39 / 39
終章、少女の夢
第三十九話
しおりを挟む
「じゃあ親子鑑定、受けることにしたんだ」
「うん。もし違ったら、それはそれで大変だし。──また、探さなきゃいけなくなるかもしれない」
そろそろ雪でも降りそうな季節になってきた。これだけ寒いと、大学の中庭に人はいなくなる。人に聞かれるのはいやだとあまねが言ったから、俺達は中庭で喋っていた。こんなに寒いのなら、ちゃんと上着を持ってこればよかったと後悔する。
あまねは今でも一人暮らしを続けている。玉里さん夫婦が両親だと確定したわけじゃないし、あまねも二人との距離感をつかめているわけじゃないらしい。これからのことは、鑑定結果を見てから考えると、あまねは言っていた。
それでも、数日に一回くらいの頻度で会っているらしい。この間は千尋さんと二人で服を買いに行ったと、嬉しそうに話していた。
「もし鑑定で親子って確定したら、どうするつもり?」
そう聞くと、あまねは少し考えてから答えた。
「まだ、どうしようか考えていない。どうしたらいいかもわからない。まずは役所と相談かな? 優吾も手伝ってくれると助かる」
「それはプライバシー的に大丈夫じゃないと思うけど……」
「だって私一人じゃ、まともに調べものもできないんだもん」
あまねは頬を膨らませた。
「あまねがいいならいいんだけどさ」
「私はいい。頼んだ」
そう言いながら肩を叩かれる。他力本願かよといいそうになったが自重した。
「おかえり。あまね。……あら、今日はあんたもいるのね」
あまねに論文の調べ方がわからないから手伝ってくれと言われて、彼女のアパートまでやってきた。先代はあまねに気づくなり顔を輝かせたが、すぐに曇らせた。
「悪いかよ」
「別に。あたしは隠れてたらいいだけだもの」
先代はつっけんどんに言って、本当に隠れてしまった。
「俺、そんなに嫌われてる?」
嫌われていたとしても今更傷つかないのだが、初めて会った半年前からずっとこんな態度だ。あまりにも変わらないので不安になる。
「カノンは……。どうなんだろ?」
逆に聞かれた。先代のことを一番知ってるのはあまねだろ……。
「嫉妬してるのかな」
考える前に口が動いていた。
「なんで?」
こんな独り言をあまねは聞き漏らさなかったようで、聞き返された。
「先代が関わっていたのはずっとあまねだけで、あまねも似たような感じだったんだろ? そこに突然俺が来たから……。って、なに笑ってんだよ」
気づいたらあまねがにやにや笑っていた。この表情はほとんど見たことがない。
「なんでもない。早く課題終わらせようよ」
「俺の課題じゃないんだけど……」
部屋へ入っていくあまねをしぶしぶ追いかけた。
あまねは自分のパソコンを立ち上げた。パスワードを打つ指も、スムーズとは言えない。
「今日はなんの課題?」
「論文を調べて要約するんだって。優吾、人文学部でしょ? こういうの得意じゃない?」
「論文探すのは手伝うから、要約は自分でやってください」
あまねはむっとしてパソコンに向き直った。しばしフリーズして一言。
「……どうやって使うんだっけ?」
「そこから?」
無表情で頷かれた。
つきっきりでパソコンの使い方を教えているうちに、日が暮れてきた。冬の夕焼けは、夏ほど綺麗じゃない。これは、玉響に来て初めて知ったことだ。あまねの論文はなんとか探せたので、次は要約に入る。こうなってしまえば俺は用済みなので、自分のレポートにとりかかっていた。
タイピングに苦労していたあまねが口を開く。
「優吾は、家族とはどうなってるの?」
キーボードをたたいていた指が止まる。あまねのタイピング音だけが、部屋に響いている。
「進展なし。……こっちから接触しない限りは、なにもしないっぽい。あーでも、姉貴からはたまに連絡くる。迷惑なこと多くてたまに無視してるけど」
大学の再受験はとうの昔に諦めた。そんな無駄なことをするより、今の大学で好成績をとったほうがいい。それを親がどう思っているのかは、怖くて確かめられない。もうしばらく距離をおいてから聞いてみようとは思っている。
「……そっか」
あまねは哀しそうに言った。
ついに、あまねの指も止まる。
「鑑定、するって話したよね。私、玉里さんに言われてるの。もし親子だって確定したら、ちゃんとやり直さないかって。
私には、『家族』ってなにかわからないから、うまくできるかわからない。もしかしたら、あの人達の仲を壊してしまうかも……」
悪夢の中で、不安定な家族ばかりを見てきたせいだろう。あまねには、「普通」というのがわからないのだ。
「……深く考えない方がいいと思う。相性ってものがあるんだし」
自分の場合は合わなかった。自分が悪夢を見るに至った要因を突き詰めていくと、そこにたどりつく。「そんなものだ」と割り切らないとやっていけなくなるのは、この間学んだ。俺はそれができなかったけど、あまねにはそうなってほしくない。そう思うのは、自己満足だろうか?
