔しいのではない。勿体無くてたまらないのだ。

 ゆかりちゃん、後ろを向くんだ! 君のその武器を使うんだ! 

 いや、これはゆかりちゃんの問題ではない。監督、あなたが指示を出すんだ! 

 しかし僕はそんなことを上申出来る立場にない。下手なことを言ったら、ここから追い出されてしまうだろう。
 それがまた、僕を悔しくさせるんです。
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