夢食いの少女は夢を探す

悠奈

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三、ある技術者の未練

第十二話

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 時刻は午前三時を回ろうとしていた。一周回って眠くない。
「えーと、名前……。久持猛……っと」
 パソコンに表示された検索画面に名前を打ちこむ。一秒もかけずに、次の画面へと移り、あの小さな工場地帯のニュースが次々と表示された。
「久持さん、すごい人だったんだね」
 ぽつりとあまねが呟いた。
 最初に開いたのは、オンライン新聞の古い記事。閲覧者のコメントもかなりの量がある。そこには、久持さんが研究していた装置のことが書かれていた。専門用語が多すぐて完全に理解することはできなかったけど、海を汚染する物質を浄化するための装置なのは間違いない。
 初めは興味津々な様子で記事を見入っていたあまねも、だんだんと表情が暗くなっていった。
 装置は完成した。だけどそれはまだ実験段階であって、実用化はしていない。いや、できないの間違いか。
 水は浄化できる。綺麗な環境でしか生きられない動物が、生きていけるくらいには。
「……駄目だったんだね」
「うん。これじゃコストがかかりすぎる」
 必要な薬品や電気の量。装置一台を作る材料。全てに莫大なお金がかかる。彼が開発できたのはそこまで。それ以上のことは、どれだけ調べても出てこない。しまいには、成功できなかった彼の批判まで目に入るようになった。
「どうしよう……」
 あまねに焦りが見え始めた。
「このままじゃ、あの人は食べてあげられない。あの人の未練が消えるだけの材料がない」
 その思考がなにかに達することはなく、同じ場所でぐるぐると回り続けているのだろう。厄介なことに、焦っているときほどその沼にはまってしまう。
「ふうん……。今はそんな便利なものがあるのね」
 突然、先代が顔を出してきた。
「今までどこにいたんだよ」
 苦言を呈したつもりだったが、本人はまったく気にしていないように「別にいいでしょ、あたしがどこにいても」と言う。そして液晶画面に並ぶ検索履歴を眺める。
「これ、いいわね。あたしの時代には、こんなのなかったわよ」
「先代の時代って、どれくらい前?」
「百年くらい前」
 初めて聞いた。先代が生きていた頃の話を。
 百年と言えば、昭和初期だろうか。この技術を知らないのも無理はない。
「カノン、どうしたらいいと思う? このままじゃ……」
 あまねが助けを求めた。先代は少し考えてから言う。
「これ全部、『久持猛』についての情報よね?」
 その通りだ。タブには、彼についての情報がならんでいる。
「そりゃあ、そういう情報しか出てこないわよ。だって、もう終わった話でしょ? 見るべきは、今の情報じゃない?」
「今……?」
 あまねはピンときていないようだった。
「なるほどな……」
 小さく呟いただけなのに、先代に拾われてしまった。
「あら。あんたはわかったのね」
 上から目線でいらつく。けど、彼女のおかげなのも事実だ。
 検索ワードから、彼の名前を外す。彼が開発した機械の名前だけが残った。そのまま検索にかける。
 今度もすぐに画面が切り替わった。
 最初に出てきたのはさっきも開いたネットニュース。そんなものに用はないので、下にスクロールする。
 ようやく、目ぼしい記事が見つかった。
「優吾……これ……」
 表示された見出しを見て、あまねが呟く。
「よかった……。全部終わってたわけじゃなかった……」
 心から安堵した声。それが全てを物語っていた。

 ひと段落して、ようやく息をついた。走り書きをしていたシャーペンを置く。
「本当にこれでうまくいくの?」
 結局、先代は最後まで懐疑的な目で俺達を見ていた。そこであまねも不安になるようなことを言う。
「知らない」
「え」
 今までの態度が嘘のようだ。思わず声が出る。
「大丈夫って言ったのあまねじゃん……」
 俺は他人の夢を感知できるだけの一般人。先代も、先代の〈獏〉というだけの、力を持たない幽霊。当然ながら、久持さんの悪夢と対峙するのはあまねだけとなる。その彼女がこんなだと、俺の方が心配になってくる。
「作戦は完璧。優吾も一緒に考えてくれたし。でも、できるとは言ってない」
 とことん自分に自信がない。彼女も俺も、……おそらく彼も。
 こういう人には、なんと言うのがいいんだろう。そもそも、そんな自分が考えた言葉で、はたして彼の慰めになるだろうか。
 気まずくなってしまった。こういうときに騒げばいいのに、先代すらも押し黙ってしまうから、お通夜みたいな雰囲気になっている。
 時刻は午前四時半をとっくの昔に過ぎていた。いくら久持さんを救う算段がついたとはいえ、ここであまねを家に帰すわけにもいかない。あと一時間も待てば夜明けだ。それまでどうやって場を繋げたら……。
 そう思っていると、突然インターホンが鳴った。
「え?」
 こんな時間に、誰が、なんで? そう思いながら玄関に行く。なぜかあまねもついてきた。いや、なんでお前も来るんだよ。
 少々不安を感じながらドアノブに手をかける。うるさくなり始めた心臓を無視して引き寄せる。
「……って、姉ちゃん?」
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