あまねは不思議そうに瞬きをしたが、やがて頷いた。
「私の『夢』みたいにうまくいかないかもしれないけど……。頑張ってみる」
あまねはもうすでに、次の夢を見ていた。こういうところは見習わなきゃ。
だんだんと、夜が深まっていく。陽はもう半分が沈み、星が見えるようになっていた。午後六時を過ぎたところで、あまねが口を開く。
「優吾。今日の夜中って暇?」
「暇」
今日どころか、明日も予定はない。バイトが削られてしまうと、休日はすることがなくて困る。
「今日、また誰かの悪夢に入るよ」
この宣言の仕方だと、止めても無駄だな。思わず苦笑してしまう。
「だってよ、先代」
物陰でこそこそしていた先代が、顔をのぞかせる。
「知ってるわよ。あまねが、止めたところで止まらない暴走車っていうのは、あんたも知ってるでしょ?」
この口ぶりだと、もう何度も止めているのか。
あまねが悪夢を食べるペースは、以前よりも格段に落ちた。悪夢を食べると夢に入る危険が増すっていうのもあるし、夢を食べる絶対的な理由がなくなったというのもあるだろう。今は、自分の夢も頻繁に見ているらしい。
それでも、〈獏〉としての活動をやめることはない、と彼女は言った。
「今度は、誰の悪夢?」
それを聞いたあまねは、誰かの悪夢を語り出した。
「うん。もし違ったら、それはそれで大変だし。──また、探さなきゃいけなくなるかもしれない」
そろそろ雪でも降りそうな季節になってきた。これだけ寒いと、大学の中庭に人はいなくなる。人に聞かれるのはいやだとあまねが言ったから、俺達は中庭で喋っていた。こんなに寒いのなら、ちゃんと上着を持ってこればよかったと後悔する。
あまねは今でも一人暮らしを続けている。玉里さん夫婦が両親だと確定したわけじゃないし、あまねも二人との距離感をつかめているわけじゃないらしい。これからのことは、鑑定結果を見てから考えると、あまねは言っていた。
それでも、数日に一回くらいの頻度で会っているらしい。この間は千尋さんと二人で服を買いに行ったと、嬉しそうに話していた。
「もし鑑定で親子って確定したら、どうするつもり?」
そう聞くと、あまねは少し考えてから答えた。
「まだ、どうしようか考えていない。どうしたらいいかもわからない。まずは役所と相談かな? 優吾も手伝ってくれると助かる」
「それはプライバシー的に大丈夫じゃないと思うけど……」
「だって私一人じゃ、まともに調べものもできないんだもん」
あまねは頬を膨らませた。
「あまねがいいならいいんだけどさ」
「私はいい。頼んだ」
そう言いながら肩を叩かれる。他力本願かよといいそうになったが自重した。
「おかえり。あまね。……あら、今日はあんたもいるのね」
あまねに論文の調べ方がわからないから手伝ってくれと言われて、彼女のアパートまでやってきた。先代はあまねに気づくなり顔を輝かせたが、すぐに曇らせた。
「悪いかよ」
「別に。あたしは隠れてたらいいだけだもの」
先代はつっけんどんに言って、本当に隠れてしまった。
「俺、そんなに嫌われてる?」
嫌われていたとしても今更傷つかないのだが、初めて会った半年前からずっとこんな態度だ。あまりにも変わらないので不安になる。
「カノンは……。どうなんだろ?」
逆に聞かれた。先代のことを一番知ってるのはあまねだろ……。
「嫉妬してるのかな」
考える前に口が動いていた。
「なんで?」
こんな独り言をあまねは聞き漏らさなかったようで、聞き返された。
「先代が関わっていたのはずっとあまねだけで、あまねも似たような感じだったんだろ? そこに突然俺が来たから……。って、なに笑ってんだよ」
気づいたらあまねがにやにや笑っていた。この表情はほとんど見たことがない。
「なんでもない。早く課題終わらせようよ」
