夢食いの少女は夢を探す

悠奈

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二、ある女子生徒の悲恋

第六話

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「こんな夢、誰かに消してもらえたらいいのにね……」

 耳をすましていなければ聞こえないくらいの声で彼女が呟いた。
 聞いたことのある台詞だった。夢を通して出会った「誰か」から。
「カノン」
「はいはい」
 たった一言であまねの意図を察した先代が、視界から消える。あまねも先代も行動を起こすのが早い。
「なにすんの?」
 尋ねると、こう返ってきた。
「調査。『食べてほしい』って頼まれたわけじゃないから、私は動けない。そういうときは、他の人には見えないカノンの出番」

 * * *

「ねえ、なんで今日は優吾の家なの?」
 あまねに尋ねられる。不愉快なのか単純な疑問なのかは、表情からは読み取れない。
「あー……えっと……」
 あなたの家だとなんとなく落ち着けないからです、なんて言えるわけがないので曖昧に濁しておく。なにか言われる前に、さっさと別の話題に移りたい。
 そんなことを考えていると、ベストなタイミングで、先代が割りこんできた。
「あんた達、そんな話してる場合じゃないでしょ? なんで集まったのかわかってる?」
 昼間の彼女──「夢を食べてもらえたらいいのに」と言っていた彼女の話をするために集まった。俺もあまねも、名前は知らない。
 招集をかけたのは先代。調査とやらが終わったらしく、不本意そうに俺とあまねを呼び出した。「別に俺いなくてもいいじゃん」と言ったら、先代に「普段は見ず知らずの相手だからいいけど、今回は同じ学校の子なのよ? もしなにかあったらどうすんのよ」と怒られた。つまり、あまねの正体が露見して不利益があったときに、道連れにするために呼ばれたというわけだ。俺は便利屋じゃない。
 こういうのは顔が広くて人望があつい人の役目なんだろうけど、残念ながら、ここにはその条件に該当する人物はいない。
「そうだね。カノン、お願い」
「わかればいいのよ」
 突き放したようにも聞こえるが、口角が微妙に上がっていた。得意げだ。
「必要なことだけ言うと、あいつは稲葉純玲。玉響大学国際学部の一年生。あの子が抱えていたのは恋心。それも相手は従兄みたいね。周りの友達数人に相談したけど、軽くあしらわれたそうよ」
 玉響大学とは、俺達が通っている大学の名前だ。割と大人数の学校で、常に人で溢れている。
「そんな情報、どうやって調べたんだよ」
 先代が人を馬鹿にしたような顔で言う。
「なんのためにあたしがあいつに付いて行ったのか考えてから言ってくれる? 家まで付いていって、いろいろ見てきたのよ。日記とか、すまーとふぉん? の中身とか」
 そういえばこいつ幽霊だったな。当たり前のように見えているから失念していた。最初会ったときに、大声で叫ぶ先代のことを誰も気にとめていなかったことを思い出す。それを利用して、誰にも気づかれない住居侵入をやってのけたわけだ。犯罪じゃねえか。
「悪夢を見てるってことは確実ね。でもこの悪夢、食べられるの?」
 聞かれたあまねは、机を見て黙っていた。
「食べられる。本人さえ受け入れてくれたら」
「そういう問題じゃないのよ」
 それを聞いた先代は溜息をつく。悪夢と〈獏〉については、俺にはわからないことの方が多い。彼女がなにを案じているのかまでは推し量れなかった。
「なにがそんなに問題なんだ?」
 無知な自分がそう呟くと、二人の視線が一斉に集まった。
「そういえば、言ってなかったけ?」
「そうね。言ってなかったわ」
 出たこのパターン。いい加減飽きてきた。
 先代が一つ咳払いをしてペラペラ喋り始める。
「悪夢にも、強さの段階があるのよ。普段この子が食べてるのは、悪夢が現実の体にまで作用し始めた第二段階。頭痛とか腹痛がしてくるそうよ」
 もっと他のネーミングはなかったのか、という言葉を飲み下して続きの説明を聞く。
「あんたが最初に遭遇した悪夢は第三段階までいった悪夢。悪夢に侵された人間が、悪夢に耐えられなくなったところね」
 人の体にしがみついていた人型の影を思い出した。今まであまねが食べた夢の持ち主も、もしかしたらああなっていたと思うとぞっとする。
「あとが一番弱い第一段階。今回のケースはこれ。悪夢を毎日見ていると自覚はしているけど、日常生活に支障はきたしていないレベル。〈獏〉が食べるにはちょっと弱すぎるのよ。それが特別問題ってわけじゃないけど、ちょっとね」
 先代は曖昧に言葉を濁した。ずっと黙っていたあまねが口を開く。
「食べられる。食べなきゃいけない。悪夢がどんな状態でも」
「あまね」
「ほっといて」
 先代がつきはなされた。あまねはいらいらしているのか、ずっと黙っている。
 あまねの悪夢に対する執着は、正直異常だと思う。それが悪いとは思わないけどもやもやする。言語化できないのがもどかしい。
「早く夢に入って、早く食べて、次を探さなきゃ」
 なにかに追い詰められたように呟いているので、さすがに心配になってきた。
「あ、あのさ」
 言いたいことがまとまる前に口が動いていた。
「一旦お開きにしないか? 稲葉さんのことは、どうせこれ以上なにもできないんだろ?」
 あまねが虚ろな目でこちらを見てくる。
「……わかった」
 本当は納得できていないのだろうが、あまねは立ち上がった。先代も、「せっかく集まったのに」と文句を言いながらあまねに付く。
「おじゃましました」
「あ、うん……」
 丁寧に頭を下げたあまねは、すぐに出て行った。気のきいた言葉一つかけられなかったのを後悔する。自分からけしかけといてなんなんだ、このざまは。

 * * *

 扉が閉まるのを最後に、音が消えた。二人がいなくなった部屋は、耳が痛くなるくらい静かだ。
 自分以外の誰かが家にいるのは久々だった。人がいなくなるって、こんなに寂しいことだったっけ?
センチメンタルな思考を、頭を振って無理矢理追い出した。。
 時計を見た。夜中というにはまだ早すぎる。通知が一つもないスマートフォンを布団に放り投げる。
 机の上に山積みになった本を眺めて、溜息をついた。
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