夢食いの少女は夢を探す

悠奈

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終章、少女の夢

第三十九話

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「じゃあ親子鑑定、受けることにしたんだ」
「うん。もし違ったら、それはそれで大変だし。──また、探さなきゃいけなくなるかもしれない」
 そろそろ雪でも降りそうな季節になってきた。これだけ寒いと、大学の中庭に人はいなくなる。人に聞かれるのはいやだとあまねが言ったから、俺達は中庭で喋っていた。こんなに寒いのなら、ちゃんと上着を持ってこればよかったと後悔する。
 あまねは今でも一人暮らしを続けている。玉里さん夫婦が両親だと確定したわけじゃないし、あまねも二人との距離感をつかめているわけじゃないらしい。これからのことは、鑑定結果を見てから考えると、あまねは言っていた。
 それでも、数日に一回くらいの頻度で会っているらしい。この間は千尋さんと二人で服を買いに行ったと、嬉しそうに話していた。
「もし鑑定で親子って確定したら、どうするつもり?」
 そう聞くと、あまねは少し考えてから答えた。
「まだ、どうしようか考えていない。どうしたらいいかもわからない。まずは役所と相談かな? 優吾も手伝ってくれると助かる」
「それはプライバシー的に大丈夫じゃないと思うけど……」
「だって私一人じゃ、まともに調べものもできないんだもん」
 あまねは頬を膨らませた。
「あまねがいいならいいんだけどさ」
「私はいい。頼んだ」
 そう言いながら肩を叩かれる。他力本願かよといいそうになったが自重した。

「おかえり。あまね。……あら、今日はあんたもいるのね」
 あまねに論文の調べ方がわからないから手伝ってくれと言われて、彼女のアパートまでやってきた。先代はあまねに気づくなり顔を輝かせたが、すぐに曇らせた。
「悪いかよ」
「別に。あたしは隠れてたらいいだけだもの」
 先代はつっけんどんに言って、本当に隠れてしまった。
「俺、そんなに嫌われてる?」
 嫌われていたとしても今更傷つかないのだが、初めて会った半年前からずっとこんな態度だ。あまりにも変わらないので不安になる。
「カノンは……。どうなんだろ?」
 逆に聞かれた。先代のことを一番知ってるのはあまねだろ……。
「嫉妬してるのかな」
 考える前に口が動いていた。
「なんで?」
 こんな独り言をあまねは聞き漏らさなかったようで、聞き返された。
「先代が関わっていたのはずっとあまねだけで、あまねも似たような感じだったんだろ? そこに突然俺が来たから……。って、なに笑ってんだよ」
 気づいたらあまねがにやにや笑っていた。この表情はほとんど見たことがない。
「なんでもない。早く課題終わらせようよ」
「俺の課題じゃないんだけど……」
 部屋へ入っていくあまねをしぶしぶ追いかけた。
 あまねは自分のパソコンを立ち上げた。パスワードを打つ指も、スムーズとは言えない。
「今日はなんの課題?」
「論文を調べて要約するんだって。優吾、人文学部でしょ? こういうの得意じゃない?」
「論文探すのは手伝うから、要約は自分でやってください」
 あまねはむっとしてパソコンに向き直った。しばしフリーズして一言。
「……どうやって使うんだっけ?」
「そこから?」
 無表情で頷かれた。
 つきっきりでパソコンの使い方を教えているうちに、日が暮れてきた。冬の夕焼けは、夏ほど綺麗じゃない。これは、玉響に来て初めて知ったことだ。あまねの論文はなんとか探せたので、次は要約に入る。こうなってしまえば俺は用済みなので、自分のレポートにとりかかっていた。
 タイピングに苦労していたあまねが口を開く。
「優吾は、家族とはどうなってるの?」
 キーボードをたたいていた指が止まる。あまねのタイピング音だけが、部屋に響いている。
「進展なし。……こっちから接触しない限りは、なにもしないっぽい。あーでも、姉貴からはたまに連絡くる。迷惑なこと多くてたまに無視してるけど」
 大学の再受験はとうの昔に諦めた。そんな無駄なことをするより、今の大学で好成績をとったほうがいい。それを親がどう思っているのかは、怖くて確かめられない。もうしばらく距離をおいてから聞いてみようとは思っている。
「……そっか」
 あまねは哀しそうに言った。
 ついに、あまねの指も止まる。
「鑑定、するって話したよね。私、玉里さんに言われてるの。もし親子だって確定したら、ちゃんとやり直さないかって。
 私には、『家族』ってなにかわからないから、うまくできるかわからない。もしかしたら、あの人達の仲を壊してしまうかも……」
 悪夢の中で、不安定な家族ばかりを見てきたせいだろう。あまねには、「普通」というのがわからないのだ。
「……深く考えない方がいいと思う。相性ってものがあるんだし」
 自分の場合は合わなかった。自分が悪夢を見るに至った要因を突き詰めていくと、そこにたどりつく。「そんなものだ」と割り切らないとやっていけなくなるのは、この間学んだ。俺はそれができなかったけど、あまねにはそうなってほしくない。そう思うのは、自己満足だろうか?
 あまねは不思議そうに瞬きをしたが、やがて頷いた。
「私の『夢』みたいにうまくいかないかもしれないけど……。頑張ってみる」
 あまねはもうすでに、次の夢を見ていた。こういうところは見習わなきゃ。
 だんだんと、夜が深まっていく。陽はもう半分が沈み、星が見えるようになっていた。午後六時を過ぎたところで、あまねが口を開く。
「優吾。今日の夜中って暇?」
「暇」
 今日どころか、明日も予定はない。バイトが削られてしまうと、休日はすることがなくて困る。
「今日、また誰かの悪夢に入るよ」
 この宣言の仕方だと、止めても無駄だな。思わず苦笑してしまう。
「だってよ、先代」
 物陰でこそこそしていた先代が、顔をのぞかせる。
「知ってるわよ。あまねが、止めたところで止まらない暴走車っていうのは、あんたも知ってるでしょ?」
 この口ぶりだと、もう何度も止めているのか。
 あまねが悪夢を食べるペースは、以前よりも格段に落ちた。悪夢を食べると夢に入る危険が増すっていうのもあるし、夢を食べる絶対的な理由がなくなったというのもあるだろう。今は、自分の夢も頻繁に見ているらしい。
 それでも、〈獏〉としての活動をやめることはない、と彼女は言った。
「今度は、誰の悪夢?」
 それを聞いたあまねは、誰かの悪夢を語り出した。
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