「俺の課題じゃないんだけど……」
部屋へ入っていくあまねをしぶしぶ追いかけた。
あまねは自分のパソコンを立ち上げた。パスワードを打つ指も、スムーズとは言えない。
「今日はなんの課題?」
「論文を調べて要約するんだって。優吾、人文学部でしょ? こういうの得意じゃない?」
「論文探すのは手伝うから、要約は自分でやってください」
あまねはむっとしてパソコンに向き直った。しばしフリーズして一言。
「……どうやって使うんだっけ?」
「そこから?」
無表情で頷かれた。
つきっきりでパソコンの使い方を教えているうちに、日が暮れてきた。冬の夕焼けは、夏ほど綺麗じゃない。これは、玉響に来て初めて知ったことだ。あまねの論文はなんとか探せたので、次は要約に入る。こうなってしまえば俺は用済みなので、自分のレポートにとりかかっていた。
タイピングに苦労していたあまねが口を開く。
「優吾は、家族とはどうなってるの?」
キーボードをたたいていた指が止まる。あまねのタイピング音だけが、部屋に響いている。
「進展なし。……こっちから接触しない限りは、なにもしないっぽい。あーでも、姉貴からはたまに連絡くる。迷惑なこと多くてたまに無視してるけど」
大学の再受験はとうの昔に諦めた。そんな無駄なことをするより、今の大学で好成績をとったほうがいい。それを親がどう思っているのかは、怖くて確かめられない。もうしばらく距離をおいてから聞いてみようとは思っている。
「……そっか」
あまねは哀しそうに言った。
ついに、あまねの指も止まる。
「鑑定、するって話したよね。私、玉里さんに言われてるの。もし親子だって確定したら、ちゃんとやり直さないかって。
私には、『家族』ってなにかわからないから、うまくできるかわからない。もしかしたら、あの人達の仲を壊してしまうかも……」
悪夢の中で、不安定な家族ばかりを見てきたせいだろう。あまねには、「普通」というのがわからないのだ。
「……深く考えない方がいいと思う。相性ってものがあるんだし」
自分の場合は合わなかった。自分が悪夢を見るに至った要因を突き詰めていくと、そこにたどりつく。「そんなものだ」と割り切らないとやっていけなくなるのは、この間学んだ。俺はそれができなかったけど、あまねにはそうなってほしくない。そう思うのは、自己満足だろうか?
あまねは不思議そうに瞬きをしたが、やがて頷いた。
「私の『夢』みたいにうまくいかないかもしれないけど……。頑張ってみる」
あまねはもうすでに、次の夢を見ていた。こういうところは見習わなきゃ。
だんだんと、夜が深まっていく。陽はもう半分が沈み、星が見えるようになっていた。午後六時を過ぎたところで、あまねが口を開く。
「優吾。今日の夜中って暇?」
「暇」
今日どころか、明日も予定はない。バイトが削られてしまうと、休日はすることがなくて困る。
「今日、また誰かの悪夢に入るよ」
この宣言の仕方だと、止めても無駄だな。思わず苦笑してしまう。
「だってよ、先代」
物陰でこそこそしていた先代が、顔をのぞかせる。
「知ってるわよ。あまねが、止めたところで止まらない暴走車っていうのは、あんたも知ってるでしょ?」
この口ぶりだと、もう何度も止めているのか。
あまねが悪夢を食べるペースは、以前よりも格段に落ちた。悪夢を食べると夢に入る危険が増すっていうのもあるし、夢を食べる絶対的な理由がなくなったというのもあるだろう。今は、自分の夢も頻繁に見ているらしい。
それでも、〈獏〉としての活動をやめることはない、と彼女は言った。
「今度は、誰の悪夢?」
それを聞いたあまねは、誰かの悪夢を語り出した。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる